第144話「退いた爪、灯った策」
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朝、ヘクサインの食堂で、ダダが盾を担いでいた。
「今日は俺の番だな」
カインがパンをちぎりながら聞く。
「ああ」
ダダが短く頷く。
「俺は、今日は休む」
窓辺で、スルが伸びをしながら言った。
「たまには、な」
「無理してたわけじゃないでござろう」
ワングが少し笑う。
「毎日はさすがに疲れる」
スルが苦笑した。
「工房、寄るのか」
ダダが聞く。
「少しだけ」
「わかった」
「気をつけてな、皆」
スルの声に送られ、五人はヘクサインを後にした。
「爪、調子はどうだ」
道すがら、カインがネリスに聞く。
「悪くない」
ネリスが腰の爪を確かめながら答えた。
「まだ、たまに力加減を間違えるけどね」
「間違えた分は、俺たちが拾う」
ダダが盾を軽く叩きながら言った。
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板の示す通路を進む。
色つきの印は、今日も滲んだままだった。
「相変わらず読めないでござるな」
ワングが板を覗き込む。
「読めなくても、体は動く」
ネリスが爪を軽く鳴らした。
分岐の先、小柄なデーモンが数体、姿を見せた。
「行く」
ネリスが前へ踏み出す。
姿が一瞬でぶれ、次の瞬間には敵の背後にいた。
爪の一撃が急所を正確に捉える。
一体が声もなく崩れ落ちた。
「今のも、クリティカルか」
カインが目を丸くする。
「わからない。でも、当たれば大体そう」
ネリスが淡々と答えた。
「読みやすくなってきたでござるな、その動き」
ワングが太刀を構え直しながら言う。
「最初は、どこにいるか見失ってたが」
「慣れれば、追える」
ダダが盾で一体を弾き返しながら続けた。
「速さより、次にどこへ跳ぶか、そこを見てる」
「私は、まだ目が追いつかないけどね」
ミラが浄光を唱えながら苦笑する。
「それでも、傷を癒す先には困らない」
戦闘は、大きな乱れもなく片付いた。
奥から、二体目の群れが現れる。
「もう一波か」
カインが肩をすくめる。
「望むところ」
ネリスが姿勢を低くした。
今度は、誰も慌てなかった。
ダダが敵の正面を固め、ネリスがその隙を縫って背後を取る。
ワングとカインが崩れた敵を順に片付けていく。
「息が合ってきたでござるな」
ワングが太刀を鞘に収めながら言う。
「毎日、こうして潜ってきたからね」
ミラが微笑んだ。
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さらに奥、通路が広くなった場所で、六人の足が止まった。
大きな群れが行く手を塞いでいた。
「数が多いでござるな」
ワングが太刀の柄に手をかける。
「ゴーレム、出す」
カインが印を組む。
光とともに、巨躯が現れた。
ゴーレムが正面から群れへ突っ込み、太い腕で敵を薙ぎ払う。
「今日も頼もしいでござるな」
ワングが太刀を振るいながら言う。
ダダが横から盾で弾き、ネリスが隙間を駆け抜けて仕留めていく。
「隙間は、私が拾う」
ネリスが爪を振るう。
「三人がかりなら、これくらいか」
カインが笑う。
群れは、ものの数分で片付いた。
「戻すぞ」
カインが印を組み直す。
光とともに、巨躯の姿が掌の紋様へ吸い込まれていった。
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さらに通路を進むと、今度は違う気配がした。
分岐の奥、杖を構えた影が数体、並んでいる。
「魔力持ちが多いでござるな」
ワングが眉を寄せる。
「代わりに、ララだ」
カインが印を組む。
光とともに、杖を持つ人影が現れた。
「呼んだか」
ララが静かに問う。
「頼む。あっちの魔法使いたちを」
「わかった」
ララが杖を構え、詠唱を紡ぐ。
炎の奔流が敵の集団を貫いた。
一撃で半数近くが崩れ落ちる。
「相変わらず凄まじいでござるな」
ワングが言葉を失う。
残る敵はダダとワングが着実に片付けていく。
「ララ、疲れは?」
カインが心配そうに聞く。
「平気」
それ以上は、何も語らなかった。
「今日も出番なしか」
カインが笑いながら言う。
「それでいい」
ノリアが素っ気なく答えた。
戦闘は、大きな乱れもなく終わった。
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魔石を拾い集め、通路を戻り始めたところで、空気が変わった。
「これは……」
カインが足を止める。
前方の暗がりから、黒い影が姿を現した。
例のドラゴンだった。
「また、お前か」
ダダが盾を構え直す。
「今日は逃げるだけじゃないでござるよ」
ワングが太刀を抜く。
「私が行く」
ネリスが前へ出た。
「無理はするな」
ダダが短く釘を刺す。
「うん」
ドラゴンが咆哮とともに、前脚を振り上げた。
ネリスは、その一撃を紙一重で躱し、懐へ飛び込む。
爪の一撃が初めて鱗の隙間を捉えた。
「入った……!」
ネリスが思わず声を上げる。
浅い傷が黒い鱗に走っていた。
「今の、通ったでござるぞ!」
ワングが太刀を振るいながら叫ぶ。
その隙を逃さず、ワングも横合いから斬りかかった。
刃が浅く鱗を捉える。
「拙者も少しは削れたでござる!」
ワングの声に、初めての手応えが滲んでいた。
だが、その傷もみるみる塞がっていく。
「治る……?」
ネリスが息を呑んだ。
ドラゴンが大きく顎を開いた。
「ブレス、来る!」
ダダが叫び、大盾を構える。
炎の奔流が六人を襲った。
ダダが正面から受け止め、他の五人がその陰に身を寄せる。
盾の表面が赤く焼けていく。
「持たない……!」
ダダの声に、焦りが滲んだ。
「退くぞ!」
カインが叫ぶ。
六人は、じりじりと後退しながら、暗がりの奥へと引き返した。
ドラゴンは追ってこなかった。
炎の残り火だけが通路に漂っていた。
「盾、大丈夫か」
カインが焦げた表面を見つめながら聞く。
「まだ使える」
ダダが短く答えた。
「でも、次はどうなるか、わからない」
ネリスが傷一つない爪を見つめる。
「今日は、当てられただけ、良しとしよう」
カインが皆を見渡した。
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アーカイブに着くと、ティリーが記録帳を広げて待っていた。
「今日は、傷を負わせられたんですね」
「でも、すぐ塞がった」
ネリスが悔しそうに言う。
「あの再生力、普通じゃないでござる」
ワングが続ける。
「ブレスさえなければ、まだ粘れたはずでござるが」
「ブレス対策、何か記録に残ってないでござるか」
ワングがティリーに尋ねた。
「少し、お待ちください」
ティリーが古い書庫の奥から一冊の帳面を運んでくる。
「これです」
ページを開き、指でなぞりながら続けた。
「昔、氷系の呪文を複数閉じ込めた魔道具を、竜の口の中へ投げ込み、内側から凍らせたという記録があります」
「口の中に、投げ込む……?」
ミラが目を見開く。
「ブレスを吐く瞬間を狙う、ということですね」
「その通りです」
ティリーが頷く。
「呪文を撃ち込むのは、私でもできそうだね」
ノリアが腕を組みながら言う。
「業火弾しか撃てなくても、氷系ならまた別、ってことだよね」
「氷系は、私も少しなら」
ミラが控えめに手を挙げる。
「まずは、器の方が先でござるな」
ワングが言う。
「ただ、その魔道具を作るには、大量のミスリルが要るそうです」
「ミスリル……」
カインが呟く。
「呪文を閉じ込めておけるよう、特別な鍛え方をしなければならない、とも書かれています」
ティリーが帳面を閉じた。
「普通の鍛冶とは、違う技術ってことか」
カインが腕を組む。
「詳しい製法までは、記録に残っていません」
「わからないことは、わからないまま、書いておきます」
その一言に、ダダがふと顔を上げた。
「それ」
ダダが静かに口を開く。
「今、俺がやろうとしていたことに近い」
「え……」
カインがダダを見る。
「魔法を閉じ込めた防具を、作ろうとしていた」
工房で見せなかった鋼の塊が、皆の頭に浮かんだ。
「跡継ぎの話じゃ、なかったのか」
カインが思わず聞き返す。
「そっちも、まだ考えてる」
ダダが鎚だこの残る手を見つめる。
「でも、盾一枚じゃ、いずれ限界が来る。そう思って、試してた」
「一人で、そんなことを」
ワングが驚いたように呟く。
「誰かに、話すほどのもんでもなかった」
ダダが少し照れくさそうに言う。
「話してくれれば、良かったのに」
ミラが優しく言う。
「今、話した」
ダダが短く答えた。
「ミスリル、集めるところからでござるな」
ワングが腕を組みながら言う。
「フォージタウンに、心当たりはあるのか」
「少しは」
ダダが頷く。
「時間は、かかると思う」
「今日、それがわかっただけでも、収穫だよ」
ミラが微笑んだ。
「跡継ぎの答えは、まだ出てないでござるが」
ワングが小さく笑う。
「その代わり、別の答えが一つ出てきたでござるな」
「保留がまた一つ、形を変えただけかもね」
ノリアが素っ気なく言う。
「それでも、進んだのは進んだよ」
ミラが続けた。
「わからないことが、また一つ、形になりましたね」
ティリーが新しい行を書き足しながら言う。
窓の外は、すっかり暮れていた。
板の上、色のない印だけが答えの出ないまま、静かに揺れていた。
いかがでしょうか?
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