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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第140話「退いた拳、映った盾」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝、フォージタウンの隅で、金属を叩く音が響いていた。

「精が出るな」

顔を出したカインに、ダダは顔も上げずに答える。

「見ての通りだ」

炉の熱で、額に汗が滲んでいた。

台の上には、まだ形の定まらない鋼の塊が置かれている。

「何、打ってるんだ」

「まだ、言わない」

ダダが鎚を振るう。

火花が、短く散った。

「今日は、俺は行かない」

「わかってる」

カインが頷く。

「スル、頼んでいいか」

「行こう」

窓の外で、スルが短く答えた。

「無理は、するなよ」

ダダが鎚を止めずに言う。

「うん。ダダさんも」

「俺は、ここにいるだけだ」

「それも、無理の一種だと思うけどね」

カインが笑いながら、工房を後にした。

---

クロスロードを抜け、板の示す通路を進む。

カイン、ネリス、ノリア、ミラ、ワング、そしてスル。

色つきの印は、今日も滲んだままだった。

「相変わらず、読めないでござるな」

ワングが板を覗き込む。

「読めないなら、進むだけだよ」

ネリスが爪を鳴らした。

「止まってても、わからないままだし」

「それも、そうでござるな」

ワングが太刀の柄に、そっと手をかける。

分岐の先、獣型の魔物が三体、姿を見せた。

「ゴーレム、出す」

カインが印を組む。

光とともに、巨躯の姿が現れた。

「頼む」

スルが前へ出る。

「こっちだ」

挑発の声に、魔物の視線が集まった。

その隙に、スルが体を沈め、横へ流れる。

ゴーレムが太い腕で、正面から押し返した。

一体、また一体と崩れていく。

「息、合ってきたでござるな」

ワングが太刀を構えたまま、感心する。

「うん。何回か、合わせたから」

スルが短く答えた。

三体目が倒れたところで、通路の奥から、新たな影が現れた。

「増えた……?」

ミラが息を呑む。

今度は五体だった。

「前より、動きが速いでござる」

ワングが太刀を構え直す。

ゴーレムの一撃が、初めて弾かれた。

「押し返された、あのゴーレムが」

カインの声が強張る。

スルの回避も、紙一重が続く。

「兄貴、大丈夫?」

ネリスの声に、スルは答えず、間合いだけを詰めた。

さらに奥から、七体目、八体目が湧いて出た。

「きりがない……」

ミラが浄光を唱えながら呟く。

「数が、増えるたびに、強くなってる気がする」

カインが唇を噛む。

「三層に入ってから、初めての感触でござるな」

ワングが敵の一撃を受け流しながら言う。

「このままじゃ、押し切られる」

ゴーレムの巨体に、目に見えて疵が増えていた。

「戻す」

カインが短く言い、印を組み直す。

光とともに、ゴーレムの姿が掌の紋様へ吸い込まれていった。

「代わりに、ララ」

新たな光の中から、杖を持つ人影が現れる。

「呼んだか」

ララが静かに問う。

「頼む。数が多い」

「わかった」

ララが杖を構えた。

「私も」

ノリアが並び立つ。

「同じの、合わせよう」

「うん」

二人の詠唱が、同時に響いた。

「業炎獄」

炎の奔流が、二方向から敵の群れへ押し寄せる。

轟音とともに、残る影がまとめて崩れ落ちた。

土煙が晴れると、通路には、もう動くものが何もなかった。

「凄まじいでござるな……」

ワングが太刀を下ろしたまま、言葉を失う。

「二人分の炎、初めて見たでござる」

「疲れは?」

カインがララに聞く。

「平気」

それ以上は、何も語らなかった。

「私も、まだいける」

ノリアが素っ気なく答えた。

「今日は、二人がかりで良かった」

ミラがほっと息をつく。

「ゴーレムだけじゃ、たぶん、持たなかった」

「切り替えの判断、悪くなかったでござるよ」

ワングがカインを見る。

「引き際、迷わなかったでござるな」

「迷ってる暇が、なかっただけだ」

カインが苦笑した。

静けさが戻った通路に、魔石だけが散らばっていた。

六人で手分けし、拾い集めていく。

---

奥の小部屋に、宝箱が一つ置かれていた。

「罠、ある」

ネリスが屈み込み、目を細める。

「わかる、これ。見覚えのある仕掛け」

糸を二本、順に切っていく。

「解除、完了」

蓋を開けると、鈍い輝きの金塊が一つ、収まっていた。

「これ……」

ミラが手に取り、目を見開く。

「前にも、見たことある」

「重さも、刻まれた印も、同じに見えるでござる」

ワングが覗き込む。

「同じ物が、また出た、ってことか」

カインが金塊を受け取り、光にかざす。

「アプレイザルで、また確かめてもらうしかないな」

「あの時も、結局わからずじまいだったよね」

ミラが苦笑する。

「わからないことが、また一つ増えただけ、か」

カインが金塊を布で包んだ。

「増えたことに、慣れてきた自分が、少し怖いでござる」

ワングが小さく笑った。

---

通路を戻り始めたところで、ネリスが足を止めた。

「また、あいつら」

前方に、六人分の人影が立っている。

自分たちと瓜二つの一団だった。

「今日も、確かめるでござるか」

ワングが目を凝らす。

前衛に、大柄な盾役が立っていた。

「あの型……また、ダダか」

カインが呟く。

「今日、潜ってるのは、スルなのに」

ミラが、震える声で言う。

「前も、同じだったよね」

ネリスがスルを見る。

スルは黙ったまま、向こうの盾役を見つめていた。

「俺の姿は、あそこにない」

やがて、スルが静かに言った。

「なんで、いつも、ダダさんなんだろう」

「わからない」

ワングが首を振る。

「されど、二度続けば、偶然とは思えないでござるな」

「向こうも、俺たちに気づいてる、と思うか」

カインが小声で聞く。

「わからない」

ワングが繰り返す。

「ただ、見られてる気配だけは、いつも通りあるでござる」

「戻ろう」

カインが皆を見渡す。

「今日は、これ以上、近づかない」

一団は動かなかった。

六人は静かに、その場を離れていく。

板の上、丸い印だけが、向こうの一団の方角を、変わらず示し続けていた。

---

クロスロードに戻る前に、六人はアーカイブへ寄った。

ティリーが、布包みの金塊を受け取り、天秤に乗せる。

「重さ、前の記録とぴったりです」

「ぴったり、って」

カインが覗き込む。

「誤差なし。刻まれた印の位置まで、同じ」

ティリーが、記録帳をめくりながら言う。

「偽物、って可能性は」

ミラが聞く。

「今のところ、区別がつきません」

ティリーが首を振る。

「同じ物が、何度も出た。それだけしか、言えないです」

「もう一つ、報告したいことがあるでござる」

ワングが続ける。

「対の迷宮の、前衛の話でござる」

「盾役が、また同じ人だった、ということですね」

ティリーが記録帳に、新しい行を書き足す。

「今日で、二度目」

「潜っている人と、一致しない」

ティリーが呟きながら、ペンを止めた。

「一致しない理由まではまだ書けません。でも、二度続いた、ということは書いておきます」

「わからないままでも、書いておく」

カインが、その言葉を繰り返す。

「それが、ティリーさんのやり方でござるな」

ワングが小さく頷いた。

「わからないことを、わからないまま置いておくのも、記録の仕事です」

ティリーが、静かに帳面を閉じた。

---

夕方、ヘクサインに戻ると、工房帰りのダダが待っていた。

「どうだった」

「話すこと、多いよ」

ミラが苦笑しながら手帳を開く。

「ゴーレムが押し返されたこと、ララとノリアの業炎獄、それから」

「また金塊が出た」

カインが布包みを掲げる。

「前と、そっくりの」

「それと」

ネリスが、少し声を落とす。

「向こうのパーティ、今日も、盾役はあんただった」

「俺、が……?」

ダダが眉を寄せる。

「今日も、行ってないのに」

「うん」

スルが静かに頷く。

「二回とも、俺じゃなくて、あんただった」

ダダはしばらく黙り、それから短く言った。

「わからないな、そいつは」

「あんたにも、わからないのか」

ネリスが、少し意外そうに聞く。

「わかる理由が、どこにもない」

ダダが首を振る。

「今日、俺はずっと工房にいた。それだけだ」

「二度とも、偶然、ってことは」

ミラが、そっと聞く。

「ないでござろうな」

ワングが即座に答える。

「偶然にしては、出来過ぎでござる」

「なら、何なんだ」

カインが、皆を見渡す。

誰も、答えを持っていなかった。

「わからないことは、わからないままにしとけ」

ダダが、鎚だこの残る手を見つめながら言う。

「今、無理に繋げなくていい」

「それも、そうでござるな」

ワングが小さく頷いた。

窓の外は、すっかり暮れていた。

板の上、色のない印だけが、答えの出ないまま、静かに揺れていた。

いかがでしょうか?


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