第145話「見切った純度、託した背中」
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朝、ヘクサインの食堂で、ダダが布包みを広げていた。
中から、二つの金塊が転がり出る。
「また、それ、眺めてるのか」
カインがパンを片手に覗き込む。
「思い出してた」
ダダが金塊を指でつまみ上げる。
「これ、ただのミスリルじゃないって、前に鑑定士が言ってた」
「純度が高すぎて、他の金属と混ぜようとしても、弾かれるって」
「弾かれる……?」
ミラが首を傾げる。
「合金にできない、ってことか」
ワングが眉を寄せた。
「そうらしい」
ダダが頷く。
「だから、使い道がないと思ってた」
「ティリーの本にあった話、覚えてるか」
ダダが続ける。
「呪文を閉じ込める魔道具には、特別な鍛え方がいる、って」
「量も、大量のミスリルが必要だ、とも言ってたでござるな」
ワングが記憶をたどるように言う。
「これが、その答えかもしれない」
ダダが金塊を握りしめた。
「純粋な素材だけで、作れってことか」
カインが目を見開く。
「これなら、逆に都合がいいのかもしれない」
「二つだけで、足りるのか」
カインが金塊を覗き込みながら聞く。
「わからん」
ダダが正直に答えた。
「足りないなら、また潜って、探すしかない」
「行ってみよう」
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フォージタウンの工房で、ブロムが金塊を手に取り、しばらく黙り込んだ。
「弾かれるってのは、聞いたことがある」
やがて、ブロムが口を開く。
「だが、これほどの純度は、俺も初めて見た」
「作れそうですか」
ダダが身を乗り出す。
「わからん」
ブロムが正直に答える。
「だが、混ぜ物がいらないなら、話は早い」
「これだけで、いけるかもしれん」
「弾かれる、ってのは、裏を返せば」
ブロムが続ける。
「混ぜ物のせいで、魔力が漏れる心配がいらない、ってことでもある」
「それは、都合がいいでござるな」
ワングが感心したように言う。
「一色鍛え、ってやつでござるか」
ワングが聞き覚えのある言葉を口にする。
「試したことは」
「ない」
ブロムが短く答えた。
「話には聞いたことがあるだけだ。俺自身、やるのは初めてになる」
「危ない橋、渡らせちまうことになるが、いいか」
「かまいません」
ダダが迷わず答えた。
「時間、かかりますか」
「かかる」
ブロムが金塊を天秤に乗せた。
「量も、足りるかどうか、微妙なとこだ」
「見つけたら、また持ってきます」
カインが言う。
「頼む」
「今日は、俺はここに残る」
ダダが皆を見渡した。
「ブロムさんと、詰めることがある」
「わかった」
カインが頷く。
「無理は、するなよ」
「そっちもな」
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「俺が行く」
窓辺で、スルが立ち上がった。
「今日は、俺の番だから」
ダダが少し驚いたように見る。
「頼んでいいか」
「頼まれてる」
スルが静かに答えた。
板を懐に、五人とスルはエアの門をくぐった。
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三層の通路は、今日も色つきの印が滲んだままだった。
分岐を抜けると、氷を纏った小型の魔物が数体、姿を見せる。
「凍える前に、片付けるでござる」
ワングが太刀を一閃した。
一体、また一体と、氷の欠片になって砕けていく。
さらに進んだ先、小柄なデーモンが数体、通路を塞いだ。
「行く」
ネリスが姿勢を低くした。
一瞬でぶれ、次の瞬間には敵の背後にいる。
爪の一撃が急所を正確に捉えた。
「今のも、入ったな」
ワングが太刀を構えたまま言う。
「たぶん」
ネリスが淡々と答えた。
残る数体は、スルとワングが危なげなく片付けていく。
戦闘は、大きな乱れもなく終わった。
「兄貴、動き、いつもより、鋭くないか」
ネリスが魔石を拾いながら聞く。
「そうか?」
スルが首を傾げる。
「気のせいだと思う」
「気のせいで、片付くなら、それでいい」
ミラが笑いながら言った。
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さらに奥、地面が唐突に隆起した。
土と岩が寄り集まり、巨躯を形作っていく。
「ゴーレムか……!」
カインが息を呑む。
一体だけではなかった。
二体、三体と、次々に立ち上がる。
「囲まれるでござるぞ!」
ワングが叫び、太刀を構え直す。
一体の拳が、地面を叩き割った。
土煙が視界を奪う。
「怯むな!」
カインの声が響いた。
「俺が、押さえる」
スルが前へ出て、拳を弾く。
「その隙に!」
ワングが横から斬りかかった。
だが、刃は硬い岩肌に浅く弾かれるだけだった。
「これは、手強いでござるな」
「ララ、頼む」
カインが印を組む。
光とともに、杖を持つ人影が現れた。
「呼んだか」
ララが静かに問う。
「頼む、数が多い」
「わかった」
杖から放たれた炎が二体の巨躯を一度に飲み込んだ。
砕けた岩の欠片が通路に散る。
「隙間は、私が拾う」
ネリスが跳び、崩れかけた一体の核へ爪を突き立てた。
一撃で、光の粒となって消えていく。
「クリティカル、また入ったでござるな」
ワングが目を丸くした。
「最近、当たる感覚が、わかってきた」
ネリスが爪を軽く振った。
土煙が晴れると、通路には、もう動くものがなかった。
「これだけの数、ララがいなかったら、危なかったでござるな」
ワングが太刀を鞘に収めながら言う。
「効いたなら、それでいい」
ミラが微笑んだ。
「ララも、ここまでで十分だ」
「わかった」
ララが静かに頷き、光の粒となって消えていく。
「兄貴、無事か」
ネリスがスルの拳を覗き込む。
「平気」
スルが短く答えた。
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魔石を拾い集め、通路を戻り始めたところで、ネリスの耳が動いた。
「また、あいつら」
前方に、六人分の人影が立っている。
自分たちと瓜二つの一団だった。
だが、様子がいつもと違った。
向こうは、こちらを見ない。
視線を合わせることも、足を止めることもなく、斜めに通路を横切っていく。
「今日は……気づいてない、のか」
カインが小声で言う。
「鳥肌、立った」
ネリスが腕をさすりながら言う。
「いや」
ワングが目を凝らす。
「気づいていて、素通りしている風にも見えるでござる」
すれ違いざま、盾役の輪郭は、いつもと同じ、大柄な姿のままだった。
だが、確かめる間もなく、一団は暗がりの奥へ消えていった。
「今日の盾役、やっぱり」
ミラが震える声で聞く。
「今日も、あの体格でござる」
ワングが静かに言う。
「今日、ダダは、来てないのに」
カインが呟く。
「なのに、いつも通り、か」
ノリアが腕を組みながら言う。
「それも、わからない」
カインが静かに首を振った。
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一団が消えた場所に、小さな木箱が残されていた。
蓋が、わずかに開いている。
「また、これか」
ネリスが慎重に覗き込む。
中には、鈍く光る金塊が一つ、収まっていた。
「三つ目、か」
カインがそれを拾い上げる。
「重さ、同じに見えるでござるな」
ワングが覗き込んだ。
「刻印も」
「今日は、置いていった、ってことなのか」
ミラが呟く。
「それとも、拾い忘れた、だけかもね」
ノリアが素っ気なく言った。
誰も、答えられなかった。
「戻ろう」
カインが皆を見渡した。
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アーカイブに寄ると、ティリーが記録帳を広げて待っていた。
「三つ目の金塊、それに」
ネリスが、すれ違いの一団のことを話す。
「今日は、素通りされた、と」
ティリーがペンを止めた。
「これまでとは、違う動きですね」
「意味が、あるのかは」
「わかりません」
ティリーが静かに首を振る。
「でも、書いておきます」
「わからないことは、わからないまま」
カインが、その言葉を繰り返した。
「それが、一番正直でござるな」
ワングが頷いた。
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夕方、フォージタウンに戻ると、ダダとブロムがまだ炉の前にいた。
「三つ目、見つかった」
カインが布包みを差し出す。
ブロムが三つの金塊を並べ、じっと見比べた。
「全部、寸分違わないな」
「量、足りそうですか」
ダダが聞く。
「これだけあれば、一度、試せる」
ブロムがゆっくりと頷いた。
「明日から、本腰入れるぞ」
「お願いします」
ダダが鎚だこの残る手を、炉の火に向けて開いた。
「今日、対の迷宮の連中、様子が変だったらしいな」
ブロムが炉の火を見つめたまま言う。
「聞いたのか」
ダダが聞き返す。
「アーカイブに寄ったら、ティリーが教えてくれた」
「素通り、されたんだ。今日は」
ダダが静かに言う。
「わからねえことばかりだが」
ブロムが金塊を布に包み直しながら言った。
「今、目の前でできることを、一つずつ、やるしかねえだろうよ」
「そうっすね」
ダダが頷いた。
外は、いつの間にか夜になっていた。
懐の板の上、色のない印だけが、今日も答えを映さないままだった。
いかがでしょうか?
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