第146話「跳ね返った氷、欠けていた一人」
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朝、ヘクサインの食堂で、ダダが鎚だこの残る手を眺めていた。
布の上には、三つの金塊が並んでいる。
「今日も、工房か」
カインがパンを片手に聞く。
「ああ」
ダダが短く頷く。
「三つ、揃ったんだ」
「あと少し、なんだよな」
「わからん」
ダダが正直に答えた。
「ブロムさんがそう言ってる。焦っても仕方ない」
「焦ってるように見えるけどね」
ノリアが横から茶々を入れる。
「見えるだけだ」
ダダがむっとした顔を見せた。
「私は、応援してるよ」
ミラが微笑む。
「進み具合、また聞かせて」
「進んだら、な」
窓辺で、スルが伸びをしながら立ち上がった。
「俺が行く」
「今日は、俺の番だから」
「頼めるか」
ダダが少し驚いたように見た。
「頼まれてる」
スルが静かに答える。
「無理は、するなよ」
「そっちもな」
「気をつけてな、皆」
ダダの声に送られ、五人とスルはヘクサインを後にした。
板を懐に、六人はエアの門をくぐった。
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三層の板の上、色つきの印は今日も滲んで見えなかった。
数まで、以前より少なくなっている気がした。
「また、減ってるでござるな」
ワングが板を覗き込む。
「消えた、わけじゃないと思うけど」
ミラが板に目を凝らす。
「読めなくても、体は動く」
ネリスが爪を軽く鳴らした。
分岐を抜けると、小柄なデーモンが数体、姿を見せる。
「行く」
ネリスが姿勢を低くした。
一瞬でぶれ、次の瞬間には敵の背後にいる。
爪の一撃が急所を正確に捉えた。
一体が声もなく崩れ落ちる。
「今の速さ、まだ慣れないでござるな」
ワングが太刀を振るいながら苦笑する。
「見てから避けるんじゃ、遅い」
ネリスが跳びながら答えた。
残る数体は、ワングとスルが危なげなく片付けていく。
「息、合ってきたな」
スルが拳を軽く払いながら言う。
「毎日じゃなくても、体は覚えてる」
ワングが太刀を鞘に収めた。
「頼もしい代打でござるな」
「ダダには、内緒にしとくか」
カインが笑う。
「言うでござるよ、俺は」
戦闘は、大きな乱れもなく終わった。
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さらに奥、通路の壁から、黒い影が滑り出るように現れた。
三体、六人を囲むように散開する。
「連携型でござるな」
ワングが太刀を構え直す。
「囮、遮断、攻撃……」
スルが低く唸った。
一体が下がりながら、他の二体の盾になる位置へ回り込む。
「引っかかるか」
ネリスが低く笑った。
姿がぶれ、囮役の背後に回り込む。
爪の一撃が急所を貫いた。
残る二体が同時に襲いかかる。
「そこは、私が」
ミラがロングソードで一体を受け流す。
もう一体は、ワングが正面から斬り伏せた。
「息、合ってきたな」
スルが拳を軽く払いながら言う。
「ダダがいないと、盾が一枚減るね」
ミラが周りを見渡しながら言う。
「その分、皆で拾えばいい」
スルが崩れた敵の残骸を蹴り分けながら答えた。
さらに進むと、氷を纏った小型の魔物が数体、行く手を塞いだ。
「数は、多いでござるな」
ワングが太刀を構え直す。
「ゴーレム、出す」
カインが印を組んだ。
光とともに、巨躯が現れる。
太い腕が敵の群れを一薙ぎに払った。
残る一体を、ワングが太刀で仕留める。
一体、また一体と、氷の欠片になって砕けていく。
「今日は氷づいてるね」
ミラが浄光を唱えながら微笑んだ。
「悪い予感がするでござるな」
ワングが呟いた。
「戻すぞ」
カインが印を組み直す。
光とともに、巨躯の姿が掌の紋様へ吸い込まれていった。
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奥へ進むと、通路の先が唐突に開けた。
広間の中央、黒い影が咆哮を上げている。
例のドラゴンだった。
「また、あいつか……!」
カインが息を呑む。
だが、様子がいつもと違った。
対峙しているのは六人分の人影——自分たちと瓜二つの一団だった。
「近づけるでござるか」
ワングが一歩踏み出そうとする。
その足が見えない壁に阻まれた。
以前と同じだった。
「今日も、駄目か」
ネリスが小さく舌打ちする。
なす術なく、六人は見守るしかなかった。
向こうのワングが太刀を鞘に収め、印を組む。
「氷棘、でござるか」
こちらのワングが目を凝らした。
放たれた氷の刃がドラゴンの肩口を穿つ。
「浅いが、確かに刺さってるでござるな」
続けて、向こうのカインも印を結んだ。
こちらと同じ、氷棘だった。
「あちらのカインは、それしか使えないでござるな」
ワングが呟く。
「悔しいけど、そこは変わらないんだ」
カインが苦笑した。
ドラゴンが怯み、大きく開きかけた顎を閉じる。
炎を吐かなかった。
「効いてる……!」
ミラが思わず声を上げる。
「押してるでござるぞ」
ワングが身を乗り出した。
さらに、向こうのワングが第五階梯・氷結界を唱えた。
冷気がドラゴンの四肢に絡みつく。
「氷結界まで……!」
「向こうの拙者、七階梯まで届いてるでござるからな」
ワングが自分のことのように頷く。
「羨ましいような、複雑なような」
カインが呟いた。
だが、それ以上は続かなかった。
向こうのノリアは、印を組もうとしない。
「あっちのノリア、動かないでござるな」
「使えない、のかもね」
こちらのノリアが素っ気なく言う。
「私も、業火弾しか持ってないし」
ドラゴンが唸り、拘束ごと氷を打ち砕いた。
跳ね返った冷気が二人の術者を弾き飛ばす。
「あ……!」
スルが思わず声を漏らした。
決定打には、届かなかった。
向こうの六人がじりじりと後退していく。
「退くでござるか」
ワングが息を詰めた。
「向こうのミラ、無事か……」
こちらのミラが心配そうに呟く。
「動いてる。大丈夫そうだ」
スルが目を凝らしながら答えた。
やがて、暗がりの奥へ引き上げていった。
ドラゴンも、痕跡を残さず姿を消した。
広間には、氷の欠片だけが残されていた。
誰も、拾いに行こうとはしなかった。
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見えない壁が消え、六人はようやく足を進められた。
「二人分の氷魔法じゃ、ダメか……」
カインが呟く。
誰も動かなかった場所に、静けさだけが残っていた。
「彼らのところには、ララはいない」
そう気が付くカインだった。
「言われてみれば……」
ミラが目を見開く。
「向こうの六人、召喚の気配、一度もなかったでござるな」
ワングが顎に手を当てる。
「氷だけじゃ、足りない」
ネリスが爪を確かめながら言う。
「氷とララ、両方揃えば、何かが変わるかもしれない」
スルが静かに続けた。
「わからない」
カインが首を振る。
「わからないけど、試す価値は、ありそうだ」
「氷は撃てても、決め手にはならない、ということでござるな」
ワングが腕を組み直した。
「一発が重い方が、いいんだ」
ネリスが呟いた。
「ゴーレムの拳より、重いものが」
「ダダにも、聞いてほしいでござるな」
ワングが呟いた。
「今夜、話そう」
ミラが頷いた。
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アーカイブに寄ると、ティリーが記録帳を広げて待っていた。
「今日は、氷の魔法を見た、と」
「向こうの六人が使ってました」
ミラが説明する。
「こちらと、同じ呪文を」
「意味があるんでしょうか」
「わかりません」
ティリーが静かに首を振る。
「でも、書いておきます」
ペン先が新しい行を刻んでいく。
「ドラゴン自身は、火を吐かなかったんです」
ミラが付け加える。
「氷に押されて、でしょうか」
ティリーが首をかしげた。
「たぶん」
カインが頷いた。
「わからないことが、また一つ、増えましたね」
ティリーが小さく笑う。
「減るよりは、いいでござるよ」
ワングが応じた。
「向こうの六人、私たちのこと、気づいてるんでしょうか」
ミラが呟く。
「今のところ、そんな素振りはないでござる」
ワングが首を振った。
「気づかれてないなら、そのままでいい」
ネリスが小さく言う。
「なぜ」
カインが聞き返す。
「知られて、いいことがあるとは、思えない」
夕方、フォージタウンに戻ると、ダダとブロムがまだ炉の前にいた。
「今日、対の連中が氷魔法を使ってた」
カインが炉の火を見つめながら言う。
「効いたのか」
ダダが手を止める。
「少しだけ。でも、足りなかった」
「二人分じゃ、な」
ブロムが腕を組みながら呟いた。
「足りない分は」
ダダが金塊を見つめた。
「こっちで、埋める」
「頼りにしてる」
カインが笑った。
「一色鍛え、始まってるんですか」
「もう、火は入れた」
ブロムが炉の奥を指した。
赤く灼けた金塊が、炭の中で静かに形を変え始めていた。
「思ったより、素直に伸びてる」
ダダが息を詰めて見つめる。
いつもより、炉の火が赤く揺れていた。
懐の板の上、色つきの印は、数を減らしたまま、今日も滲み続けていた。
いかがでしょうか?
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