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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第四部 迷宮エア編 三層

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第128話「二丁の爪、覚えのある足音」

マランの世界、連日投稿してます。

毎日2話投稿中です。


朝のフラグメンツは、まだ人もまばらだった。


「軽い……」


ネリスが、マジックバッグの中身を何度も確かめている。


「本当に、軽い……!」


爪の装具が二つとも、袋の中に収まっていた。


現行品と、少し前にエアで手に入れた、もう一丁。


これまでは、その日の見込みに合わせて、どちらを持つか工房まで選びに戻る必要があった、あの二丁が。


今は、袋ひとつに並んで収まっている。


「両方、持ち歩けるってこと?」


ノリアが、横から覗き込む。


「うん。しかも、重さ、ほとんど感じない」


ネリスが、袋を軽く振ってみせる。


金属同士がぶつかる、軽い音だけが返ってきた。


「ブロムの工房、最近こういうのばっかり作ってるでござるな」


ワングが、感心したように言う。


「これで、迷わなくていい」


「迷ってたのか、お前」


ダダが、ぼそりと言った。


「迷ってた。今のうちは、これ。次は、あれ、って」


ネリスが、二つの爪を交互に指差す。


「「「なるほど」」」


三人分の相槌が揃って返る。


「良かったでござるな」


ワングが、穏やかに笑う。


「うん」


ネリスの尻尾が機嫌よく揺れていた。


朝食のパンを片手に、ミラが目を細めてその様子を眺めている。


「今日も、賑やかだね」


「いつものことだ」


カインが、椅子から立ち上がった。


「そろそろ、行くか」


---


三層への板をカインが取り出す。


前回と同じ六色の点が、板の上に静かに浮かんでいた。


丸い印は、いつも通り六人の現在地を示している。


「次、どこ行く?」


「黄の隣、青がある」


カインが、指でなぞる。


「まだ、行ったことのない場所」


「距離は?」


ダダが、腕を組んで尋ねる。


「板の上だと、そう遠くなさそうだけど」


カインが、目を細めて印を追う。


「エアの『そう遠くなさそう』ほど、当てにならないものはないでござるぞ」


ワングが、苦笑しながら言った。


「それも、そうだけど」


カインが、板をしまう。


「そこまで、行ってみよう」


「「「了解」」」


六人はクロスロードを後にし、再びエアへと足を踏み入れた。


---


三層の通路は今日も、拍子抜けするほど静かだった。


石造りの壁が、少し進んだところで木の質感に変わっている。


さらに進むと、今度は冷たい金属の壁になっていた。


「今日も、忙しない壁でござるな」


ワングが、指先でそっと壁をなぞる。


「マジックバッグのおかげで、身軽でござるな」


続けて、荷物を軽く持ち上げてみせた。


「装備、増やし放題だな、これ」


カインが、笑いながら答える。


「調子に乗ると、痛い目見るよ」


ノリアが、素っ気なく釘を刺した。


歩調は、いつも通り軽かった。


足音だけが、通路の奥まで規則正しく響いていく。


---


「あれ」


先頭を歩いていたネリスが、ふと足を止めた。


「どうした」


カインが、追いつく。


「この曲がり角……」


ネリスが、壁を指差す。


「さっき、通ったところと、同じじゃない?」


「まさか」


ノリアが、板を確認する。


丸い印は確かに前へと進んでいた。


「戻ってはいない、はず」


「でも、この傷……」


ダダが、壁の一部をじっと見つめている。


石の表面に、細い傷が斜めに走っていた。


「黄の点に向かう途中、似たようなの、見た気がする」


「気のせいだ、それも」


カインが、軽く笑って言う。


「似たような通路、いくらでもあるだろ」


「だと、いいけど」


ネリスは、それ以上、言わなかった。


だが、爪を握る手に、力がこもっていた。


ミラが、そっとネリスの背に手を添える。


それだけで、少し力が抜けたようだった。


「気になるなら、印つけとく?」


ノリアが、壁を軽く指差す。


「無駄になっても、いいから」


「うん。そうする」


ネリスが、爪先で壁に小さな傷を刻んだ。


---


青の点へ向かう道は、思いのほか長かった。


「変でござるな」


ワングが、周囲を見渡す。


「距離感、狂っている気がする」


「三十は数えたはずなのに、まだ着かない」


ダダが、指を折りながら呟く。


「エアだから、そんなもんだろ」


カインが、軽く返す。


だが、その声にもいつもほどの余裕はなかった。


「静かすぎる」


ミラが、ぽつりと呟いた。


「モンスターの気配、まったくない」


「それは、良いことじゃない?」


ノリアが、首をかしげる。


「うん……そのはず、なんだけど」


ミラは、剣の柄にそっと手をかけた。


誰も、それ以上は言わなかった。


歩みだけが、少しずつ慎重になっていく。


先ほどネリスが刻んだ壁の印は、いつの間にか見えなくなっていた。


---


「少し、休むか」


カインの提案に、六人は足を止めた。


通路の壁際に、腰を下ろせるだけの窪みがある。


「携帯食、余ってる?」


ダダが、袋を探りながら聞く。


「干し肉なら、まだ」


ミラが、包みを取り出して分ける。


六人は無言のまま、しばらくそれを口に運んだ。


「なあ」


カインが、口を開く。


「さっきの傷、やっぱり気になる?」


「うん」


ネリスが、頷いた。


「同じ場所を、ぐるぐる回らされてる気がする」


「板は、進んでるって言ってるけど」


ノリアが、板を軽く叩く。


「板が、間違ってるってこと?」


「わからない。ただ……」


ネリスが、耳を伏せる。


「なにか、変」


「用心するに、越したことはないでござるな」


ワングが、静かに刀へ手を添えた。


短い休憩を終え、六人は再び腰を上げる。


まだ、青の点までの距離は掴めないままだった。


---


「聞こえた?」


不意に、ネリスが足を止めた。


「何が」


カインが、振り返る。


「声。誰かの……」


ネリスの耳がぴくりと動く。


「気のせいじゃない。確かに、聞こえた」


「擬態タイプかもしれん」


ワングが、氷姫の柄に手をかける。


「エアの、あの手のやつでござるな」


「だと、思うけど」


ネリスが、耳を澄ませる。


六人は、息を潜めて次の声を待った。


もう一度、確かに声が聞こえた。


「よし、行こう」


聞き覚えのある、声だった。


自分たちの、声だった。


「今の……」


カインの顔から、血の気が引く。


「俺の、声だった」


誰も、何も、言えなかった。


六人はしばらく、その場に立ち尽くしていた。


---


角の向こうを、六人は恐る恐る覗き込んだ。


そこにいたのは――


自分たちと、瓜二つの、六つの背中だった。


同じ隊列。


同じ歩調。


先頭には、猫の耳を持つ、もう一人のネリスがいた。


その隣に、盾を提げたもう一人のダダが並んでいる。


さらに奥には、刀を提げたもう一人のワングの姿もあった。


「な……」


ネリスの声が震える。


六つの影は、振り返ることなく、次の角を曲がり、消えていった。


足音だけが、しばらく遠くに響いていた。


その音が完全に消えるまで、誰も動けなかった。


「今の、見た……よな」


カインが掠れた声で、皆を見渡す。


誰も、頷くことすら、できなかった。


板の上の丸い印だけが、変わらず静かに、六人の位置を示し続けていた。


「あれ……本当に、俺たちだったのか?」


カインが、掠れた声のまま、もう一度呟く。


「顔までは、見えなかった」


ミラが、静かに首を振る。


「でも、隊列も、歩き方も」


「うちらと、同じだった」


ネリスが、震える声で続けた。


ダダが、無言のまま、消えていった角の方角をじっと見つめている。


「追う、か」


やがて、ダダがぽつりと言った。


誰も、すぐには答えられなかった。


夜のように暗い通路の先で、足音の余韻だけが、まだ耳の奥に残っていた。

いかがでしょうか?


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