第139話「二つの盾、届いた報せ」
マランの世界、連日投稿してます。
毎日2話投稿中です。
翌朝、ヘクサインの食堂でカインは掌の紋様にそっと触れた。
「呼んでみるか」
印を組む。
光とともに、杖を持つエルフの女が現れた。
見覚えのある、片膝をついていた姿と同じ顔立ちだった。
「名前、聞いてもいいか」
「ララ」
短く答えが返る。
「エルフのララ」
「よろしく、ララ」
カインが微笑む。
その名は意外なほどすんなりと口から出てきた。
「何か聞きたいことは?」
「ない」
ララはそれ以上何も言わなかった。
聞けば答える。だが自分からは話さない。
「無口な奴が、また増えたでござるな」
ワングが苦笑する。
「カイザーとは違うタイプでござるが」
「うん。話せば答えてくれるだけ、まだわかりやすい」
カインが頷いた。
「どこの出身なんですか」
ミラがそっと聞いてみる。
「わからない」
ララが答える。
「気づいたら、あそこにいた」
「そう……」
ミラが少し目を伏せる。
「無理には聞かないね」
「ありがとう」
ララの声は相変わらず平坦なままだった。
「戦うのはどうだ」
ダダが聞く。
「悪くない」
「杖、自分で選んだやつか」
ダダが続けて聞く。
「わからない」
ララが首を振る。
「気づいたら持ってた」
「そうか」
ダダはそれ以上聞かなかった。
「短い言葉でも、ちゃんと答えてくれるでござるな」
ワングが少し笑う。
「カイザー殿の時は、これすらなかったでござるから」
「これから、よろしくな」
カインが掌に軽く触れる。
「うん」
ララは短く頷き、光の粒になって、掌の紋様へと戻っていった。
---
その日、前衛はスルだった。
三層の通路、色つきの印はあの日を境に一度も戻っていない。
「今日も真っ白でござるな」
ワングが板を一瞥する。
「気にしてても始まらない」
カインが板を懐に戻す。
「潰しながら進もう」
「賛成」
ネリスが爪を鳴らす。
「止まってても、何もわからないままだし」
分岐の先、獣型の魔物が数体現れた。
「ゴーレム、出す」
カインが印を組む。
巨躯の姿が光とともに現れた。
「行くよ」
スルが前へ出る。
「こっちだ」
挑発の声に魔物の一体が食いついた。
その隙にスルは体を沈め、横に流れる。
ゴーレムが正面から太い腕で別の一体を弾き飛ばす。
「受けと躱し、両方が揃うと、こうも安定するでござるな」
ワングが太刀を振るいながら感心する。
「私はいつでも出せる」
ノリアが詠唱を準備したまま様子を見ている。
「出す場面がなければ、それでいい」
「今日も出番なしか」
カインが笑う。
ネリスも隙を見て、爪で一体を仕留める。
「兄貴と連携するの、悪くないね」
「うん」
スルが短く応じた。
ミラが浄光でスルの掠り傷を癒しながら微笑む。
「無理はしてないみたいで良かった」
「うん。慣れてきた」
戦闘は大きな乱れもなく片付いた。
---
翌日、前衛はダダだった。
「ゴーレム、出す」
カインが同じように印を組む。
巨躯の姿が再び現れた。
「見とけ」
ダダが盾を構え、正面から魔物の一撃を受け止める。
ゴーレムも隣で同じように押し返す。
「二枚の盾でござるな、これは」
ワングが感心する。
「受けきる分には頼もしいでござる」
ゴーレムの巨体が続けざまの一撃を涼しい顔で受け止めていく。
「向こうも負けてない」
隙をついて、ネリスの爪が魔物の背を裂いた。
「スルの日とまるで色が違う」
ミラが浄光を唱えながら微笑む。
「同じ相手でも削り方が違うんだね」
「どっちも悪くないでござるよ」
ワングが頷いた。
「色つきの印、今日も戻ってないな」
ダダが板を一瞥する。
「戻る気配、なさそうだね」
ミラが答える。
「なら、待つだけ無駄か」
ダダが呟く。
「無駄とまでは言わないでござるが」
ワングが続ける。
「進みながら様子を見る。それでいいでござろう」
「ティリーさんへの報告、そういえばまだだったね」
ミラが思い出したように言う。
「今日戻ったら寄っていこう」
カインが頷く。
「色が戻らない、ってだけの話でも記録にはなるはずだ」
戦闘を終え、六人はいつも通り魔石と素材を手に入れた。
---
さらに数日後、通路の奥で大きな影の群れに六人は足を止めた。
「数が多いでござるな」
ワングが太刀を構え直す。
「今日はララを頼む」
カインが掌の紋様を見つめ、印を組む。
光とともに杖を持つララが現れる。
「お願いできるか」
「わかった」
ララが短く答え、杖を構えた。
詠唱が静かに通路に響く。
「あれは……七階梯の詠唱?」
ミラが目を見開く。
杖の先に灯った光は、ノリアのファイアとも、ワングの魂縛とも違う、深く澄んだ色をしていた。
炎の奔流が群れの中心を真っ直ぐ貫いた。
一撃で半数近くが崩れ落ちる。
「凄まじいでござるな」
ワングが言葉を失う。
「本当に七階梯まで全部使えるのか」
カインが呆然と呟く。
「うん」
ララが短く頷いた。
「疲れは?」
カインが心配そうに聞く。
「平気」
それ以上は何も語らなかった。
残る数体は、その日の前衛だったダダとワングたちが着実に押し返していく。
「一撃で半分でござるからな」
ワングが太刀を振るいながら苦笑する。
「拙者たちの出番、あまりないでござるよ」
戦闘が終わり静けさが戻る。
「ララ、助かった」
カインが礼を言う。
「うん」
ララは頷くだけで、また静かに佇んだ。
「同じエルフとして聞いていい?」
ノリアがそっと近づく。
「その力、疲れない?」
「疲れる」
「でも、頼まれたから」
その一言にノリアは少し複雑な顔をした。
「私と似てるような、似てないような」
ノリアが小さく呟く。
「私は頼まれなくても、勝手に撃つけどね」
---
数日後、ヘクサインにギルドからの伝令が届いた。
「アプレイザルから鑑定結果が出たそうです」
「短剣のことか」
ネリスが顔を上げる。
以前、エア三層の宝箱の罠を解除した際に見つけた、見覚えのない意匠の短剣だった。
その足で、六人はアプレイザルへ向かった。
「お待たせしました」
鑑定士が短剣をそっと差し出す。
「この短剣、斥候か盗賊の職に就いている者が扱うと、忍者へ転職できる代物のようです」
「忍者……?」
ネリスが目を丸くする。
「聞かない職業でござるな」
ワングが興味深そうに覗き込む。
「マランでは珍しい部類の特殊職だそうです」
鑑定士が続ける。
「気配を消す技、分身のような技、記録にはそういった系統の力が伝わっています」
「ネリスにぴったりだね」
ミラが微笑む。
「ミラさんが僧侶からロードになった時と、似た仕組みですね」
鑑定士が続ける。
「力を開放する形の、特殊な転職です」
「ネリス、まさにお前の得物じゃないか」
カインが目を輝かせる。
「私が……忍者に?」
ネリスが短剣をそっと受け取る。
「悪い話じゃないでござるよ」
ワングが頷く。
「斥候としての今の腕を、捨てるわけじゃないでござろうし」
「今すぐ決めなくていい」
ダダが静かに言う。
「スルの加入と、俺の鍛冶屋の話、まだ二つ保留にしてる。三つ目が増えても慌てなくていい」
「そうだね」
ミラが微笑む。
「装備なら、いつでも打ってやる」
ダダが付け加える。
「うん」
ネリスが短剣を両手で包んだ。
爪とは違う、冷たい刃の感触にしばらく見入っていた。
「保留が三つになったでござるな」
ワングが指を折る。
「スルのパーティ加入、ダダの鍛冶屋の跡継ぎ、そして、ネリスの忍者転職」
「みんな、それぞれのタイミングがあるってことだよ」
ミラが優しく言う。
「焦らなくていい」
「うん」
ネリスが短剣をそっと腰の道具袋にしまった。
その表情には戸惑いと、わずかな期待が同居していた。
忍者という響きに、自分でもまだ実感が湧かないらしい。
「決める時は、ちゃんとみんなに話すから」
「待ってる」
カインが笑う。
「ゴーレムに、スルに、ダダに、ララ」
ワングが指を折りながら呟く。
「気づけば随分と賑やかになったでござるな」
「そうだね」
ミラが微笑む。
「一人ずつ増えていくの、悪くないよ」
「保留も、三つ抱えたままでござるがな」
ワングが苦笑する。
「それも、含めての賑やかさだよ、きっと」
ミラが笑った。
板の上、色のない印が今日も静かに次の通路を示していた。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
下記の「評価」も、よろしくお願いいたします。




