第142話「立たぬ刃、灯った覚悟」
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朝、ヘクサインの食堂で、ダダが荷物をまとめていた。
「今日も工房か」
カインがパンを頬張りながら聞く。
「ああ」
ダダが短く頷く。
「そろそろ答えを出さないとな」
「無理には急かさないでござるよ」
ワングが静かに言う。
「頼んだぞ、スル」
ダダが盾を壁に立てかけたまま、窓辺のスルを見る。
「うん」
スルが短く応じた。
「今日は俺が入る」
「昨日の話」
カインが椅子に座り直しながら、切り出す。
「聞いてないよな、スルは」
「話、って」
スルが首を傾げる。
「黒いドラゴンが出た」
ワングが静かに言う。
「対の迷宮の一団と睨み合ってるところに、居合わせたでござる」
「刃も、魔法も、通らなかった」
ミラが続ける。
「向こうも、こちらも、手も足も出せなかった」
スルがしばらく黙り、それから聞いた。
「今日また出る、ってことか」
「わからない」
カインが首を振る。
「でも、頭には入れておいてほしい」
「わかった」
スルが短く頷く。
「教えてくれて助かる」
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クロスロードを抜け、板の示す通路を進む。
カイン、ネリス、ノリア、ミラ、ワング、そしてスル。
「残るポイント、あといくつだったでござるか」
ワングが板を覗き込む。
「数えるほどしかない」
ミラが答える。
「今日で、また潰せるといいけど」
「潰すだけなら、慣れたもんだよ」
ネリスが爪を鳴らす。
分岐の先、小柄なデーモンが二体、姿を見せた。
「これくらいなら」
スルが前へ出る。
「挑発、いくぞ」
「こっちだ」
短い声に、デーモンの視線が集まる。
隙をついて、ワングの太刀が一体を斬り伏せた。
「呆気ないでござるな」
「油断はするなよ」
スルが爪の血を払いながら言う。
「聞いた話だと、この先只者じゃない奴が出るんだろ」
「わかってる」
ワングが太刀を鞘に収めながら頷いた。
「私の出番、今日もなさそうだね」
ノリアが杖を下ろしたまま、肩をすくめる。
「切り札は切り札のままでいい」
カインが笑いながら答えた。
「今日はこの調子だといいけど」
ミラが微笑みながら、そう呟いた矢先だった。
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分岐を抜け、開けた空間に出たところで、六人の足が揃って止まった。
「あれ……」
カインが息を呑む。
昨日、対の迷宮の一団が対峙していた、黒いドラゴンだった。
翼を広げ、こちらへまっすぐ首を向けている。
「今日は俺たちの番、ってことか」
カインが掠れた声で呟く。
昨日、あの一団がなす術もなく退いていく姿が、脳裏をよぎった。
「気配、隠す間もなかったでござる」
ワングが太刀を抜きながら、後ずさる。
ドラゴンが低く唸った。
「散れ!」
スルが鋭く叫ぶ。
「一人に集めさせるな!」
六人が四方へ跳んだ。
「こっちだ」
スルが前へ踏み出し、爪を打ち鳴らす。
姿が一瞬ぶれた。
ドラゴンの目がそれでも、正確にスルを捉えた。
「速さも通じないか」
スルが低く呟く。
「効いてるでござるか」
ワングが横合いから斬りかかる。
太刀が黒い鱗に弾かれた。
「くっ……硬い」
体勢を崩しながら、もう一太刀。
結果は同じだった。
「刃がまるで噛みつかないでござる」
「加護、かける」
ミラが短く唱え、ワングの防御を上げる。
「助かるでござる」
「でも、防御が上がったところで」
ミラが次の一歩を踏み出しながら言う。
「攻撃が通らなきゃ、意味がない」
「私も」
ミラがロングソードを振るう。
刃が、滑るように逸れていく。
「傷一つつかない」
ミラが息を呑んだ。
盾で受け流す動きを、幾度か繰り返す。
だが、少しずつ足が下がっていく。
「なら、こっちだ」
ノリアが杖を構える。
「業火弾」
炎の塊がまっすぐドラゴンへ飛んでいった。
着弾の寸前、炎が鱗の表面で弾け返る。
飛び散った火の粉が通路の壁を焦がした。
「跳ね返された……?」
ノリアが目を見開く。
「魔法まで通さないっていうの」
「ゴーレム、出す」
カインが印を組み直す。
光とともに、巨躯が現れた。
ゴーレムの拳がドラゴンの前脚を受け止める。
だが、押し返されたのは、ゴーレムの方だった。
巨躯が大きく後ろへたたらを踏む。
「なんて力だ……」
カインが掌の紋様を握りしめる。
ドラゴンが大きく顎を開いた。
「ブレス、来る!」
スルが叫ぶ。
炎の奔流がまっすぐ六人へ向かって放たれた。
「逃げろ!」
ワングの声に、全員が横へ跳ぶ。
一番逃げ遅れたのは、ミラだった。
「間に合わない……!」
スルが超加速で間に割り込む。
体ごとミラを突き飛ばした。
炎が二人がいた場所をなめるように焼いた。
熱風が頬を掠める。
「危なかった……」
ミラが地面に転がったまま、荒く息をつく。
「兄貴、ありがとう」
ネリスが駆け寄りながら言う。
「間に合っただけだ」
スルが短く答えた。
「もう一発来たら」
カインが言葉を切った。
「今度は避けきれないかもしれない」
「退くぞ」
スルが短く言う。
「これ以上は無理だ」
「賛成」
ノリアが即座に応じた。
六人はじりじりと後退しながら、通路の奥へ身を引いた。
ドラゴンは追ってこなかった。
代わりに、翼を大きく広げ、咆哮を一つ残し、奥の暗がりへと姿を消していった。
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アーカイブに着くと、ティリーが記録帳を開いたまま、話を聞いていた。
「黒いドラゴン、刃も魔法も通らず、ブレスで撤退」
指で数えながら、確認する。
「今日はこちら側が直接狙われたんですね」
「昨日は見てるだけだったのが」
カインが頷く。
「今日は俺たちの番になった」
「向こうのパーティが味わったこと、そのままでござるな」
ワングが太刀を見つめる。
「刃こぼれ、一つもしてないでござるが、それでも通った気がしない」
「傷一つつかない相手は、記録にもあまり例がありません」
ティリーがペンを走らせる。
「わからないことを、わからないまま、書いておきます」
「向こうの一団も同じ手ごたえだったのかな」
ミラがそっと呟く。
「それもわかりません」
ティリーが首を振った。
「あの太刀筋、少し似ていたでござる」
ワングがぽつりと呟く。
「白の点のあの鎧の魔物たちに」
「確証はないでござるがな」
「それも書いておきます」
ティリーが新しい行を書き足した。
「それでいい」
カインが小さく笑う。
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夕方、ヘクサインに戻ると、工房帰りのダダが待っていた。
「どうだった」
「聞いて驚くなよ」
カインが苦笑しながら言う。
「昨日のあのドラゴンに、今日はこっちが襲われた」
「勝てたのか」
「退いた」
スルが短く答える。
「刃も、魔法も、まるで効かなかった」
「そんなにか」
ダダが眉を寄せる。
その時、ネリスが道具袋から短剣を取り出した。
冷たい刃が灯りに鈍く光る。
「みんな、聞いて」
ネリスの声に、部屋の空気が静かになった。
「この短剣、使う」
「忍者の……」
ミラが目を見開く。
「本気か」
カインが思わず聞き返す。
「レベルが多少落ちても」
ネリスが短剣を握りしめる。
「今のままじゃ、あのドラゴンには勝てない」
「焦って決めることじゃないでござるよ」
ワングが心配そうに言う。
「焦ってない」
ネリスが首を振った。
「今日、見て、決めた」
「刃も、魔法も、通らなかった相手だぞ」
カインが静かに聞く。
「忍者になれば、通ると思うのか」
「わからない」
ネリスが短剣を見つめたまま、答える。
「でも、今のままじゃ、確実に通らない」
その目に、迷いはなかった。
「決めたなら、俺は止めない」
ダダが静かに言う。
「装備、要るなら、いつでも言え」
「うん」
ネリスが短く頷く。
「明日は俺が前衛だ」
ダダが盾を担ぎ直しながら続けた。
「ネリスの初陣、隣で見届けてやる」
「うん。頼んだ」
ネリスが少しだけ笑った。
「忍者か」
ワングが腕を組みながら呟く。
「マランでは聞かない職業でござるが」
「拙者たちの中に、また一つ増えるでござるな」
「賑やかになる一方だね」
ミラが微笑む。
「保留、まだ二つ残ってるけどね」
「一つ、片づいたところで、また一つ、増えるでござるからな」
ワングが苦笑した。
窓の外はすっかり暮れていた。
ネリスは短剣をそっと灯りにかざした。
刃の奥に、何かが揺らいでいるように見えた。
板の上、色のない印だけが静かに次の通路を示し続けていた。
いかがでしょうか?
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