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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第142話「立たぬ刃、灯った覚悟」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝、ヘクサインの食堂で、ダダが荷物をまとめていた。

「今日も工房か」

カインがパンを頬張りながら聞く。

「ああ」

ダダが短く頷く。

「そろそろ答えを出さないとな」

「無理には急かさないでござるよ」

ワングが静かに言う。

「頼んだぞ、スル」

ダダが盾を壁に立てかけたまま、窓辺のスルを見る。

「うん」

スルが短く応じた。

「今日は俺が入る」

「昨日の話」

カインが椅子に座り直しながら、切り出す。

「聞いてないよな、スルは」

「話、って」

スルが首を傾げる。

「黒いドラゴンが出た」

ワングが静かに言う。

「対の迷宮の一団と睨み合ってるところに、居合わせたでござる」

「刃も、魔法も、通らなかった」

ミラが続ける。

「向こうも、こちらも、手も足も出せなかった」

スルがしばらく黙り、それから聞いた。

「今日また出る、ってことか」

「わからない」

カインが首を振る。

「でも、頭には入れておいてほしい」

「わかった」

スルが短く頷く。

「教えてくれて助かる」

---

クロスロードを抜け、板の示す通路を進む。

カイン、ネリス、ノリア、ミラ、ワング、そしてスル。

「残るポイント、あといくつだったでござるか」

ワングが板を覗き込む。

「数えるほどしかない」

ミラが答える。

「今日で、また潰せるといいけど」

「潰すだけなら、慣れたもんだよ」

ネリスが爪を鳴らす。

分岐の先、小柄なデーモンが二体、姿を見せた。

「これくらいなら」

スルが前へ出る。

「挑発、いくぞ」

「こっちだ」

短い声に、デーモンの視線が集まる。

隙をついて、ワングの太刀が一体を斬り伏せた。

「呆気ないでござるな」

「油断はするなよ」

スルが爪の血を払いながら言う。

「聞いた話だと、この先只者じゃない奴が出るんだろ」

「わかってる」

ワングが太刀を鞘に収めながら頷いた。

「私の出番、今日もなさそうだね」

ノリアが杖を下ろしたまま、肩をすくめる。

「切り札は切り札のままでいい」

カインが笑いながら答えた。

「今日はこの調子だといいけど」

ミラが微笑みながら、そう呟いた矢先だった。

---

分岐を抜け、開けた空間に出たところで、六人の足が揃って止まった。

「あれ……」

カインが息を呑む。

昨日、対の迷宮の一団が対峙していた、黒いドラゴンだった。

翼を広げ、こちらへまっすぐ首を向けている。

「今日は俺たちの番、ってことか」

カインが掠れた声で呟く。

昨日、あの一団がなす術もなく退いていく姿が、脳裏をよぎった。

「気配、隠す間もなかったでござる」

ワングが太刀を抜きながら、後ずさる。

ドラゴンが低く唸った。

「散れ!」

スルが鋭く叫ぶ。

「一人に集めさせるな!」

六人が四方へ跳んだ。

「こっちだ」

スルが前へ踏み出し、爪を打ち鳴らす。

姿が一瞬ぶれた。

ドラゴンの目がそれでも、正確にスルを捉えた。

「速さも通じないか」

スルが低く呟く。

「効いてるでござるか」

ワングが横合いから斬りかかる。

太刀が黒い鱗に弾かれた。

「くっ……硬い」

体勢を崩しながら、もう一太刀。

結果は同じだった。

「刃がまるで噛みつかないでござる」

「加護、かける」

ミラが短く唱え、ワングの防御を上げる。

「助かるでござる」

「でも、防御が上がったところで」

ミラが次の一歩を踏み出しながら言う。

「攻撃が通らなきゃ、意味がない」

「私も」

ミラがロングソードを振るう。

刃が、滑るように逸れていく。

「傷一つつかない」

ミラが息を呑んだ。

盾で受け流す動きを、幾度か繰り返す。

だが、少しずつ足が下がっていく。

「なら、こっちだ」

ノリアが杖を構える。

「業火弾」

炎の塊がまっすぐドラゴンへ飛んでいった。

着弾の寸前、炎が鱗の表面で弾け返る。

飛び散った火の粉が通路の壁を焦がした。

「跳ね返された……?」

ノリアが目を見開く。

「魔法まで通さないっていうの」

「ゴーレム、出す」

カインが印を組み直す。

光とともに、巨躯が現れた。

ゴーレムの拳がドラゴンの前脚を受け止める。

だが、押し返されたのは、ゴーレムの方だった。

巨躯が大きく後ろへたたらを踏む。

「なんて力だ……」

カインが掌の紋様を握りしめる。

ドラゴンが大きく顎を開いた。

「ブレス、来る!」

スルが叫ぶ。

炎の奔流がまっすぐ六人へ向かって放たれた。

「逃げろ!」

ワングの声に、全員が横へ跳ぶ。

一番逃げ遅れたのは、ミラだった。

「間に合わない……!」

スルが超加速で間に割り込む。

体ごとミラを突き飛ばした。

炎が二人がいた場所をなめるように焼いた。

熱風が頬を掠める。

「危なかった……」

ミラが地面に転がったまま、荒く息をつく。

「兄貴、ありがとう」

ネリスが駆け寄りながら言う。

「間に合っただけだ」

スルが短く答えた。

「もう一発来たら」

カインが言葉を切った。

「今度は避けきれないかもしれない」

「退くぞ」

スルが短く言う。

「これ以上は無理だ」

「賛成」

ノリアが即座に応じた。

六人はじりじりと後退しながら、通路の奥へ身を引いた。

ドラゴンは追ってこなかった。

代わりに、翼を大きく広げ、咆哮を一つ残し、奥の暗がりへと姿を消していった。

---

アーカイブに着くと、ティリーが記録帳を開いたまま、話を聞いていた。

「黒いドラゴン、刃も魔法も通らず、ブレスで撤退」

指で数えながら、確認する。

「今日はこちら側が直接狙われたんですね」

「昨日は見てるだけだったのが」

カインが頷く。

「今日は俺たちの番になった」

「向こうのパーティが味わったこと、そのままでござるな」

ワングが太刀を見つめる。

「刃こぼれ、一つもしてないでござるが、それでも通った気がしない」

「傷一つつかない相手は、記録にもあまり例がありません」

ティリーがペンを走らせる。

「わからないことを、わからないまま、書いておきます」

「向こうの一団も同じ手ごたえだったのかな」

ミラがそっと呟く。

「それもわかりません」

ティリーが首を振った。

「あの太刀筋、少し似ていたでござる」

ワングがぽつりと呟く。

「白の点のあの鎧の魔物たちに」

「確証はないでござるがな」

「それも書いておきます」

ティリーが新しい行を書き足した。

「それでいい」

カインが小さく笑う。

---

夕方、ヘクサインに戻ると、工房帰りのダダが待っていた。

「どうだった」

「聞いて驚くなよ」

カインが苦笑しながら言う。

「昨日のあのドラゴンに、今日はこっちが襲われた」

「勝てたのか」

「退いた」

スルが短く答える。

「刃も、魔法も、まるで効かなかった」

「そんなにか」

ダダが眉を寄せる。

その時、ネリスが道具袋から短剣を取り出した。

冷たい刃が灯りに鈍く光る。

「みんな、聞いて」

ネリスの声に、部屋の空気が静かになった。

「この短剣、使う」

「忍者の……」

ミラが目を見開く。

「本気か」

カインが思わず聞き返す。

「レベルが多少落ちても」

ネリスが短剣を握りしめる。

「今のままじゃ、あのドラゴンには勝てない」

「焦って決めることじゃないでござるよ」

ワングが心配そうに言う。

「焦ってない」

ネリスが首を振った。

「今日、見て、決めた」

「刃も、魔法も、通らなかった相手だぞ」

カインが静かに聞く。

「忍者になれば、通ると思うのか」

「わからない」

ネリスが短剣を見つめたまま、答える。

「でも、今のままじゃ、確実に通らない」

その目に、迷いはなかった。

「決めたなら、俺は止めない」

ダダが静かに言う。

「装備、要るなら、いつでも言え」

「うん」

ネリスが短く頷く。

「明日は俺が前衛だ」

ダダが盾を担ぎ直しながら続けた。

「ネリスの初陣、隣で見届けてやる」

「うん。頼んだ」

ネリスが少しだけ笑った。

「忍者か」

ワングが腕を組みながら呟く。

「マランでは聞かない職業でござるが」

「拙者たちの中に、また一つ増えるでござるな」

「賑やかになる一方だね」

ミラが微笑む。

「保留、まだ二つ残ってるけどね」

「一つ、片づいたところで、また一つ、増えるでござるからな」

ワングが苦笑した。

窓の外はすっかり暮れていた。

ネリスは短剣をそっと灯りにかざした。

刃の奥に、何かが揺らいでいるように見えた。

板の上、色のない印だけが静かに次の通路を示し続けていた。

いかがでしょうか?


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