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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第150話「凍った咆哮、解き放つ終焉」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


器が、ドラゴンの喉の奥へ消えた。

一拍の間があった。

「効いてる……!」

ネリスが宙で叫ぶ。

喉の奥から、蒼白い光が漏れ始めた。

閉じかけていた顎の隙間から、冷気が噴き出す。

ドラゴンの巨躯が、びくりと大きく震えた。

「来るぞ……!」

カインが叫び、両腕で頭を庇う。

だが、次に来たのは、炎ではなかった。

内側から膨れ上がった氷が、鱗の隙間という隙間から噴き出してくる。

蒼い光の柱が、喉から一気に噴き上がった。

ネリスは間一髪で身をよじり、その光の外へ跳び退いた。

着地の瞬間、床が凍りついているのに気づく。

爪先から伝わる冷たさに、思わず息を呑んだ。

「動いて、ない……?」

ドラゴンの巨躯が、そのままの姿勢で止まっていた。

開いたままの顎から、白い息だけが漏れ続けている。

全身を覆う鱗の表面に、みるみる霜が這っていった。

赤かった瞳の輝きさえ、今は薄い氷の膜の奥に沈んでいる。

広げられたままの両翼にも、白い霜がびっしりと張りついていた。

「よし……!」

カインが拳を握りしめる。

「今のうちだ、畳みかけろ!」

ワングが真っ先に踏み込んだ。

太刀の一閃が、氷の張った肩口へ叩き込まれる。

硬い音が響き、刃が弾かれた。

「入らない、でござるか……!」

ワングが太刀を握り直しながら唸る。

刃先には、傷一つついていなかった。

ミラが続けて斬り込む。

ロングソードの切っ先が、鱗の継ぎ目を正確に捉えた。

だが、鱗はびくともしなかった。

「嘘、でしょ……」

カインも剣を構え、渾身の一撃を叩き込む。

鈍い音とともに、刃が滑るように逸れていった。

「凍らせただけじゃ、駄目なのか……!」

ネリスが低く唸り、爪を突き立てる。

鋼の爪が火花を散らし、傷一つつけられずに跳ね返された。

「爪も、通らない」

ネリスが悔しげに手を見つめる。

スルも拳を握り、氷の張った脇腹へ叩き込んだ。

骨まで響くような衝撃だけが、拳を伝って返ってくる。

「硬い。凍っても、変わらない」

スルが低く呟いた。

五人分の全力の一撃が、いずれも表面をかすめただけで終わっていた。

「刃も、拳も、駄目か……」

スルが拳を握ったまま動きを止める。

その拳にも、迷いが見えた。

「拙者の太刀でも駄目とは、只者ではないでござるな」

ワングが太刀を鞘へ戻しながら呟く。

「時間がない」

ミラが振り返る。

凍りついたまま、ドラゴンの喉の奥で、赤い光がわずかに揺れ始めていた。

「まだ、生きてる」

ネリスが低く言う。

誰の顔にも、焦りが浮かんでいた。

その時だった。

「私が決める」

ノリアの声が、静かに、しかし鋭く響いた。

皆の視線が、一斉にノリアへ向いた。

「ミラ、守りの聖歌をお願い。可能なら、重ね掛けで」

ノリアが淡々と告げる。

「ララ、守護の盾をお願い。同じく、重ね掛けで」

「私は」

ノリアが杖を握り直した。

「終焉を、限界まで重ねる」

「それは……」

カインが息を呑む。

「わかってる。代償も、反動も」

ノリアが遮るように言った。

「それでも、今しかない」

一瞬の沈黙が広間を満たした。

「わかった」

ミラが静かに頷き、両手を胸の前で組む。

「私も」

ララが杖を掲げ、頷いた。

その涼しげな瞳に、迷いの色は見えなかった。

「頼む」

カインが短く答え、剣を構え直した。

「守りの、そばにいる」

スルが静かにノリアの傍らへ寄った。

万一の隙が生まれても、すぐに割って入れる位置だった。

ワングとカインも、剣を構えたまま二人の前に立つ。

いつ氷が割れて牙が伸びてきても、対応できる構えだった。

広間の空気が、一段と冷たく張り詰めていった。

ミラの声が、澄んだ調子で響き始めた。

「守りの聖歌」

温かな光が、足元から立ち上るように六人とララを包んでいく。

光の粒が幾重にも重なり、淡い膜となって皆の輪郭をなぞった。

「もう一度」

ミラが再び詠唱を紡ぐ。

二重、三重と、光の層が静かに厚みを増していった。

祈るように組まれた指先が、かすかに震えている。

その傍らで、ララの杖の先に、蒼い燐光が灯る。

「守護の盾」

囁くような声とともに、透き通った結晶の壁が、パーティを薄く覆っていった。

壁の表面に、幾何学的な紋様が浮かんでは消えていく。

まるで、誰かが古い文字を書き付けているようだった。

見たこともない意匠の紋様が、光の線となって幾つも連なっていく。

まるで、結晶そのものが呼吸をしているようだった。

ミラが息を呑んで見つめる。

「これほどの、密度……」

その呟きは、誰の耳にも届かなかった。

「もう一枚」

その声に、疲れの色はまるで感じられなかった。

ララが静かに杖を振るう。

結晶の壁が、内側からもう一層、重なるように広がった。

二人の詠唱が絡み合い、光の結晶が、脈打つように呼応している。

温かな光と、冷たく澄んだ結晶の輝きが、互いを補うように混ざり合っていった。

二つの守りが重なり合う様は、まるで一枚の織物のようだった。

その只中で、ノリアは静かに目を閉じていた。

杖の先に、赤黒い光が凝縮していく。

周囲の空気が、その一点へ吸い寄せられるように流れ始めた。

床に落ちていた砂粒が、細い渦を描きながら浮き上がる。

広間の音という音が、次第に遠のいていくようだった。

まるで、この場所だけが、外の世界から切り離されていくかのようだった。

「終焉」

最初の一言が、低く、地の底から響くように広間を満たした。

杖先の光が、渦を巻きながら密度を増していく。

空気そのものが、軋むような音を立てた。

遠くの壁に、細かな亀裂が音もなく走っていく。

日常の戦いでは、決して抜かない一手だった。

それでも、迷いはなかった。

通常の手数では届かない相手だと、誰よりも自分がわかっていた。

「もう一度」

二度目の詠唱が、一度目の余韻の上に重ねられる。

光の渦が、二重に折り重なり、色を赤から白へと変えていった。

床に転がっていた氷の欠片が、熱に炙られたように音もなく蒸発していく。

ノリアの額から、汗が一筋流れ落ちた。

それでも、その声は揺らがなかった。

周囲の松明が、まるで呼応するように一斉に色を失っていく。

「終焉」

三度目の詠唱。

杖先に凝縮していた光が、もはや直視できないほどの輝きへと膨れ上がる。

風もないはずの広間に、内側から外へ向かう強い気流が生まれていた。

松明の炎が、一斉に大きく傾ぐ。

「ノリア……!」

カインが声をかけようとした。

「まだ、いける」

ノリアが遮るように言い切った。

その声には、これまでに聞いたことのない硬さがあった。

「限界まで、と言った」

杖を握る両手が、小刻みに震えている。

それでも、視線だけはまっすぐ、凍りついたドラゴンへ向けられていた。

額から流れた汗が、顎先から床へと落ちていった。

「これで、最後」

四度目の言葉が、静かに紡がれる。

光の渦が、ノリアの周囲でひとつに収束していった。

守りの聖歌と守護の盾の光が、震えながらもその輝きを保ち続けている。

広間全体が、白熱した光を宿した炉のように見えた。

「行け……!」

ノリアが杖を振り下ろした。

「終焉!」

その声とともに、白く灼けた光が、一直線に放たれた。

光の奔流が、凍りついたドラゴンの巨躯を丸ごと呑み込んでいく。

轟音が広間全体を揺らした。

熱風が六人の頬を焼くように吹き抜ける。

カインが思わず腕で顔を庇った。

ネリスの耳が、勢いに押されて大きく伏せられる。

石の壁に、幾筋もの亀裂が走った。

床全体が、大きく波打つように揺れる。

天井から、砕けた岩片が雨のように降り注ぐ。

ワングが太刀を杖代わりに、片膝をついて堪えた。

視界のすべてが、白い光に塗りつぶされていった。

ドラゴンのいた場所から、悲鳴とも咆哮ともつかない声が、一瞬だけ響いた。

それきり、何も聞こえなくなった。

光が広間の隅々まで満ち、すべての輪郭を焼き尽くしていく。

床の氷が、端から次々と白い蒸気に変わっていった。

灼けた空気が、肌を刺すように痛い。

耳の奥で、甲高い音だけが鳴り続けていた。

足の裏から、床の震動が絶え間なく伝わってくる。

舞い上がった塵が、光の中で無数の火の粉のように輝いて見えた。

熱気が波のように押し寄せては、また引いていく。

誰も、声を上げられなかった。

ただ、光の中心だけを見つめていた。

いかがでしょうか?


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