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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第141話「阻まれた手、消えた竜」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


その後も、ダダとスルは、日替わりで前衛を務め続けた。

「今日は、こっちの番だ」

ヘクサインの朝、盾を担いだダダが言う。

「頼んだぞ」

窓辺で、スルが短く頷く。

「無理は、するなよ」

「そっちこそ」

スルが、少し笑った。

工房の話は、あれから誰も、深くは聞かなかった。

台の上の鋼が、少しずつ形になっているらしいことだけは、ミラの目にも見えていた。

聞けば答えてくれそうな気配はあったが、誰も、あえて聞かなかった。

「焦って聞くもんじゃ、ないでござるからな」

ワングが、そう言って、それきりにしていた。

---

クロスロードを抜け、板の示す通路を進む。

カイン、ネリス、ノリア、ミラ、ワング、そしてダダ。

色つきの印は、相変わらず滲んだままだった。

「これで、残るポイントは、あとわずかでござるな」

ワングが板を覗き込む。

「潰せるだけ、潰してきたからね」

ミラが頷く。

「読めない色のまま、ここまで来たのが、逆に凄いでござるよ」

「読めなくても、足は動く」

ネリスが、爪を鳴らす。

「それだけで、十分でしょ」

板の示す先、これまでより一段、通路の空気が違っていた。

「開けてる」

ネリスが、耳を澄ませながら呟く。

「音が、遠くまで通ってる」

「大部屋か何か、あるのかもな」

カインが、板を懐にしまいながら言う。

分岐を抜けた先、広い空間が、視界いっぱいに広がった。

---

その中心に、黒いドラゴンがいた。

翼を大きく広げ、咆哮とともに炎を吐き出している。

鱗の一枚一枚が、闇そのものを固めたような、深い黒だった。

「なんだ、あれは……」

カインが、思わず足を止める。

ドラゴンと対峙していたのは、六人の一団だった。

盾を構える大柄な影、杖を掲げる者、素早く駆ける影。

「あいつら、また……」

ワングの声が、強張る。

自分たちと、瓜二つの一団だった。

「ゴーレムが、いる」

ミラが、目を見開く。

一団の傍らで、巨躯の影が、ドラゴンの爪を受け止めていた。

「向こうにも、召喚士が、いるってことか」

カインが、掌の紋様に、無意識に手をやる。

「連携、見事でござるな」

ワングが、食い入るように見つめる。

盾役がドラゴンの注意を引きつけ、後衛の炎がその隙を突く。

崩れかけては立て直し、互角の勝負を続けていた。

「あれ、勝てるのか」

ダダが、盾越しに戦況を見つめる。

「わからない。でも、押されてるようには、見えない」

カインが、答える。

「助けに、入るか」

ダダが、盾を握り直しながら聞く。

「入って、いいのか」

カインが、迷いを声に出す。

「あれは、俺たちの戦いじゃ、ないかもしれない」

「私は、賛成しない」

ノリアが、静かに言う。

「賛成しないけど、止めもしない」

「どっちなんだ、それ」

カインが、思わず聞き返す。

「決めるのは、あんたたちだって、こと」

ノリアが、素っ気なく答えた。

「わからない。でも、放っておけない」

ネリスが、爪を鳴らした。

「行きましょう」

ミラが、静かに頷く。

「後悔するくらいなら」

一瞬の迷いの後、六人は、揃って前へ踏み出した。

---

その足が、途中で止まった。

「くっ……!」

カインの体が、見えない何かに、押し返される。

「拙者も、進めないでござる」

ワングが、空を殴るように、腕を突き出す。

抵抗はあるのに、そこには何もなかった。

「六人の壁か……?」

カインが、掠れた声で呟く。

「されど、対象は、拙者たちの方でござるぞ」

ワングが、歯を食いしばる。

「向こうに、近づけない」

「押し戻される感覚、あの時と、同じでござる」

ワングが、続ける。

「エアの三層に、初めて足を踏み入れた、あの日と」

「呪文なら、届くはずじゃ」

ノリアが、杖を構えかけ、止まる。

距離が、あまりに遠かった。

狙いを誤れば、向こうの誰かに、当たりかねない。

「無理だ」

ノリアが、静かに杖を下ろす。

「ここからじゃ、届かせられない」

「見てるしか、ないでござるか」

ワングの声に、悔しさが滲んでいた。

六人は、その場に立ち尽くすしかなかった。

---

ドラゴンの咆哮が、一段、大きくなった。

大きく開いた顎から、炎のブレスが、まっすぐ放たれる。

「危ない……!」

ミラが、思わず声を上げた。

盾役が、正面から、それを受け止めた。

黒煙の中、盾役の膝が、大きく崩れる。

「あれ……」

ネリスの声が、震えた。

崩れた体勢は、ダダの型と、よく似ていた。

「退くぞ!」

一団の中から、鋭い声が響く。

盾役を、他の五人が支えながら、戦いつつ、後退していく。

ゴーレムだけが、最後尾で、殿を務めていた。

「あの下がり方……」

ダダが、低く呟く。

「知ってる、動きだ」

一団の姿は、少しずつ、通路の奥へと遠ざかっていった。

やがて、完全に見えなくなる。

---

その瞬間、ドラゴンの姿も、かき消えた。

炎の残り火すら、残していなかった。

「消えた……?」

カインが、呆然と、空いた空間を見つめる。

「まるで、最初から、いなかったみたいでござるな」

ワングが、太刀を鞘に収める。

「向こうの怪我、大丈夫だったのかな」

ミラが、心配そうに、通路の奥を見つめる。

「わからない」

カインが、首を振る。

「助けたくても、助けられなかった」

「六人の壁は、向こうにも、及ぶんだな」

ダダが、静かに言う。

「そう、なるでござろうな」

ワングが頷く。

「拙者たちと、あちら側と。境目そのものが、あの壁、なのかもしれないでござる」

「あのゴーレム」

カインが、掌の紋様を見つめる。

「向こうにも、俺みたいな奴が、いるってことだよな」

誰も、すぐには答えなかった。

「盾役が、あんたと同じ型だったこと」

ネリスが、ダダを見る。

「今日も、また、そうだったね」

「ああ」

ダダが、短く応じた。

「今日は、俺自身が、ここにいたのに」

「戻ろう」

カインが、皆を見渡す。

「今日、見たことを、全部、記録に残す」

「ティリー殿も、驚くでござるな」

ワングが、小さく息をついた。

---

アーカイブに着くと、ティリーは、話を聞くたびに、記録帳の紙を何枚もめくっていった。

「黒いドラゴン、向こう側のゴーレム、六人の壁が、あちら側にも作用したこと」

ティリーが、指で数えながら確認する。

「一度に、三つも」

「多すぎるでござるか」

ワングが、少し申し訳なさそうに聞く。

「多い方が、助かります」

ティリーが、首を振る。

「わからないことは、多いほど、記録のしがいがある」

「壁が、向こう側にも及ぶ、というのは」

ミラが、そっと聞く。

「前例が、あるんですか」

「ありません」

ティリーが、静かに答える。

「でも、これで、六人の壁は、こちら側だけのルールじゃないかもしれない、という記録が一つ増えます」

「向こうの怪我人、大丈夫だったのかな」

ミラが、繰り返すように呟く。

「それは、わかりません」

ティリーが、目を伏せる。

「わからないことを、わからないまま、書いておきます」

「ドラゴンが消えたことも、ですか」

カインが聞く。

「はい。まるで、最初からそこに、いなかったかのように」

ティリーが、ペンを走らせながら答えた。

「今回のことで、対の迷宮の結末について、何か、見えてきましたか」

ティリーが、ふと顔を上げて聞く。

「見えてきた、というより」

カインが、少し考える。

「わからないことが、また一つ、増えた気がします」

「それも、記録には、なりますよ」

ティリーが、小さく笑った。

「倒す相手でも、助ける相手でもなく、ただ見ているしかなかった、というのは」

ティリーが、ペンを止めて呟く。

「初めての、記録かもしれません」

---

夕方、ヘクサインの窓辺で、六人は、今日見た光景を、何度も思い返していた。

「あの盾役、無事だといいけど」

ミラが、静かに呟く。

「祈るしか、ないでござるな」

ワングが、目を伏せる。

「戦うことすら、許されなかったんだからな」

ダダが、盾を壁に立てかけながら言う。

「見てるだけの、あの時間」

「悔しかった」

ネリスが、爪を強く握った。

「次、あの場所に行けたら」

カインが、静かに言う。

「今度こそ、届く方法を、考えておきたい」

「うん」

皆が、揃って頷いた。

板の上、丸い印だけが、静かに、元の通路を示していた。

その先に、色はまだ、戻っていなかった。

いかがでしょうか?


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