第141話「阻まれた手、消えた竜」
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その後も、ダダとスルは、日替わりで前衛を務め続けた。
「今日は、こっちの番だ」
ヘクサインの朝、盾を担いだダダが言う。
「頼んだぞ」
窓辺で、スルが短く頷く。
「無理は、するなよ」
「そっちこそ」
スルが、少し笑った。
工房の話は、あれから誰も、深くは聞かなかった。
台の上の鋼が、少しずつ形になっているらしいことだけは、ミラの目にも見えていた。
聞けば答えてくれそうな気配はあったが、誰も、あえて聞かなかった。
「焦って聞くもんじゃ、ないでござるからな」
ワングが、そう言って、それきりにしていた。
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クロスロードを抜け、板の示す通路を進む。
カイン、ネリス、ノリア、ミラ、ワング、そしてダダ。
色つきの印は、相変わらず滲んだままだった。
「これで、残るポイントは、あとわずかでござるな」
ワングが板を覗き込む。
「潰せるだけ、潰してきたからね」
ミラが頷く。
「読めない色のまま、ここまで来たのが、逆に凄いでござるよ」
「読めなくても、足は動く」
ネリスが、爪を鳴らす。
「それだけで、十分でしょ」
板の示す先、これまでより一段、通路の空気が違っていた。
「開けてる」
ネリスが、耳を澄ませながら呟く。
「音が、遠くまで通ってる」
「大部屋か何か、あるのかもな」
カインが、板を懐にしまいながら言う。
分岐を抜けた先、広い空間が、視界いっぱいに広がった。
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その中心に、黒いドラゴンがいた。
翼を大きく広げ、咆哮とともに炎を吐き出している。
鱗の一枚一枚が、闇そのものを固めたような、深い黒だった。
「なんだ、あれは……」
カインが、思わず足を止める。
ドラゴンと対峙していたのは、六人の一団だった。
盾を構える大柄な影、杖を掲げる者、素早く駆ける影。
「あいつら、また……」
ワングの声が、強張る。
自分たちと、瓜二つの一団だった。
「ゴーレムが、いる」
ミラが、目を見開く。
一団の傍らで、巨躯の影が、ドラゴンの爪を受け止めていた。
「向こうにも、召喚士が、いるってことか」
カインが、掌の紋様に、無意識に手をやる。
「連携、見事でござるな」
ワングが、食い入るように見つめる。
盾役がドラゴンの注意を引きつけ、後衛の炎がその隙を突く。
崩れかけては立て直し、互角の勝負を続けていた。
「あれ、勝てるのか」
ダダが、盾越しに戦況を見つめる。
「わからない。でも、押されてるようには、見えない」
カインが、答える。
「助けに、入るか」
ダダが、盾を握り直しながら聞く。
「入って、いいのか」
カインが、迷いを声に出す。
「あれは、俺たちの戦いじゃ、ないかもしれない」
「私は、賛成しない」
ノリアが、静かに言う。
「賛成しないけど、止めもしない」
「どっちなんだ、それ」
カインが、思わず聞き返す。
「決めるのは、あんたたちだって、こと」
ノリアが、素っ気なく答えた。
「わからない。でも、放っておけない」
ネリスが、爪を鳴らした。
「行きましょう」
ミラが、静かに頷く。
「後悔するくらいなら」
一瞬の迷いの後、六人は、揃って前へ踏み出した。
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その足が、途中で止まった。
「くっ……!」
カインの体が、見えない何かに、押し返される。
「拙者も、進めないでござる」
ワングが、空を殴るように、腕を突き出す。
抵抗はあるのに、そこには何もなかった。
「六人の壁か……?」
カインが、掠れた声で呟く。
「されど、対象は、拙者たちの方でござるぞ」
ワングが、歯を食いしばる。
「向こうに、近づけない」
「押し戻される感覚、あの時と、同じでござる」
ワングが、続ける。
「エアの三層に、初めて足を踏み入れた、あの日と」
「呪文なら、届くはずじゃ」
ノリアが、杖を構えかけ、止まる。
距離が、あまりに遠かった。
狙いを誤れば、向こうの誰かに、当たりかねない。
「無理だ」
ノリアが、静かに杖を下ろす。
「ここからじゃ、届かせられない」
「見てるしか、ないでござるか」
ワングの声に、悔しさが滲んでいた。
六人は、その場に立ち尽くすしかなかった。
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ドラゴンの咆哮が、一段、大きくなった。
大きく開いた顎から、炎のブレスが、まっすぐ放たれる。
「危ない……!」
ミラが、思わず声を上げた。
盾役が、正面から、それを受け止めた。
黒煙の中、盾役の膝が、大きく崩れる。
「あれ……」
ネリスの声が、震えた。
崩れた体勢は、ダダの型と、よく似ていた。
「退くぞ!」
一団の中から、鋭い声が響く。
盾役を、他の五人が支えながら、戦いつつ、後退していく。
ゴーレムだけが、最後尾で、殿を務めていた。
「あの下がり方……」
ダダが、低く呟く。
「知ってる、動きだ」
一団の姿は、少しずつ、通路の奥へと遠ざかっていった。
やがて、完全に見えなくなる。
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その瞬間、ドラゴンの姿も、かき消えた。
炎の残り火すら、残していなかった。
「消えた……?」
カインが、呆然と、空いた空間を見つめる。
「まるで、最初から、いなかったみたいでござるな」
ワングが、太刀を鞘に収める。
「向こうの怪我、大丈夫だったのかな」
ミラが、心配そうに、通路の奥を見つめる。
「わからない」
カインが、首を振る。
「助けたくても、助けられなかった」
「六人の壁は、向こうにも、及ぶんだな」
ダダが、静かに言う。
「そう、なるでござろうな」
ワングが頷く。
「拙者たちと、あちら側と。境目そのものが、あの壁、なのかもしれないでござる」
「あのゴーレム」
カインが、掌の紋様を見つめる。
「向こうにも、俺みたいな奴が、いるってことだよな」
誰も、すぐには答えなかった。
「盾役が、あんたと同じ型だったこと」
ネリスが、ダダを見る。
「今日も、また、そうだったね」
「ああ」
ダダが、短く応じた。
「今日は、俺自身が、ここにいたのに」
「戻ろう」
カインが、皆を見渡す。
「今日、見たことを、全部、記録に残す」
「ティリー殿も、驚くでござるな」
ワングが、小さく息をついた。
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アーカイブに着くと、ティリーは、話を聞くたびに、記録帳の紙を何枚もめくっていった。
「黒いドラゴン、向こう側のゴーレム、六人の壁が、あちら側にも作用したこと」
ティリーが、指で数えながら確認する。
「一度に、三つも」
「多すぎるでござるか」
ワングが、少し申し訳なさそうに聞く。
「多い方が、助かります」
ティリーが、首を振る。
「わからないことは、多いほど、記録のしがいがある」
「壁が、向こう側にも及ぶ、というのは」
ミラが、そっと聞く。
「前例が、あるんですか」
「ありません」
ティリーが、静かに答える。
「でも、これで、六人の壁は、こちら側だけのルールじゃないかもしれない、という記録が一つ増えます」
「向こうの怪我人、大丈夫だったのかな」
ミラが、繰り返すように呟く。
「それは、わかりません」
ティリーが、目を伏せる。
「わからないことを、わからないまま、書いておきます」
「ドラゴンが消えたことも、ですか」
カインが聞く。
「はい。まるで、最初からそこに、いなかったかのように」
ティリーが、ペンを走らせながら答えた。
「今回のことで、対の迷宮の結末について、何か、見えてきましたか」
ティリーが、ふと顔を上げて聞く。
「見えてきた、というより」
カインが、少し考える。
「わからないことが、また一つ、増えた気がします」
「それも、記録には、なりますよ」
ティリーが、小さく笑った。
「倒す相手でも、助ける相手でもなく、ただ見ているしかなかった、というのは」
ティリーが、ペンを止めて呟く。
「初めての、記録かもしれません」
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夕方、ヘクサインの窓辺で、六人は、今日見た光景を、何度も思い返していた。
「あの盾役、無事だといいけど」
ミラが、静かに呟く。
「祈るしか、ないでござるな」
ワングが、目を伏せる。
「戦うことすら、許されなかったんだからな」
ダダが、盾を壁に立てかけながら言う。
「見てるだけの、あの時間」
「悔しかった」
ネリスが、爪を強く握った。
「次、あの場所に行けたら」
カインが、静かに言う。
「今度こそ、届く方法を、考えておきたい」
「うん」
皆が、揃って頷いた。
板の上、丸い印だけが、静かに、元の通路を示していた。
その先に、色はまだ、戻っていなかった。
いかがでしょうか?
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