第133話「残らない証、残った欠片」
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最初に動いたのは、五体のうちの一体だった。
わずかに上げていた切っ先が、静かに、こちらへ向く。
「来る」
ネリスの声と同時に、五体が、一斉に踏み込んだ。
「前衛、三人で」
ダダの声に、ワングとカイザーが、同時に前へ出る。
盾が、先頭の一撃を、正面から受け止めた。
「重い」
ダダが、短く漏らす。
いつもの魔物とは、明らかに手応えが違った。
腕に響く衝撃が、これまでの戦いとは、質からして違っていた。
「二体目、来るぞ」
ダダが、盾を持ち直しながら告げる。
続けざまの一撃を、今度はウォーハンマーで弾き返した。
「これ、白の点の時より、強くないか」
ダダが、息を切らしながら言う。
「かもしれない」
カインが、短く答えた。
「あの時より、俺たちも、少しは強くなってるはずなのに」
「向こうも、こっちに合わせて成長してるのかもな」
ネリスが、鋭い声で応じる。
その意味を、深く考えている余裕は、誰にもなかった。
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ワングの前に立った一体が、剣を振り上げる。
円を描くように、切っ先が返った。
その動きに、ワングの体が一瞬強張った。
「今のは……」
言葉を最後まで紡ぐ前に、刃が、肩をかすめる。
「危ない!」
ミラの声が飛ぶ。
「かたじけない」
ワングが、遅れて体勢を立て直す。
「拙者としたことが」
「動揺してる場合じゃないでしょ、自分で」
ネリスが、爪を振るいながら茶化した。
「わかっておる」
ワングが、刀を構え直す。
だが、その目には、まだ迷いが残っていた。
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「カイン、頼む」
ダダが、短く呼ぶ。
「わかってる」
カインが、剣を握り直す。
「相手が何者でも、今は、目の前の五体に集中する」
その一言で、ワングの肩から、わずかに力が抜けた。
「そうでござるな」
刀を、今度は迷いなく構える。
「拙者のことは、案ずるな」
「案じてなんか、ないよ、初めから」
ネリスが、すかさず返した。
「案じてなかったのか」
「案じてた」
その一言に、束の間、緊張がほどけた。
だが、次の一撃で、空気はすぐに引き締まった。
円を描く太刀筋が、また一つ、ワングの間合いに踏み込んでくる。
今度は、ワングも、動じなかった。
刀を、真正面から合わせる。
火花が散り、鍔迫り合いになる。
「見えているでござる」
ワングが、低く呟いた。
力を込め、相手を弾き返す。
その隙に、ネリスの爪が、横合いから突き刺さった。
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カイザーが、無言のまま、一体と切り結ぶ。
その太刀筋は、相手とほとんど同じ弧を描いていた。
まるで、鏡を挟んで戦っているようだった。
「浄光」
ミラの光が、ダダの傷を塞ぐ。
「群癒、いく」
続けて放たれた光が、六人の傷を一括で癒した。
「今のうちに」
ネリスが、隙間を縫って、一体の脚を斬りつける。
体勢を崩したそこへ、ダダのウォーハンマーが叩き込まれた。
「ノリア、使うか」
カインが、確認するように聞く。
「まだ、大丈夫」
ノリアが、素っ気なく答えた。
「切り札は、切り札のままで」
その言葉に、皆が、小さく頷いた。
一体、また一体と、鎧の魔物が崩れていく。
「あと、二体」
ダダが、盾越しに数える。
「息、切らすには、まだ早いでござるぞ」
ワングが、乱れた呼吸を整えながら言う。
「切らしてない」
明らかに、切らしていた。
誰も、それを、あえて指摘しなかった。
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三体を崩したところで、カインの脳裏に、ふと考えがよぎった。
(取り込めるかもしれない)
いつもの印を組みかけて、その手が、途中で止まる。
もし、この魔物が、誰かの成れの果てだったら。
もし、また誰かを、無理やり呼び戻すことになったら。
カインは、印を解いた。
「今日は、やめておく」
小さく、自分に言い聞かせるように呟く。
誰も、その呟きの意味を、聞き返さなかった。
その代わり、ダダが一歩前に出て、残る敵の注意を引きつけた。
言葉より先に、体が動いていた。
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最後の一体が、カイザーと向き合った。
同じ姿、同じ構え。
しばらく、二体は、動かなかった。
「カイザー、いける」
カインが、静かに告げる。
カイザーが、無言のまま踏み込んだ。
一閃。
最後の一体が、膝から崩れ落ちる。
崩れゆく体が、光の粒となって、通路に散っていった。
その光は、いつかカイザーが実戦初投入された時に見せた一礼の粒と、よく似ていた。
「今のも……」
ミラが、光の消えていく先を、じっと見つめる。
「一礼、してた気がする」
「気のせいじゃない、と思う」
カインが、静かに答えた。
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戦いの跡に、静けさが戻る。
「終わった、な」
ダダが、盾を下ろしながら言う。
「はい」
ミラが、周囲を見渡した。
「魔石は?」
ネリスが、跡地に目をやる。
だが、地面には、何も落ちていなかった。
「また、コイン、出なかった」
カインが、低く呟く。
「白の点の時と、同じでござるな」
ワングが、静かに続けた。
「今回も、討伐対象ではなかった、ってこと?」
ノリアが、腕を組む。
「わからない」
カインが、繰り返す。
「でも、少なくとも、普通の魔物じゃない」
「討伐、で合ってたのかな」
ミラが、ふと呟く。
「その言い方、今はやめよう」
カインが、静かに、しかしはっきりと遮った。
「今、考えたら、体が動かなくなる」
その言葉に、誰も、異論を挟まなかった。
「対の迷宮と、繋がりがあるのかな」
ネリスが、爪の汚れを払いながら呟く。
「白の点で会った六体のうち、五体が、今日また現れた」
ダダが、腕を組む。
「偶然、では片づけにくい数だな」
「向こうも、私たちを、追いかけてるのかもしれない」
ミラが、静かに言う。
「追いかけられてる側なのか、追いかけてる側なのか」
ノリアが、素っ気なく呟いた。
「もう、よくわからない」
その一言に、誰も、反論できなかった。
「わからないことだらけ、だね、最近」
ミラが、小さく苦笑する。
「わからないことが増えるのは、悪いことじゃない」
カインが、静かに言う。
「知らないままより、ずっといい」
その言葉は、鑑定所で自分が言ったことと、同じだった。
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「あった」
ネリスが、光の消えた跡地で、小さく声を上げる。
拾い上げたのは、親指の先ほどの、金属の欠片だった。
鎧の胸当てにあったらしい、小さな紋章が刻まれている。
「これ……」
カインが、覗き込む。
紋章の意匠に、見覚えはなかった。
だが、ワングの顔色が、目に見えて変わっていた。
「どうした」
ダダが、気づいて聞く。
「いや」
ワングが、首を振る。
「確かめてから、話すでござる」
その声は、いつになく、硬かった。
「確かめる、って」
ネリスが、聞き返す。
「ガラント殿に」
ワングが、短く答えた。
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「ガラントさんに、見せよう」
カインが、皆を見渡す。
「今度こそ、はぐらかされないように」
「無理強いは、しない」
ミラが、静かに言う。
「でも、聞いてもらう価値は、あると思う」
「賛成」
六人の声が、揃った。
欠片を布に包み、カインが、丁寧に懐へしまう。
「今日は、もう戻ろう」
ダダが、皆を見渡す。
「これ以上は、頭も体も、もたない」
その言葉に、誰も反対しなかった。
通路を戻る六人の足取りは、来た時よりも、ずっと重かった。
誰も、口を開かないまま、しばらく歩き続けた。
板の上の丸い印だけが、いつもと変わらず、静かに動いていた。
「拙者は」
ワングが、ぽつりと言う。
「あの太刀筋が、誰のものであっても、受け止めるつもりでござる」
「一人で受け止めなくていい」
ミラが、静かに言う。
「私たちも、一緒に聞く」
ワングは、それだけで何かが軽くなったように、小さく頷いた。
「明日、フラグメンツ、開く時間に行こう」
カインが、静かに言う。
「今度は、逃がさない」
「逃がす、っていうと、なんか悪者みたいだね」
ネリスが、小さく笑った。
「言い方は、悪かったな」
カインも、つられて、少しだけ笑う。
その笑いは、長くは続かなかった。
明日、この欠片が何を語るのか、今の六人にはまだわからない。
それでも、わからないまま立ち止まるより、確かめに行くしかなかった。
懐に収めた小さな欠片だけが、確かな手がかりとして、そこにあった。
いかがでしょうか?
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