第13話「分岐廊下」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
準備の日を、一日挟んだ。
ミラの装備を整え、非常用の魔石灯を買い足し、地図の余白ページを増やす。
「今日、三層行くぞ!」
カインの声に、いつもより力がこもっていた。
「行くぞ!」
ダダが短く応じる。
門はあっさりくぐれた。
もう驚く者はいなかった。
---
二層の奥、見覚えのある階段の前に立つ。
「ここから、下…」
ネリスが、階段の暗がりを覗き込む。
冷たい空気が、下から確かに流れてきていた。
「行こう」
カインの合図で、五人は階段を降り始めた。
---
石段は思ったより長く続いた。
足音が反響し、いつもと違う響き方をする。
やがて視界が開けると、そこは今までとまるで違う光景だった。
通路が、右にも左にも、斜めにも枝分かれしている。
「なんだこれ?」
カインが、思わず声を漏らす。
「二層までとは、全然違うな」
ダダが、地図を構えたまま立ち尽くす。
真っ直ぐな通路しか知らなかった四人にとって、それは初めて見る迷宮の顔だった。
---
「ここ、まず右?」
ネリスが聞く。
「わからない」
ダダが、正直に答える。
「わからないなら、適当に決めるしかないな」
カインが、右の道を指す。
そのまま数歩進んだところで、壁の一部が不自然にへこんでいることに気づいた。
「これ」
ネリスが、壁に触れる。
「隠し扉ってやつか?」
「たぶん」
ダダが、壁を軽く押す。
石がわずかに沈み、重い音を立てて一部が開いた。
その先にあったのは、小さな宝箱だった。
---
「やった」
ネリスが、駆け寄ろうとする。
「待て」
ミラが、鋭く声を上げた。
「なんか、変」
「変って?」
「呼吸してる。あの箱」
言われて見ると、宝箱の縁がわずかに、上下していた。
「擬態か!」
カインが叫んだ瞬間、箱が跳ねるように開き、無数の牙を覗かせた顎が飛び出した。
---
「下がって!」
ダダが、盾を構えて割り込む。
顎の一撃を、盾が真正面から受け止める。
重い衝撃に、ダダの足が半歩、後ろにずれた。
「重い、けど、耐えられる!」
ダダが、歯を食いしばりながら言う。
「ファイア」
ノリアの声とともに、爆発が擬態モンスターの側面を吹き飛ばした。
木片のような破片と、灰が同時に舞う。
「効いた!」
カインが、剣を構えて踏み込む。
がら空きになった隙を、一太刀で仕留めた。
---
擬態が崩れ落ちると、後には親指の先ほどの魔石が転がっていた。
「宝箱のふりして、待ち構えてたのか」
カインが、額の汗を拭う。
「三層、いきなり容赦ないな」
「これが分岐廊下ってやつなんだろうな」
ダダが、盾についた傷を確かめながら言う。
「怪我、ない?」
ミラが、すぐに全員を見回す。
「大丈夫」
四人が、口々に答えた。
ミラの目が、一人ずつを確かめるように動いていた。
---
道を戻り、別の分岐を選ぶ。
今度の通路の先には、甲殻に覆われた虫型のモンスターが数体、うごめいていた。
「あれは?」
ネリスが聞く。
「甲殻型。中層からの新顔だ」
ダダが、緊張した声で答える。
「硬そうだな」
カインが、剣を構え直す。
---
甲殻型が、一斉に突進してきた。
「引きつけて!」
ダダが叫び、盾を構えて前に出る。
複数の体当たりを、ダダが真正面から受け止める。
軋むような音が、通路に響いた。
「ダダ、耐えて!」
カインが、横から斬りかかる。
刃が甲殻に弾かれ、火花が散った。
「硬い、なんだこれ」
「隙間を狙え。関節のところ」
ダダが、息を切らしながら指示を飛ばす。
言われた通り、カインが狙いを変えると、刃が今度は深く食い込んだ。
---
「ネリス、上から!」
カインが叫ぶ。
ネリスが、跳躍して甲殻型の背後に回り込む。
「そこ!」
爪が、関節の隙間に正確に突き刺さった。
一体が、崩れ落ちる。
だが、残りの数体が、ダダに殺到していた。
「ダダ、まだ大丈夫か?」
カインが、焦った声を出す。
「大丈夫…」
ダダの声に、初めて余裕のなさがにじんだ。
---
「ファイア」
ノリアの一撃が、群れの中心で爆ぜる。
爆風とともに、複数の甲殻が同時に砕けた。
「今の、範囲デカくないか?」
カインが、驚いた声を上げる。
「範囲、広くしてみた!」
ノリアが、短く答える。
戦いの真っ只中で試したにしては、あまりに落ち着いた声だった。
---
残った一体に、ミラが動いた。
フレイルの鎖が唸りを上げ、甲殻の弱点を正確に打ち抜く。
「まだ、前衛も本業も両方やるって言ったでしょ!」
ミラが、フレイルを構え直しながら言う。
最後の一体が崩れ、通路に静けさが戻った。
---
「終わった、か…」
カインが、剣を下ろす。
肩で息をしながら、周囲を見回す。
「終わった」
ダダが、盾を下ろしながら頷く。
盾には、いくつもの新しい傷が刻まれていた。
「その盾、大丈夫か?」
「装備の傷は、フォージタウンで直せばいい」
ダダの声には、疲労はあっても後悔はなかった。
---
「みんな、怪我は?」
ミラが、すぐに確認に回る。
かすり傷程度で済んでいることを確かめると、ようやく肩の力を抜いた。
「よかった」
「ミラのおかげだな、これ」
カインが言う。
「まだ、何もしてない」
「してるだろ、盾の確認とか、傷の確認とか」
「それは、仕事のうち」
短いやり取りだったが、そこには確かな信頼が生まれ始めていた。
---
魔石を拾い集めながら、ダダが地図に新しい線を書き足す。
「分岐だらけだな、ここ」
「今日進んだの、たぶん全体のごく一部」
ネリスが、周囲を見渡しながら言う。
「一部でこれか」
カインが、少し呆れたように笑った。
「先が思いやられるな」
「思いやられるけど」
ダダが、地図を畳みながら続ける。
「今日、五人でここまで来れた。それは収穫だ」
---
三層の空気は、これまでとは明らかに違っていた。
分岐する通路、隠れて待ち構える擬態、硬い甲殻をまとうモンスターたち。
これまでの浅瀬とは、別の迷宮に来たようだった。
それでも、五人は今日、確かに一歩を踏み出した。
「今日はここまでにしよう」
カインの声に、誰も異論はなかった。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
よろしくお願いいたします。




