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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第151話「拾われた残骸、外れた予想」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


光がゆっくりと引いていく。

熱気だけがいつまでも肌にまとわりついていた。

焼け跡が静かに広間を覆っていた。

石の壁のあちこちに、亀裂が走っている。

床は白く焼け、ところどころ黒く焦げていた。

「ノリア……!」

真っ先に崩れ落ちたのは当のノリアだった。

膝から頽れる寸前、スルが素早く体を支える。

「大丈夫か」

「平気……たぶん」

ノリアの声はかすれていた。

杖を握っていた両手が力なく垂れ下がっている。

指先まで、白く血の気が引いていた。

「反動、来てるみたいだね」

ミラが駆け寄り、浄光を重ねる。

淡い光がノリアの輪郭を柔らかく包んだ。

「無茶をするでござるな」

ワングが片膝をついたまま、ため息をつく。

その太刀の刃こぼれを指先でそっと確かめていた。

「言われなくても、わかってる」

ノリアが弱々しく笑った。

「今度からは三発でやめる」

「今度今度は無いことを祈るでござるよ」

ワングが苦笑した。

粉塵が少しずつ晴れていく。

ドラゴンがいたはずの場所には、何も残っていなかった。

骨の一片も、鱗の欠片さえも見当たらない。

「消えた……のか」

カインが呆然と呟く。

焼け焦げた地面を恐る恐る踏みしめてみる。

熱はまだうっすらと残っていた。

「還ったのかもしれない」

ミラが静かに言った。

その言葉に、誰もそれ以上は続けなかった。

しばらく、誰も動かなかった。

ネリスが先に立ち上がり、辺りをぐるりと見回す。

「怪我は?」

「大丈夫」

「こっちも」

一人ずつ、短く答えが返ってくる。

「ララは平気か」

カインが振り返って聞く。

「平気」

ララが小さく頭を下げた。

その声に、いつもの通り感情の色はほとんどなかった。

大きな怪我は誰にもなかった。

その代わり、全員の顔に深い疲れがにじんでいた。

遠くで、何かが小さく光った。

がれきの隙間だった。

「あれは……」

ワングが目を細める。

近づかずとも、見覚えのある意匠だとわかった。

「ダダの、器じゃないでござるか」

カインが息を呑む。

まだ確かめたわけではなかったが、そうとしか思えなかった。

一歩、足を踏み出しかけた。

その時だった。

視界の端で何かが動いた。

薄闇の向こうに六つの人影が立っていた。

こちらと同じ数の、六つの影。

「また……!」

ネリスが低く身構える。

対の迷宮のもう一組だった。

足音もなく、影たちがゆっくりと光るものへ近づいていく。

こちらより先に、盾を構えたダダによく似た体格の影が、そこへ手を伸ばした。

だが、その傍らにスルの姿はなかった。

代わりに立っていたのは、なぜか見覚えのある顔ぶれだった。

ネリスとよく似た、猫のような瞳を持つ影が、こちらを見て息を呑む。

その視線はスルに釘付けだった。

言葉はなかった。

驚きだけがその顔に貼りついていた。

「敵意はない。けど、味方って感じもしないでござるな」

ワングが太刀の柄に手をかけたまま呟く。

沈黙だけが二つの組の間に横たわっていた。

ダダらしき影が光るものを静かに拾い上げる。

手のひらで包むように、じっと見つめていた。

カインとよく似た青年が、その傍らに歩み寄った。

欠片を覗き込み、しばらく黙っている。

やがて、視線がゆっくりとララへ移った。

まばたきひとつせず、じっと見つめている。

何かを、口の中だけで呟いたようだった。

風に紛れて、こちらまでは届かなかった。

「なんて、言ったでござるか」

ワングが小声で尋ねる。

「わからない」

ミラが静かに首を振った。

近づこうとした一歩を、誰もそれ以上は踏み出せなかった。

見えない壁がそこにあるようだった。

もう一組はしばらくこちらを見つめていた。

やがて、何も言わないまま、踵を返す。

六つの影が暗がりの奥へと溶けていった。

「行っちまったな」

ネリスが小さく呟く。

その声にはまだ驚きが残っていた。

あの目は確かに、こちらを知っていた。

それだけははっきりとわかった。

理由はまだ何もわからないままだったが。

「今の、見たでござるか」

ワングが皆を振り返る。

「ララを、じっと見てたでござる」

「私を?」

ララが小さく首をかしげた。

「魔法使いが必要だと、思ったのかもしれない」

ミラがぽつりと言う。

「わからない。けど、そう見えた」

誰もそれ以上は続けなかった。

「追うでござるか」

ワングが問う。

「今は無理だ」

カインが首を振った。

「それに、あの様子じゃ、追いつけるとも思えない」

ノリアの肩を支えたまま、六人は静かにその場を後にした。

エアの通路を、六人は無言で歩いた。

三層の色を失った印が今日はやけに多く目についた。

「静かだね」

ミラがぽつりと言う。

「静かすぎる、かもな」

カインが呟いた。

一層に近づくにつれ、松明の灯りが少しずつ増えていく。

出口の光が見えた頃には、誰の足取りも幾分軽くなっていた。

---

エアを出ると、日はまだ高かった。

木漏れ日が疲れた顔にやけに眩しかった。

ヘクサインの扉をくぐると、真っ先に立ち上がったのはダダだった。

「終わったのか」

「終わった」

カインが短く頷く。

「怪我は」

「ノリアが少し無理をした」

「平気だってば」

ノリアがむくれる。

ダダは何も言わず、椅子を引いて座らせた。

水の入った器を無言で差し出す。

「聞かせてくれ」

「長くなるぞ」

「構わない」

カインは器のこと、ドラゴンのこと、そして残骸を拾ったもう一組のことを順に話した。

ダダは黙って聞いていた。

時おり、器を持つ手に力がこもるのがわかった。

「そうか。あの器、拾われたか」

聞き終えたダダが低く呟く。

「向こうにも、腕のいい職人がいるのかもな」

「そんなこと、考えてる場合?」

ネリスが呆れたように言う。

「考えるさ。他に、考えようがない」

ダダが小さく笑った。

「無事で、何よりだ」

それだけ言うと、ダダは水の器を静かに置いた。

---

翌日、六人はクロスロードへ向かった。

受付の奥から、ルーシェナがふらりと姿を見せる。

「討伐、お疲れさま」

「見てたんですか」

「まさか」

ルーシェナが軽く笑った。

「報告書を見ただけよ。中々、派手だったみたいね」

カインが経緯を伝え終えると、ルーシェナの表情がわずかに変わった。

考えるように、一拍だけ間を置く。

「四層に到達したパーティは無いことはないの」

「え……」

カインが目を丸くする。

「でも、あの黒いドラゴンを倒したパーティはいない」

広間が一瞬だけ静まり返った。

「ということは……」

カインが呟く。

「そうよ」

ルーシェナはあっさりと言った。

「四層到達の条件は黒いドラゴン討伐じゃない」

言葉がしばらく誰にも届かなかった。

「じゃあ、何のために……」

ネリスが口を開きかける。

「わからない」

ルーシェナが静かに首を振った。

「今のところは、ね」

「他に到達したパーティは何て言ってるでござるか」

ワングが尋ねる。

「それがはっきりしないの」

ルーシェナが軽く肩をすくめた。

「本人たちも、条件がわからないまま抜けたみたいでね」

「妙な話でござるな」

ワングが腕を組む。

「マランで妙じゃない話の方が少ないでしょ」

ルーシェナが肩をすくめた。

乾いた笑いがその場に小さく広がった。

六人は顔を見合わせた。

苦労して手に入れたはずの答えがまた一つ、遠ざかっていく。

それでも、誰も、落胆した顔はしていなかった。

「わからないことが増えただけだ」

スルがぽつりと言う。

「いつものことだろ」

カインが肩をすくめた。

窓の外ではいつも通りの街の喧騒が続いていた。

報告を終え、六人はフラグメンツへ足を向けた。

「おう、帰ってきたか」

ガラントがカウンターの奥から声をかける。

「一杯、奢ってやる。生きて帰ってきた分だけな」

「太っ腹だね」

ネリスが軽く笑った。

「今日は、何も聞かない」

ガラントが静かに笑った。

「疲れた顔をした奴に、詮索は野暮ってもんだ」

エールの香りがいつもより少しだけ、温かく感じられた。

カインは懐に仕舞ったままの記憶をそっと呼び起こす。

銀色の欠片と、あの青年の眼差し。

戦い方はもう向こうに知られてしまったのかもしれない。

それに、あの視線。

ララを見つめていた、あの長い間。

本当に、魔法使いが必要だと思ったのだろうか。

考えかけて、カインは小さく頭を振った。

今はまだ答えの出ない問いだった。

いかがでしょうか?


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