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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第144話「退いた爪、灯った策」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝、ヘクサインの食堂で、ダダが盾を担いでいた。

「今日は俺の番だな」

カインがパンをちぎりながら聞く。

「ああ」

ダダが短く頷く。

「俺は、今日は休む」

窓辺で、スルが伸びをしながら言った。

「たまには、な」

「無理してたわけじゃないでござろう」

ワングが少し笑う。

「毎日はさすがに疲れる」

スルが苦笑した。

「工房、寄るのか」

ダダが聞く。

「少しだけ」

「わかった」

「気をつけてな、皆」

スルの声に送られ、五人はヘクサインを後にした。

「爪、調子はどうだ」

道すがら、カインがネリスに聞く。

「悪くない」

ネリスが腰の爪を確かめながら答えた。

「まだ、たまに力加減を間違えるけどね」

「間違えた分は、俺たちが拾う」

ダダが盾を軽く叩きながら言った。

---

板の示す通路を進む。

色つきの印は、今日も滲んだままだった。

「相変わらず読めないでござるな」

ワングが板を覗き込む。

「読めなくても、体は動く」

ネリスが爪を軽く鳴らした。

分岐の先、小柄なデーモンが数体、姿を見せた。

「行く」

ネリスが前へ踏み出す。

姿が一瞬でぶれ、次の瞬間には敵の背後にいた。

爪の一撃が急所を正確に捉える。

一体が声もなく崩れ落ちた。

「今のも、クリティカルか」

カインが目を丸くする。

「わからない。でも、当たれば大体そう」

ネリスが淡々と答えた。

「読みやすくなってきたでござるな、その動き」

ワングが太刀を構え直しながら言う。

「最初は、どこにいるか見失ってたが」

「慣れれば、追える」

ダダが盾で一体を弾き返しながら続けた。

「速さより、次にどこへ跳ぶか、そこを見てる」

「私は、まだ目が追いつかないけどね」

ミラが浄光を唱えながら苦笑する。

「それでも、傷を癒す先には困らない」

戦闘は、大きな乱れもなく片付いた。

奥から、二体目の群れが現れる。

「もう一波か」

カインが肩をすくめる。

「望むところ」

ネリスが姿勢を低くした。

今度は、誰も慌てなかった。

ダダが敵の正面を固め、ネリスがその隙を縫って背後を取る。

ワングとカインが崩れた敵を順に片付けていく。

「息が合ってきたでござるな」

ワングが太刀を鞘に収めながら言う。

「毎日、こうして潜ってきたからね」

ミラが微笑んだ。

---

さらに奥、通路が広くなった場所で、六人の足が止まった。

大きな群れが行く手を塞いでいた。

「数が多いでござるな」

ワングが太刀の柄に手をかける。

「ゴーレム、出す」

カインが印を組む。

光とともに、巨躯が現れた。

ゴーレムが正面から群れへ突っ込み、太い腕で敵を薙ぎ払う。

「今日も頼もしいでござるな」

ワングが太刀を振るいながら言う。

ダダが横から盾で弾き、ネリスが隙間を駆け抜けて仕留めていく。

「隙間は、私が拾う」

ネリスが爪を振るう。

「三人がかりなら、これくらいか」

カインが笑う。

群れは、ものの数分で片付いた。

「戻すぞ」

カインが印を組み直す。

光とともに、巨躯の姿が掌の紋様へ吸い込まれていった。

---

さらに通路を進むと、今度は違う気配がした。

分岐の奥、杖を構えた影が数体、並んでいる。

「魔力持ちが多いでござるな」

ワングが眉を寄せる。

「代わりに、ララだ」

カインが印を組む。

光とともに、杖を持つ人影が現れた。

「呼んだか」

ララが静かに問う。

「頼む。あっちの魔法使いたちを」

「わかった」

ララが杖を構え、詠唱を紡ぐ。

炎の奔流が敵の集団を貫いた。

一撃で半数近くが崩れ落ちる。

「相変わらず凄まじいでござるな」

ワングが言葉を失う。

残る敵はダダとワングが着実に片付けていく。

「ララ、疲れは?」

カインが心配そうに聞く。

「平気」

それ以上は、何も語らなかった。

「今日も出番なしか」

カインが笑いながら言う。

「それでいい」

ノリアが素っ気なく答えた。

戦闘は、大きな乱れもなく終わった。

---

魔石を拾い集め、通路を戻り始めたところで、空気が変わった。

「これは……」

カインが足を止める。

前方の暗がりから、黒い影が姿を現した。

例のドラゴンだった。

「また、お前か」

ダダが盾を構え直す。

「今日は逃げるだけじゃないでござるよ」

ワングが太刀を抜く。

「私が行く」

ネリスが前へ出た。

「無理はするな」

ダダが短く釘を刺す。

「うん」

ドラゴンが咆哮とともに、前脚を振り上げた。

ネリスは、その一撃を紙一重で躱し、懐へ飛び込む。

爪の一撃が初めて鱗の隙間を捉えた。

「入った……!」

ネリスが思わず声を上げる。

浅い傷が黒い鱗に走っていた。

「今の、通ったでござるぞ!」

ワングが太刀を振るいながら叫ぶ。

その隙を逃さず、ワングも横合いから斬りかかった。

刃が浅く鱗を捉える。

「拙者も少しは削れたでござる!」

ワングの声に、初めての手応えが滲んでいた。

だが、その傷もみるみる塞がっていく。

「治る……?」

ネリスが息を呑んだ。

ドラゴンが大きく顎を開いた。

「ブレス、来る!」

ダダが叫び、大盾を構える。

炎の奔流が六人を襲った。

ダダが正面から受け止め、他の五人がその陰に身を寄せる。

盾の表面が赤く焼けていく。

「持たない……!」

ダダの声に、焦りが滲んだ。

「退くぞ!」

カインが叫ぶ。

六人は、じりじりと後退しながら、暗がりの奥へと引き返した。

ドラゴンは追ってこなかった。

炎の残り火だけが通路に漂っていた。

「盾、大丈夫か」

カインが焦げた表面を見つめながら聞く。

「まだ使える」

ダダが短く答えた。

「でも、次はどうなるか、わからない」

ネリスが傷一つない爪を見つめる。

「今日は、当てられただけ、良しとしよう」

カインが皆を見渡した。

---

アーカイブに着くと、ティリーが記録帳を広げて待っていた。

「今日は、傷を負わせられたんですね」

「でも、すぐ塞がった」

ネリスが悔しそうに言う。

「あの再生力、普通じゃないでござる」

ワングが続ける。

「ブレスさえなければ、まだ粘れたはずでござるが」

「ブレス対策、何か記録に残ってないでござるか」

ワングがティリーに尋ねた。

「少し、お待ちください」

ティリーが古い書庫の奥から一冊の帳面を運んでくる。

「これです」

ページを開き、指でなぞりながら続けた。

「昔、氷系の呪文を複数閉じ込めた魔道具を、竜の口の中へ投げ込み、内側から凍らせたという記録があります」

「口の中に、投げ込む……?」

ミラが目を見開く。

「ブレスを吐く瞬間を狙う、ということですね」

「その通りです」

ティリーが頷く。

「呪文を撃ち込むのは、私でもできそうだね」

ノリアが腕を組みながら言う。

「業火弾しか撃てなくても、氷系ならまた別、ってことだよね」

「氷系は、私も少しなら」

ミラが控えめに手を挙げる。

「まずは、器の方が先でござるな」

ワングが言う。

「ただ、その魔道具を作るには、大量のミスリルが要るそうです」

「ミスリル……」

カインが呟く。

「呪文を閉じ込めておけるよう、特別な鍛え方をしなければならない、とも書かれています」

ティリーが帳面を閉じた。

「普通の鍛冶とは、違う技術ってことか」

カインが腕を組む。

「詳しい製法までは、記録に残っていません」

「わからないことは、わからないまま、書いておきます」

その一言に、ダダがふと顔を上げた。

「それ」

ダダが静かに口を開く。

「今、俺がやろうとしていたことに近い」

「え……」

カインがダダを見る。

「魔法を閉じ込めた防具を、作ろうとしていた」

工房で見せなかった鋼の塊が、皆の頭に浮かんだ。

「跡継ぎの話じゃ、なかったのか」

カインが思わず聞き返す。

「そっちも、まだ考えてる」

ダダが鎚だこの残る手を見つめる。

「でも、盾一枚じゃ、いずれ限界が来る。そう思って、試してた」

「一人で、そんなことを」

ワングが驚いたように呟く。

「誰かに、話すほどのもんでもなかった」

ダダが少し照れくさそうに言う。

「話してくれれば、良かったのに」

ミラが優しく言う。

「今、話した」

ダダが短く答えた。

「ミスリル、集めるところからでござるな」

ワングが腕を組みながら言う。

「フォージタウンに、心当たりはあるのか」

「少しは」

ダダが頷く。

「時間は、かかると思う」

「今日、それがわかっただけでも、収穫だよ」

ミラが微笑んだ。

「跡継ぎの答えは、まだ出てないでござるが」

ワングが小さく笑う。

「その代わり、別の答えが一つ出てきたでござるな」

「保留がまた一つ、形を変えただけかもね」

ノリアが素っ気なく言う。

「それでも、進んだのは進んだよ」

ミラが続けた。

「わからないことが、また一つ、形になりましたね」

ティリーが新しい行を書き足しながら言う。

窓の外は、すっかり暮れていた。

板の上、色のない印だけが答えの出ないまま、静かに揺れていた。

いかがでしょうか?


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