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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第146話「跳ね返った氷、欠けていた一人」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝、ヘクサインの食堂で、ダダが鎚だこの残る手を眺めていた。

布の上には、三つの金塊が並んでいる。

「今日も、工房か」

カインがパンを片手に聞く。

「ああ」

ダダが短く頷く。

「三つ、揃ったんだ」

「あと少し、なんだよな」

「わからん」

ダダが正直に答えた。

「ブロムさんがそう言ってる。焦っても仕方ない」

「焦ってるように見えるけどね」

ノリアが横から茶々を入れる。

「見えるだけだ」

ダダがむっとした顔を見せた。

「私は、応援してるよ」

ミラが微笑む。

「進み具合、また聞かせて」

「進んだら、な」

窓辺で、スルが伸びをしながら立ち上がった。

「俺が行く」

「今日は、俺の番だから」

「頼めるか」

ダダが少し驚いたように見た。

「頼まれてる」

スルが静かに答える。

「無理は、するなよ」

「そっちもな」

「気をつけてな、皆」

ダダの声に送られ、五人とスルはヘクサインを後にした。

板を懐に、六人はエアの門をくぐった。

---

三層の板の上、色つきの印は今日も滲んで見えなかった。

数まで、以前より少なくなっている気がした。

「また、減ってるでござるな」

ワングが板を覗き込む。

「消えた、わけじゃないと思うけど」

ミラが板に目を凝らす。

「読めなくても、体は動く」

ネリスが爪を軽く鳴らした。

分岐を抜けると、小柄なデーモンが数体、姿を見せる。

「行く」

ネリスが姿勢を低くした。

一瞬でぶれ、次の瞬間には敵の背後にいる。

爪の一撃が急所を正確に捉えた。

一体が声もなく崩れ落ちる。

「今の速さ、まだ慣れないでござるな」

ワングが太刀を振るいながら苦笑する。

「見てから避けるんじゃ、遅い」

ネリスが跳びながら答えた。

残る数体は、ワングとスルが危なげなく片付けていく。

「息、合ってきたな」

スルが拳を軽く払いながら言う。

「毎日じゃなくても、体は覚えてる」

ワングが太刀を鞘に収めた。

「頼もしい代打でござるな」

「ダダには、内緒にしとくか」

カインが笑う。

「言うでござるよ、俺は」

戦闘は、大きな乱れもなく終わった。

---

さらに奥、通路の壁から、黒い影が滑り出るように現れた。

三体、六人を囲むように散開する。

「連携型でござるな」

ワングが太刀を構え直す。

「囮、遮断、攻撃……」

スルが低く唸った。

一体が下がりながら、他の二体の盾になる位置へ回り込む。

「引っかかるか」

ネリスが低く笑った。

姿がぶれ、囮役の背後に回り込む。

爪の一撃が急所を貫いた。

残る二体が同時に襲いかかる。

「そこは、私が」

ミラがロングソードで一体を受け流す。

もう一体は、ワングが正面から斬り伏せた。

「息、合ってきたな」

スルが拳を軽く払いながら言う。

「ダダがいないと、盾が一枚減るね」

ミラが周りを見渡しながら言う。

「その分、皆で拾えばいい」

スルが崩れた敵の残骸を蹴り分けながら答えた。

さらに進むと、氷を纏った小型の魔物が数体、行く手を塞いだ。

「数は、多いでござるな」

ワングが太刀を構え直す。

「ゴーレム、出す」

カインが印を組んだ。

光とともに、巨躯が現れる。

太い腕が敵の群れを一薙ぎに払った。

残る一体を、ワングが太刀で仕留める。

一体、また一体と、氷の欠片になって砕けていく。

「今日は氷づいてるね」

ミラが浄光を唱えながら微笑んだ。

「悪い予感がするでござるな」

ワングが呟いた。

「戻すぞ」

カインが印を組み直す。

光とともに、巨躯の姿が掌の紋様へ吸い込まれていった。

---

奥へ進むと、通路の先が唐突に開けた。

広間の中央、黒い影が咆哮を上げている。

例のドラゴンだった。

「また、あいつか……!」

カインが息を呑む。

だが、様子がいつもと違った。

対峙しているのは六人分の人影——自分たちと瓜二つの一団だった。

「近づけるでござるか」

ワングが一歩踏み出そうとする。

その足が見えない壁に阻まれた。

以前と同じだった。

「今日も、駄目か」

ネリスが小さく舌打ちする。

なす術なく、六人は見守るしかなかった。

向こうのワングが太刀を鞘に収め、印を組む。

「氷棘、でござるか」

こちらのワングが目を凝らした。

放たれた氷の刃がドラゴンの肩口を穿つ。

「浅いが、確かに刺さってるでござるな」

続けて、向こうのカインも印を結んだ。

こちらと同じ、氷棘だった。

「あちらのカインは、それしか使えないでござるな」

ワングが呟く。

「悔しいけど、そこは変わらないんだ」

カインが苦笑した。

ドラゴンが怯み、大きく開きかけた顎を閉じる。

炎を吐かなかった。

「効いてる……!」

ミラが思わず声を上げる。

「押してるでござるぞ」

ワングが身を乗り出した。

さらに、向こうのワングが第五階梯・氷結界を唱えた。

冷気がドラゴンの四肢に絡みつく。

「氷結界まで……!」

「向こうの拙者、七階梯まで届いてるでござるからな」

ワングが自分のことのように頷く。

「羨ましいような、複雑なような」

カインが呟いた。

だが、それ以上は続かなかった。

向こうのノリアは、印を組もうとしない。

「あっちのノリア、動かないでござるな」

「使えない、のかもね」

こちらのノリアが素っ気なく言う。

「私も、業火弾しか持ってないし」

ドラゴンが唸り、拘束ごと氷を打ち砕いた。

跳ね返った冷気が二人の術者を弾き飛ばす。

「あ……!」

スルが思わず声を漏らした。

決定打には、届かなかった。

向こうの六人がじりじりと後退していく。

「退くでござるか」

ワングが息を詰めた。

「向こうのミラ、無事か……」

こちらのミラが心配そうに呟く。

「動いてる。大丈夫そうだ」

スルが目を凝らしながら答えた。

やがて、暗がりの奥へ引き上げていった。

ドラゴンも、痕跡を残さず姿を消した。

広間には、氷の欠片だけが残されていた。

誰も、拾いに行こうとはしなかった。

---

見えない壁が消え、六人はようやく足を進められた。

「二人分の氷魔法じゃ、ダメか……」

カインが呟く。

誰も動かなかった場所に、静けさだけが残っていた。

「彼らのところには、ララはいない」

そう気が付くカインだった。

「言われてみれば……」

ミラが目を見開く。

「向こうの六人、召喚の気配、一度もなかったでござるな」

ワングが顎に手を当てる。

「氷だけじゃ、足りない」

ネリスが爪を確かめながら言う。

「氷とララ、両方揃えば、何かが変わるかもしれない」

スルが静かに続けた。

「わからない」

カインが首を振る。

「わからないけど、試す価値は、ありそうだ」

「氷は撃てても、決め手にはならない、ということでござるな」

ワングが腕を組み直した。

「一発が重い方が、いいんだ」

ネリスが呟いた。

「ゴーレムの拳より、重いものが」

「ダダにも、聞いてほしいでござるな」

ワングが呟いた。

「今夜、話そう」

ミラが頷いた。

---

アーカイブに寄ると、ティリーが記録帳を広げて待っていた。

「今日は、氷の魔法を見た、と」

「向こうの六人が使ってました」

ミラが説明する。

「こちらと、同じ呪文を」

「意味があるんでしょうか」

「わかりません」

ティリーが静かに首を振る。

「でも、書いておきます」

ペン先が新しい行を刻んでいく。

「ドラゴン自身は、火を吐かなかったんです」

ミラが付け加える。

「氷に押されて、でしょうか」

ティリーが首をかしげた。

「たぶん」

カインが頷いた。

「わからないことが、また一つ、増えましたね」

ティリーが小さく笑う。

「減るよりは、いいでござるよ」

ワングが応じた。

「向こうの六人、私たちのこと、気づいてるんでしょうか」

ミラが呟く。

「今のところ、そんな素振りはないでござる」

ワングが首を振った。

「気づかれてないなら、そのままでいい」

ネリスが小さく言う。

「なぜ」

カインが聞き返す。

「知られて、いいことがあるとは、思えない」

夕方、フォージタウンに戻ると、ダダとブロムがまだ炉の前にいた。

「今日、対の連中が氷魔法を使ってた」

カインが炉の火を見つめながら言う。

「効いたのか」

ダダが手を止める。

「少しだけ。でも、足りなかった」

「二人分じゃ、な」

ブロムが腕を組みながら呟いた。

「足りない分は」

ダダが金塊を見つめた。

「こっちで、埋める」

「頼りにしてる」

カインが笑った。

「一色鍛え、始まってるんですか」

「もう、火は入れた」

ブロムが炉の奥を指した。

赤く灼けた金塊が、炭の中で静かに形を変え始めていた。

「思ったより、素直に伸びてる」

ダダが息を詰めて見つめる。

いつもより、炉の火が赤く揺れていた。

懐の板の上、色つきの印は、数を減らしたまま、今日も滲み続けていた。

いかがでしょうか?


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