第124話「託された声、滲む涙」
マランの世界、連日投稿中です。
当面、毎日2話投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
クロスロードの扉をくぐるなり、カインは、真っ直ぐギルドの受付へ向かった。
「リゼットさん、ギルド長に、至急お会いしたいんです」
「ずいぶん、切羽詰まった顔ですね」
リゼットが、驚いたように、目を丸くする。
「ガラントさんにも、来てもらいたくて」
「フラグメンツの、ガラントさんに?」
「はい。できれば、今すぐ」
その語気に、リゼットは、それ以上、理由を尋ねなかった。
「少々、お待ちを」
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執務室に、六人が通されたのは、それから間もなくのことだった。
ルーシェナが、書類を脇へ押しやり、六人を見渡す。
「急な話だそうだな。何があった」
「その前に……ガラントさんは」
カインが、扉の方を振り返る。
「今、呼びに行かせている。もうすぐ来る」
答えるように、扉が、控えめに叩かれた。
「よう、何の用だ」
顔を出したガラントが、いつもの調子で言う。
だが、六人の表情を見て、すぐに口をつぐんだ。
「座ってください、ガラントさん」
ミラが、静かに促す。
ただならぬ空気を察したのか、ガラントは、黙って椅子を引いた。
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「迷宮で、ベーダーさんに会いました」
カインが、切り出す。
一拍の沈黙のあと、部屋の空気が、目に見えて変わった。
「な……」
ガラントが、椅子から、腰を浮かせかける。
「本当か、それは」
ルーシェナの声も、いつもの余裕を失っていた。
「本当です。この目で、見ました」
「はい。彼は、死んでいませんでした」
ネリスが、はっきりと言う。
「エアの、白の点にあたる場所で。長身の、鎧を着た人でした」
ワングが、補足する。
「話し方も、佇まいも……あれは、間違いなく、人でござった」
「声も、覚えてる。落ち着いた、低い声だった」
ノリアが、頷きながら付け加える。
「それで……伝言を、コインの形で受け取りました」
カインが、懐から、あの淡く光るコインを取り出した。
テーブルの上に、そっと置く。
ガラントの視線が、そのコインに、釘付けになった。
「このコインを介せば、対象になっている人と、ベーダーさんの言葉を共有できるそうです」
「対象は、私たち六人と、ギルド長、それに……ガラントさんです」
ミラが、静かに続けた。
ガラントが、息を呑む。
その目に、みるみる、動揺の色が広がっていく。
「俺、が……」
震える声で、それだけ、絞り出した。
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ルーシェナが、しばらく、コインを見つめていた。
「……いいだろう。聞かせてもらおう」
短く言い、頷く。
「ガラント、いいか」
「ああ」
掠れた声で、ガラントが答えた。
カインが、コインを、掌の上に乗せる。
淡い光が、部屋全体を、静かに包み込んだ。
言葉というより、直接、頭の中に流れ込んでくる感覚だった。
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『私は、死んでいない』
低く、落ち着いた声が、全員の内側に、同時に響いた。
懐かしむような、それでいて、どこか他人事のような、静かな声だった。
『死んだと思われたであろう、あの時。殿を務めた後、私は、迷宮の神――便宜上、そう呼ぶことにする――その方から、迷宮の管理を頼まれた』
『正直、初めは、意味がわからなかった。人であることを、やめろという話だと、思ったからだ』
『迷いはあった。だが、引き受けた。それ以来、私は、エアに住んでいる』
「迷宮の、神……」
ノリアが、思わず、声を漏らした。
『ご存じの通り、マランは、複数の世界が衝突して成立した土地だ』
声が、続く。
『お世辞にも、安定しているとは言えない。継ぎ接ぎだらけの、危うい土地だ』
『その不安定さが、形となって現れたものの一つが、迷宮の存在だ』
『迷宮が安定していることが、そのままマランの安定に繋がる。逆もまた然り』
「安定、って……」
ダダが、低く呟いた。
『だが、迷宮は、常に変動している。その一例が、先般、ノアで起きたスタンピードだろう』
その一言に、ダダとミラが、顔を見合わせた。
『同じことが、エアで起きないとは、限らない。しかも、エアの魔獣は、ノアのそれより数倍、強く、獰猛だ』
『発生した際の被害は、正直、想像もつかない』
声に、初めて、切実さが滲んだ。
『私も、迷宮の内側から、その兆しがないか、目を配ってはいる。だが、一人でできることには、限りがある』
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『私や……おそらく、ギルド長は、既に認識しているだろうが』
『そういう存在は、常に、迷宮と共にある』
『できる限り早く、エアをクリアできる冒険者を育て、いずれズールへの探索を始めること。それが、解決への一歩になるはずだ』
そこで、声が、一度、途切れた。
淡い光が、わずかに、揺らめく。
『……今、私から話せるのは、ここまでだ』
流れ込んでいた感覚が、すっと、引いていった。
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しばらく、誰も、口を開かなかった。
「そういう存在、って……」
ノリアが、恐る恐る、口を開く。
「まさか」
ルーシェナが、深く息を吐いた。
「驚くことじゃない。迷宮には、ああいう存在が、必ずいる」
「知って、たんですか」
カインが、思わず、声を上げる。
「エカチェリーナも。エランドも。ベーダーも。同じ類のものだ」
その一言に、六人が、揃って息を呑んだ。
「エカチェリーナさんと、同じ……」
ネリスが、掠れた声で、繰り返す。
「あの人も、ノアの深いところに、ずっといるんですよね」
ノリアが、記憶を辿るように、目を細める。
「エランドさんも、エアの守護者、って名乗ってました」
ミラが、静かに付け加えた。
「ああ。似たようなことを、言っていたな」
ルーシェナが、頷く。
「じゃあ、そういう存在が、迷宮の数だけ、いるってことでござるか」
ワングが、身を乗り出す。
「そこまでは、あたしにも、わからん。だが、少なくとも、二つ以上、いることだけは、確かだ」
「あたしも、詳しくは知らない。ただ、そういうものが、迷宮ごとに、いる。それだけは、確かだ」
ルーシェナが、腕を組む。
「じゃあ、ベーダーさんも、もう、人じゃない……ってことですか」
ミラが、不安げに尋ねた。
「わからん。だが、話し方も、人らしさも、残っているようだったな」
「確かに。謝る仕草とか、妙に、人間くさかったでござる」
ワングが、頷く。
「そういう存在が、迷宮を、支えてる……」
ダダが、腕を組み、唸るように言う。
「なら、いなくなったら、どうなるんだ」
「わからない。だが、悪いようには、聞こえなかったな」
カインが、慎重に答えた。
「ベーダーさんの声、思い出すと……なんか、寂しそうだった」
ネリスが、ぽつりと呟く。
「うん。あの人、本当は……もっと、話したいこと、あったんじゃないかな」
ミラが、静かに、目を伏せた。
「ズールへの探索、って言ってたけど、あそこ、まだ誰も入ってないんですよね」
ノリアが、ルーシェナを見る。
「ああ。開くかどうかすら、定かじゃない場所だ」
「そんな場所まで、見据えてる、ってことですか。ベーダーさん」
「気の長い話でござるな」
ワングが、小さく笑った。
「でも、遠すぎる話には、聞こえなかった」
カインが、皆を見渡す。
「まずは、エアを片づける。それが、全部の始まりだ」
その一言に、六人が、揃って頷いた。
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わいわいと、口々に、感想と考えを述べ合う六人を、ルーシェナが、静かに見ていた。
「一つ、言っておく」
その声に、部屋が、また静まる。
「今、三層以下に、潜っているパーティは、いない」
「誰も……?」
「今は、な」
ルーシェナが、慎重に、言葉を選ぶ。
「昔は、いた。あたしと、ベーダーが、同じパーティだった頃だ。その先まで、足を踏み入れたことがある」
「ガラントさんの話に出てきた、あのパーティ……」
ミラが、静かに、繋げる。
「ああ、そうだ。だが、今、現役で潜っているパーティは、いない。あんたたちだけだ」
その事実に、六人は、しばし、言葉を失った。
「重い役目、押し付けられちまったな」
ダダが、ぽつりと言う。
「押し付けられた、というより……頼られた、ってことにしとくよ」
ミラが、静かに笑った。
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部屋が、すっかり静まり返った、その時。
コインが、再び、淡く光を放った。
誰も、驚きの声さえ、上げられなかった。
消えたはずの光が、もう一度、灯ったことに、皆、ただ、息を呑んで見守った。
『そうそう、忘れるところだった』
声が、続く。
先ほどまでの、落ち着いた語り口とは、少し違う響きだった。
『ガラント』
その名を、呼ばれた瞬間、ガラントの肩が、大きく震えた。
『元気で、いるか』
『この仕事が、うまく片づけば……いつか、帰ることが、できるかもしれん』
『その時に、また、お前の店で、一杯やりたい』
『お前が淹れる、あのエールを、楽しみにしているぞ』
声が、そこで、静かに、途切れた。
コインが、光の粒になって、消えていく。
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誰も、何も、言わなかった。
ガラントが、両手で、顔を覆う。
肩が、小さく、震えていた。
声は、なかった。
ただ、指の間から、涙だけが、静かに、伝い落ちていく。
長年、腹の底に、沈めてきたものが、ようやく、水面に出てきたような、そんな震え方だった。
ルーシェナが、そっと、席を立った。
何も言わずに、ガラントの肩に、そっと手を置く。
「良かったな」
短く、それだけ、言った。
その声も、わずかに、掠れていた。
六人も、それ以上、言葉をかけなかった。
ネリスが、そっと、ガラントの前に、水の入ったグラスを置く。
ミラが、静かに、ハンカチを差し出した。
ガラントは、それらを、すぐには、受け取れなかった。
ただ、震える肩で、声を殺して、泣き続けていた。
窓の外では、クロスロードの喧騒が、いつも通り、続いていた。
その音だけが、静かな執務室に、遠く、響いていた。
いつまでも、誰も、時計を、気にしなかった。
いかがでしょうか?
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