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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第133話「残らない証、残った欠片」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


最初に動いたのは、五体のうちの一体だった。


わずかに上げていた切っ先が、静かに、こちらへ向く。


「来る」


ネリスの声と同時に、五体が、一斉に踏み込んだ。


「前衛、三人で」


ダダの声に、ワングとカイザーが、同時に前へ出る。


盾が、先頭の一撃を、正面から受け止めた。


「重い」


ダダが、短く漏らす。


いつもの魔物とは、明らかに手応えが違った。


腕に響く衝撃が、これまでの戦いとは、質からして違っていた。


「二体目、来るぞ」


ダダが、盾を持ち直しながら告げる。


続けざまの一撃を、今度はウォーハンマーで弾き返した。


「これ、白の点の時より、強くないか」


ダダが、息を切らしながら言う。


「かもしれない」


カインが、短く答えた。


「あの時より、俺たちも、少しは強くなってるはずなのに」


「向こうも、こっちに合わせて成長してるのかもな」


ネリスが、鋭い声で応じる。


その意味を、深く考えている余裕は、誰にもなかった。


---


ワングの前に立った一体が、剣を振り上げる。


円を描くように、切っ先が返った。


その動きに、ワングの体が一瞬強張った。


「今のは……」


言葉を最後まで紡ぐ前に、刃が、肩をかすめる。


「危ない!」


ミラの声が飛ぶ。


「かたじけない」


ワングが、遅れて体勢を立て直す。


「拙者としたことが」


「動揺してる場合じゃないでしょ、自分で」


ネリスが、爪を振るいながら茶化した。


「わかっておる」


ワングが、刀を構え直す。


だが、その目には、まだ迷いが残っていた。


---


「カイン、頼む」


ダダが、短く呼ぶ。


「わかってる」


カインが、剣を握り直す。


「相手が何者でも、今は、目の前の五体に集中する」


その一言で、ワングの肩から、わずかに力が抜けた。


「そうでござるな」


刀を、今度は迷いなく構える。


「拙者のことは、案ずるな」


「案じてなんか、ないよ、初めから」


ネリスが、すかさず返した。


「案じてなかったのか」


「案じてた」


その一言に、束の間、緊張がほどけた。


だが、次の一撃で、空気はすぐに引き締まった。


円を描く太刀筋が、また一つ、ワングの間合いに踏み込んでくる。


今度は、ワングも、動じなかった。


刀を、真正面から合わせる。


火花が散り、鍔迫り合いになる。


「見えているでござる」


ワングが、低く呟いた。


力を込め、相手を弾き返す。


その隙に、ネリスの爪が、横合いから突き刺さった。


---


カイザーが、無言のまま、一体と切り結ぶ。


その太刀筋は、相手とほとんど同じ弧を描いていた。


まるで、鏡を挟んで戦っているようだった。


「浄光」


ミラの光が、ダダの傷を塞ぐ。


「群癒、いく」


続けて放たれた光が、六人の傷を一括で癒した。


「今のうちに」


ネリスが、隙間を縫って、一体の脚を斬りつける。


体勢を崩したそこへ、ダダのウォーハンマーが叩き込まれた。


「ノリア、使うか」


カインが、確認するように聞く。


「まだ、大丈夫」


ノリアが、素っ気なく答えた。


「切り札は、切り札のままで」


その言葉に、皆が、小さく頷いた。


一体、また一体と、鎧の魔物が崩れていく。


「あと、二体」


ダダが、盾越しに数える。


「息、切らすには、まだ早いでござるぞ」


ワングが、乱れた呼吸を整えながら言う。


「切らしてない」


明らかに、切らしていた。


誰も、それを、あえて指摘しなかった。


---


三体を崩したところで、カインの脳裏に、ふと考えがよぎった。


(取り込めるかもしれない)


いつもの印を組みかけて、その手が、途中で止まる。


もし、この魔物が、誰かの成れの果てだったら。


もし、また誰かを、無理やり呼び戻すことになったら。


カインは、印を解いた。


「今日は、やめておく」


小さく、自分に言い聞かせるように呟く。


誰も、その呟きの意味を、聞き返さなかった。


その代わり、ダダが一歩前に出て、残る敵の注意を引きつけた。


言葉より先に、体が動いていた。


---


最後の一体が、カイザーと向き合った。


同じ姿、同じ構え。


しばらく、二体は、動かなかった。


「カイザー、いける」


カインが、静かに告げる。


カイザーが、無言のまま踏み込んだ。


一閃。


最後の一体が、膝から崩れ落ちる。


崩れゆく体が、光の粒となって、通路に散っていった。


その光は、いつかカイザーが実戦初投入された時に見せた一礼の粒と、よく似ていた。


「今のも……」


ミラが、光の消えていく先を、じっと見つめる。


「一礼、してた気がする」


「気のせいじゃない、と思う」


カインが、静かに答えた。


---


戦いの跡に、静けさが戻る。


「終わった、な」


ダダが、盾を下ろしながら言う。


「はい」


ミラが、周囲を見渡した。


「魔石は?」


ネリスが、跡地に目をやる。


だが、地面には、何も落ちていなかった。


「また、コイン、出なかった」


カインが、低く呟く。


「白の点の時と、同じでござるな」


ワングが、静かに続けた。


「今回も、討伐対象ではなかった、ってこと?」


ノリアが、腕を組む。


「わからない」


カインが、繰り返す。


「でも、少なくとも、普通の魔物じゃない」


「討伐、で合ってたのかな」


ミラが、ふと呟く。


「その言い方、今はやめよう」


カインが、静かに、しかしはっきりと遮った。


「今、考えたら、体が動かなくなる」


その言葉に、誰も、異論を挟まなかった。


「対の迷宮と、繋がりがあるのかな」


ネリスが、爪の汚れを払いながら呟く。


「白の点で会った六体のうち、五体が、今日また現れた」


ダダが、腕を組む。


「偶然、では片づけにくい数だな」


「向こうも、私たちを、追いかけてるのかもしれない」


ミラが、静かに言う。


「追いかけられてる側なのか、追いかけてる側なのか」


ノリアが、素っ気なく呟いた。


「もう、よくわからない」


その一言に、誰も、反論できなかった。


「わからないことだらけ、だね、最近」


ミラが、小さく苦笑する。


「わからないことが増えるのは、悪いことじゃない」


カインが、静かに言う。


「知らないままより、ずっといい」


その言葉は、鑑定所で自分が言ったことと、同じだった。


---


「あった」


ネリスが、光の消えた跡地で、小さく声を上げる。


拾い上げたのは、親指の先ほどの、金属の欠片だった。


鎧の胸当てにあったらしい、小さな紋章が刻まれている。


「これ……」


カインが、覗き込む。


紋章の意匠に、見覚えはなかった。


だが、ワングの顔色が、目に見えて変わっていた。


「どうした」


ダダが、気づいて聞く。


「いや」


ワングが、首を振る。


「確かめてから、話すでござる」


その声は、いつになく、硬かった。


「確かめる、って」


ネリスが、聞き返す。


「ガラント殿に」


ワングが、短く答えた。


---


「ガラントさんに、見せよう」


カインが、皆を見渡す。


「今度こそ、はぐらかされないように」


「無理強いは、しない」


ミラが、静かに言う。


「でも、聞いてもらう価値は、あると思う」


「賛成」


六人の声が、揃った。


欠片を布に包み、カインが、丁寧に懐へしまう。


「今日は、もう戻ろう」


ダダが、皆を見渡す。


「これ以上は、頭も体も、もたない」


その言葉に、誰も反対しなかった。


通路を戻る六人の足取りは、来た時よりも、ずっと重かった。


誰も、口を開かないまま、しばらく歩き続けた。


板の上の丸い印だけが、いつもと変わらず、静かに動いていた。


「拙者は」


ワングが、ぽつりと言う。


「あの太刀筋が、誰のものであっても、受け止めるつもりでござる」


「一人で受け止めなくていい」


ミラが、静かに言う。


「私たちも、一緒に聞く」


ワングは、それだけで何かが軽くなったように、小さく頷いた。


「明日、フラグメンツ、開く時間に行こう」


カインが、静かに言う。


「今度は、逃がさない」


「逃がす、っていうと、なんか悪者みたいだね」


ネリスが、小さく笑った。


「言い方は、悪かったな」


カインも、つられて、少しだけ笑う。


その笑いは、長くは続かなかった。


明日、この欠片が何を語るのか、今の六人にはまだわからない。


それでも、わからないまま立ち止まるより、確かめに行くしかなかった。


懐に収めた小さな欠片だけが、確かな手がかりとして、そこにあった。


いかがでしょうか?


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