第128話「二丁の爪、覚えのある足音」
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朝のフラグメンツは、まだ人もまばらだった。
「軽い……」
ネリスが、マジックバッグの中身を何度も確かめている。
「本当に、軽い……!」
爪の装具が二つとも、袋の中に収まっていた。
現行品と、少し前にエアで手に入れた、もう一丁。
これまでは、その日の見込みに合わせて、どちらを持つか工房まで選びに戻る必要があった、あの二丁が。
今は、袋ひとつに並んで収まっている。
「両方、持ち歩けるってこと?」
ノリアが、横から覗き込む。
「うん。しかも、重さ、ほとんど感じない」
ネリスが、袋を軽く振ってみせる。
金属同士がぶつかる、軽い音だけが返ってきた。
「ブロムの工房、最近こういうのばっかり作ってるでござるな」
ワングが、感心したように言う。
「これで、迷わなくていい」
「迷ってたのか、お前」
ダダが、ぼそりと言った。
「迷ってた。今のうちは、これ。次は、あれ、って」
ネリスが、二つの爪を交互に指差す。
「「「なるほど」」」
三人分の相槌が揃って返る。
「良かったでござるな」
ワングが、穏やかに笑う。
「うん」
ネリスの尻尾が機嫌よく揺れていた。
朝食のパンを片手に、ミラが目を細めてその様子を眺めている。
「今日も、賑やかだね」
「いつものことだ」
カインが、椅子から立ち上がった。
「そろそろ、行くか」
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三層への板をカインが取り出す。
前回と同じ六色の点が、板の上に静かに浮かんでいた。
丸い印は、いつも通り六人の現在地を示している。
「次、どこ行く?」
「黄の隣、青がある」
カインが、指でなぞる。
「まだ、行ったことのない場所」
「距離は?」
ダダが、腕を組んで尋ねる。
「板の上だと、そう遠くなさそうだけど」
カインが、目を細めて印を追う。
「エアの『そう遠くなさそう』ほど、当てにならないものはないでござるぞ」
ワングが、苦笑しながら言った。
「それも、そうだけど」
カインが、板をしまう。
「そこまで、行ってみよう」
「「「了解」」」
六人はクロスロードを後にし、再びエアへと足を踏み入れた。
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三層の通路は今日も、拍子抜けするほど静かだった。
石造りの壁が、少し進んだところで木の質感に変わっている。
さらに進むと、今度は冷たい金属の壁になっていた。
「今日も、忙しない壁でござるな」
ワングが、指先でそっと壁をなぞる。
「マジックバッグのおかげで、身軽でござるな」
続けて、荷物を軽く持ち上げてみせた。
「装備、増やし放題だな、これ」
カインが、笑いながら答える。
「調子に乗ると、痛い目見るよ」
ノリアが、素っ気なく釘を刺した。
歩調は、いつも通り軽かった。
足音だけが、通路の奥まで規則正しく響いていく。
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「あれ」
先頭を歩いていたネリスが、ふと足を止めた。
「どうした」
カインが、追いつく。
「この曲がり角……」
ネリスが、壁を指差す。
「さっき、通ったところと、同じじゃない?」
「まさか」
ノリアが、板を確認する。
丸い印は確かに前へと進んでいた。
「戻ってはいない、はず」
「でも、この傷……」
ダダが、壁の一部をじっと見つめている。
石の表面に、細い傷が斜めに走っていた。
「黄の点に向かう途中、似たようなの、見た気がする」
「気のせいだ、それも」
カインが、軽く笑って言う。
「似たような通路、いくらでもあるだろ」
「だと、いいけど」
ネリスは、それ以上、言わなかった。
だが、爪を握る手に、力がこもっていた。
ミラが、そっとネリスの背に手を添える。
それだけで、少し力が抜けたようだった。
「気になるなら、印つけとく?」
ノリアが、壁を軽く指差す。
「無駄になっても、いいから」
「うん。そうする」
ネリスが、爪先で壁に小さな傷を刻んだ。
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青の点へ向かう道は、思いのほか長かった。
「変でござるな」
ワングが、周囲を見渡す。
「距離感、狂っている気がする」
「三十は数えたはずなのに、まだ着かない」
ダダが、指を折りながら呟く。
「エアだから、そんなもんだろ」
カインが、軽く返す。
だが、その声にもいつもほどの余裕はなかった。
「静かすぎる」
ミラが、ぽつりと呟いた。
「モンスターの気配、まったくない」
「それは、良いことじゃない?」
ノリアが、首をかしげる。
「うん……そのはず、なんだけど」
ミラは、剣の柄にそっと手をかけた。
誰も、それ以上は言わなかった。
歩みだけが、少しずつ慎重になっていく。
先ほどネリスが刻んだ壁の印は、いつの間にか見えなくなっていた。
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「少し、休むか」
カインの提案に、六人は足を止めた。
通路の壁際に、腰を下ろせるだけの窪みがある。
「携帯食、余ってる?」
ダダが、袋を探りながら聞く。
「干し肉なら、まだ」
ミラが、包みを取り出して分ける。
六人は無言のまま、しばらくそれを口に運んだ。
「なあ」
カインが、口を開く。
「さっきの傷、やっぱり気になる?」
「うん」
ネリスが、頷いた。
「同じ場所を、ぐるぐる回らされてる気がする」
「板は、進んでるって言ってるけど」
ノリアが、板を軽く叩く。
「板が、間違ってるってこと?」
「わからない。ただ……」
ネリスが、耳を伏せる。
「なにか、変」
「用心するに、越したことはないでござるな」
ワングが、静かに刀へ手を添えた。
短い休憩を終え、六人は再び腰を上げる。
まだ、青の点までの距離は掴めないままだった。
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「聞こえた?」
不意に、ネリスが足を止めた。
「何が」
カインが、振り返る。
「声。誰かの……」
ネリスの耳がぴくりと動く。
「気のせいじゃない。確かに、聞こえた」
「擬態タイプかもしれん」
ワングが、氷姫の柄に手をかける。
「エアの、あの手のやつでござるな」
「だと、思うけど」
ネリスが、耳を澄ませる。
六人は、息を潜めて次の声を待った。
もう一度、確かに声が聞こえた。
「よし、行こう」
聞き覚えのある、声だった。
自分たちの、声だった。
「今の……」
カインの顔から、血の気が引く。
「俺の、声だった」
誰も、何も、言えなかった。
六人はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
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角の向こうを、六人は恐る恐る覗き込んだ。
そこにいたのは――
自分たちと、瓜二つの、六つの背中だった。
同じ隊列。
同じ歩調。
先頭には、猫の耳を持つ、もう一人のネリスがいた。
その隣に、盾を提げたもう一人のダダが並んでいる。
さらに奥には、刀を提げたもう一人のワングの姿もあった。
「な……」
ネリスの声が震える。
六つの影は、振り返ることなく、次の角を曲がり、消えていった。
足音だけが、しばらく遠くに響いていた。
その音が完全に消えるまで、誰も動けなかった。
「今の、見た……よな」
カインが掠れた声で、皆を見渡す。
誰も、頷くことすら、できなかった。
板の上の丸い印だけが、変わらず静かに、六人の位置を示し続けていた。
「あれ……本当に、俺たちだったのか?」
カインが、掠れた声のまま、もう一度呟く。
「顔までは、見えなかった」
ミラが、静かに首を振る。
「でも、隊列も、歩き方も」
「うちらと、同じだった」
ネリスが、震える声で続けた。
ダダが、無言のまま、消えていった角の方角をじっと見つめている。
「追う、か」
やがて、ダダがぽつりと言った。
誰も、すぐには答えられなかった。
夜のように暗い通路の先で、足音の余韻だけが、まだ耳の奥に残っていた。
いかがでしょうか?
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