第151話「拾われた残骸、外れた予想」
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光がゆっくりと引いていく。
熱気だけがいつまでも肌にまとわりついていた。
焼け跡が静かに広間を覆っていた。
石の壁のあちこちに、亀裂が走っている。
床は白く焼け、ところどころ黒く焦げていた。
「ノリア……!」
真っ先に崩れ落ちたのは当のノリアだった。
膝から頽れる寸前、スルが素早く体を支える。
「大丈夫か」
「平気……たぶん」
ノリアの声はかすれていた。
杖を握っていた両手が力なく垂れ下がっている。
指先まで、白く血の気が引いていた。
「反動、来てるみたいだね」
ミラが駆け寄り、浄光を重ねる。
淡い光がノリアの輪郭を柔らかく包んだ。
「無茶をするでござるな」
ワングが片膝をついたまま、ため息をつく。
その太刀の刃こぼれを指先でそっと確かめていた。
「言われなくても、わかってる」
ノリアが弱々しく笑った。
「今度からは三発でやめる」
「今度今度は無いことを祈るでござるよ」
ワングが苦笑した。
粉塵が少しずつ晴れていく。
ドラゴンがいたはずの場所には、何も残っていなかった。
骨の一片も、鱗の欠片さえも見当たらない。
「消えた……のか」
カインが呆然と呟く。
焼け焦げた地面を恐る恐る踏みしめてみる。
熱はまだうっすらと残っていた。
「還ったのかもしれない」
ミラが静かに言った。
その言葉に、誰もそれ以上は続けなかった。
しばらく、誰も動かなかった。
ネリスが先に立ち上がり、辺りをぐるりと見回す。
「怪我は?」
「大丈夫」
「こっちも」
一人ずつ、短く答えが返ってくる。
「ララは平気か」
カインが振り返って聞く。
「平気」
ララが小さく頭を下げた。
その声に、いつもの通り感情の色はほとんどなかった。
大きな怪我は誰にもなかった。
その代わり、全員の顔に深い疲れがにじんでいた。
遠くで、何かが小さく光った。
がれきの隙間だった。
「あれは……」
ワングが目を細める。
近づかずとも、見覚えのある意匠だとわかった。
「ダダの、器じゃないでござるか」
カインが息を呑む。
まだ確かめたわけではなかったが、そうとしか思えなかった。
一歩、足を踏み出しかけた。
その時だった。
視界の端で何かが動いた。
薄闇の向こうに六つの人影が立っていた。
こちらと同じ数の、六つの影。
「また……!」
ネリスが低く身構える。
対の迷宮のもう一組だった。
足音もなく、影たちがゆっくりと光るものへ近づいていく。
こちらより先に、盾を構えたダダによく似た体格の影が、そこへ手を伸ばした。
だが、その傍らにスルの姿はなかった。
代わりに立っていたのは、なぜか見覚えのある顔ぶれだった。
ネリスとよく似た、猫のような瞳を持つ影が、こちらを見て息を呑む。
その視線はスルに釘付けだった。
言葉はなかった。
驚きだけがその顔に貼りついていた。
「敵意はない。けど、味方って感じもしないでござるな」
ワングが太刀の柄に手をかけたまま呟く。
沈黙だけが二つの組の間に横たわっていた。
ダダらしき影が光るものを静かに拾い上げる。
手のひらで包むように、じっと見つめていた。
カインとよく似た青年が、その傍らに歩み寄った。
欠片を覗き込み、しばらく黙っている。
やがて、視線がゆっくりとララへ移った。
まばたきひとつせず、じっと見つめている。
何かを、口の中だけで呟いたようだった。
風に紛れて、こちらまでは届かなかった。
「なんて、言ったでござるか」
ワングが小声で尋ねる。
「わからない」
ミラが静かに首を振った。
近づこうとした一歩を、誰もそれ以上は踏み出せなかった。
見えない壁がそこにあるようだった。
もう一組はしばらくこちらを見つめていた。
やがて、何も言わないまま、踵を返す。
六つの影が暗がりの奥へと溶けていった。
「行っちまったな」
ネリスが小さく呟く。
その声にはまだ驚きが残っていた。
あの目は確かに、こちらを知っていた。
それだけははっきりとわかった。
理由はまだ何もわからないままだったが。
「今の、見たでござるか」
ワングが皆を振り返る。
「ララを、じっと見てたでござる」
「私を?」
ララが小さく首をかしげた。
「魔法使いが必要だと、思ったのかもしれない」
ミラがぽつりと言う。
「わからない。けど、そう見えた」
誰もそれ以上は続けなかった。
「追うでござるか」
ワングが問う。
「今は無理だ」
カインが首を振った。
「それに、あの様子じゃ、追いつけるとも思えない」
ノリアの肩を支えたまま、六人は静かにその場を後にした。
エアの通路を、六人は無言で歩いた。
三層の色を失った印が今日はやけに多く目についた。
「静かだね」
ミラがぽつりと言う。
「静かすぎる、かもな」
カインが呟いた。
一層に近づくにつれ、松明の灯りが少しずつ増えていく。
出口の光が見えた頃には、誰の足取りも幾分軽くなっていた。
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エアを出ると、日はまだ高かった。
木漏れ日が疲れた顔にやけに眩しかった。
ヘクサインの扉をくぐると、真っ先に立ち上がったのはダダだった。
「終わったのか」
「終わった」
カインが短く頷く。
「怪我は」
「ノリアが少し無理をした」
「平気だってば」
ノリアがむくれる。
ダダは何も言わず、椅子を引いて座らせた。
水の入った器を無言で差し出す。
「聞かせてくれ」
「長くなるぞ」
「構わない」
カインは器のこと、ドラゴンのこと、そして残骸を拾ったもう一組のことを順に話した。
ダダは黙って聞いていた。
時おり、器を持つ手に力がこもるのがわかった。
「そうか。あの器、拾われたか」
聞き終えたダダが低く呟く。
「向こうにも、腕のいい職人がいるのかもな」
「そんなこと、考えてる場合?」
ネリスが呆れたように言う。
「考えるさ。他に、考えようがない」
ダダが小さく笑った。
「無事で、何よりだ」
それだけ言うと、ダダは水の器を静かに置いた。
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翌日、六人はクロスロードへ向かった。
受付の奥から、ルーシェナがふらりと姿を見せる。
「討伐、お疲れさま」
「見てたんですか」
「まさか」
ルーシェナが軽く笑った。
「報告書を見ただけよ。中々、派手だったみたいね」
カインが経緯を伝え終えると、ルーシェナの表情がわずかに変わった。
考えるように、一拍だけ間を置く。
「四層に到達したパーティは無いことはないの」
「え……」
カインが目を丸くする。
「でも、あの黒いドラゴンを倒したパーティはいない」
広間が一瞬だけ静まり返った。
「ということは……」
カインが呟く。
「そうよ」
ルーシェナはあっさりと言った。
「四層到達の条件は黒いドラゴン討伐じゃない」
言葉がしばらく誰にも届かなかった。
「じゃあ、何のために……」
ネリスが口を開きかける。
「わからない」
ルーシェナが静かに首を振った。
「今のところは、ね」
「他に到達したパーティは何て言ってるでござるか」
ワングが尋ねる。
「それがはっきりしないの」
ルーシェナが軽く肩をすくめた。
「本人たちも、条件がわからないまま抜けたみたいでね」
「妙な話でござるな」
ワングが腕を組む。
「マランで妙じゃない話の方が少ないでしょ」
ルーシェナが肩をすくめた。
乾いた笑いがその場に小さく広がった。
六人は顔を見合わせた。
苦労して手に入れたはずの答えがまた一つ、遠ざかっていく。
それでも、誰も、落胆した顔はしていなかった。
「わからないことが増えただけだ」
スルがぽつりと言う。
「いつものことだろ」
カインが肩をすくめた。
窓の外ではいつも通りの街の喧騒が続いていた。
報告を終え、六人はフラグメンツへ足を向けた。
「おう、帰ってきたか」
ガラントがカウンターの奥から声をかける。
「一杯、奢ってやる。生きて帰ってきた分だけな」
「太っ腹だね」
ネリスが軽く笑った。
「今日は、何も聞かない」
ガラントが静かに笑った。
「疲れた顔をした奴に、詮索は野暮ってもんだ」
エールの香りがいつもより少しだけ、温かく感じられた。
カインは懐に仕舞ったままの記憶をそっと呼び起こす。
銀色の欠片と、あの青年の眼差し。
戦い方はもう向こうに知られてしまったのかもしれない。
それに、あの視線。
ララを見つめていた、あの長い間。
本当に、魔法使いが必要だと思ったのだろうか。
考えかけて、カインは小さく頭を振った。
今はまだ答えの出ない問いだった。
いかがでしょうか?
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