↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第三部 迷宮エア編 二層

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

126/237

第124話「託された声、滲む涙」

マランの世界、連日投稿中です。

当面、毎日2話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

クロスロードの扉をくぐるなり、カインは、真っ直ぐギルドの受付へ向かった。


「リゼットさん、ギルド長に、至急お会いしたいんです」


「ずいぶん、切羽詰まった顔ですね」


リゼットが、驚いたように、目を丸くする。


「ガラントさんにも、来てもらいたくて」


「フラグメンツの、ガラントさんに?」


「はい。できれば、今すぐ」


その語気に、リゼットは、それ以上、理由を尋ねなかった。


「少々、お待ちを」


---


執務室に、六人が通されたのは、それから間もなくのことだった。


ルーシェナが、書類を脇へ押しやり、六人を見渡す。


「急な話だそうだな。何があった」


「その前に……ガラントさんは」


カインが、扉の方を振り返る。


「今、呼びに行かせている。もうすぐ来る」


答えるように、扉が、控えめに叩かれた。


「よう、何の用だ」


顔を出したガラントが、いつもの調子で言う。


だが、六人の表情を見て、すぐに口をつぐんだ。


「座ってください、ガラントさん」


ミラが、静かに促す。


ただならぬ空気を察したのか、ガラントは、黙って椅子を引いた。


---


「迷宮で、ベーダーさんに会いました」


カインが、切り出す。


一拍の沈黙のあと、部屋の空気が、目に見えて変わった。


「な……」


ガラントが、椅子から、腰を浮かせかける。


「本当か、それは」


ルーシェナの声も、いつもの余裕を失っていた。


「本当です。この目で、見ました」


「はい。彼は、死んでいませんでした」


ネリスが、はっきりと言う。


「エアの、白の点にあたる場所で。長身の、鎧を着た人でした」


ワングが、補足する。


「話し方も、佇まいも……あれは、間違いなく、人でござった」


「声も、覚えてる。落ち着いた、低い声だった」


ノリアが、頷きながら付け加える。


「それで……伝言を、コインの形で受け取りました」


カインが、懐から、あの淡く光るコインを取り出した。


テーブルの上に、そっと置く。


ガラントの視線が、そのコインに、釘付けになった。


「このコインを介せば、対象になっている人と、ベーダーさんの言葉を共有できるそうです」


「対象は、私たち六人と、ギルド長、それに……ガラントさんです」


ミラが、静かに続けた。


ガラントが、息を呑む。


その目に、みるみる、動揺の色が広がっていく。


「俺、が……」


震える声で、それだけ、絞り出した。


---


ルーシェナが、しばらく、コインを見つめていた。


「……いいだろう。聞かせてもらおう」


短く言い、頷く。


「ガラント、いいか」


「ああ」


掠れた声で、ガラントが答えた。


カインが、コインを、掌の上に乗せる。


淡い光が、部屋全体を、静かに包み込んだ。


言葉というより、直接、頭の中に流れ込んでくる感覚だった。


---


『私は、死んでいない』


低く、落ち着いた声が、全員の内側に、同時に響いた。


懐かしむような、それでいて、どこか他人事のような、静かな声だった。


『死んだと思われたであろう、あの時。殿を務めた後、私は、迷宮の神――便宜上、そう呼ぶことにする――その方から、迷宮の管理を頼まれた』


『正直、初めは、意味がわからなかった。人であることを、やめろという話だと、思ったからだ』


『迷いはあった。だが、引き受けた。それ以来、私は、エアに住んでいる』


「迷宮の、神……」


ノリアが、思わず、声を漏らした。


『ご存じの通り、マランは、複数の世界が衝突して成立した土地だ』


声が、続く。


『お世辞にも、安定しているとは言えない。継ぎ接ぎだらけの、危うい土地だ』


『その不安定さが、形となって現れたものの一つが、迷宮の存在だ』


『迷宮が安定していることが、そのままマランの安定に繋がる。逆もまた然り』


「安定、って……」


ダダが、低く呟いた。


『だが、迷宮は、常に変動している。その一例が、先般、ノアで起きたスタンピードだろう』


その一言に、ダダとミラが、顔を見合わせた。


『同じことが、エアで起きないとは、限らない。しかも、エアの魔獣は、ノアのそれより数倍、強く、獰猛だ』


『発生した際の被害は、正直、想像もつかない』


声に、初めて、切実さが滲んだ。


『私も、迷宮の内側から、その兆しがないか、目を配ってはいる。だが、一人でできることには、限りがある』


---


『私や……おそらく、ギルド長は、既に認識しているだろうが』


『そういう存在は、常に、迷宮と共にある』


『できる限り早く、エアをクリアできる冒険者を育て、いずれズールへの探索を始めること。それが、解決への一歩になるはずだ』


そこで、声が、一度、途切れた。


淡い光が、わずかに、揺らめく。


『……今、私から話せるのは、ここまでだ』


流れ込んでいた感覚が、すっと、引いていった。


---


しばらく、誰も、口を開かなかった。


「そういう存在、って……」


ノリアが、恐る恐る、口を開く。


「まさか」


ルーシェナが、深く息を吐いた。


「驚くことじゃない。迷宮には、ああいう存在が、必ずいる」


「知って、たんですか」


カインが、思わず、声を上げる。


「エカチェリーナも。エランドも。ベーダーも。同じ類のものだ」


その一言に、六人が、揃って息を呑んだ。


「エカチェリーナさんと、同じ……」


ネリスが、掠れた声で、繰り返す。


「あの人も、ノアの深いところに、ずっといるんですよね」


ノリアが、記憶を辿るように、目を細める。


「エランドさんも、エアの守護者、って名乗ってました」


ミラが、静かに付け加えた。


「ああ。似たようなことを、言っていたな」


ルーシェナが、頷く。


「じゃあ、そういう存在が、迷宮の数だけ、いるってことでござるか」


ワングが、身を乗り出す。


「そこまでは、あたしにも、わからん。だが、少なくとも、二つ以上、いることだけは、確かだ」


「あたしも、詳しくは知らない。ただ、そういうものが、迷宮ごとに、いる。それだけは、確かだ」


ルーシェナが、腕を組む。


「じゃあ、ベーダーさんも、もう、人じゃない……ってことですか」


ミラが、不安げに尋ねた。


「わからん。だが、話し方も、人らしさも、残っているようだったな」


「確かに。謝る仕草とか、妙に、人間くさかったでござる」


ワングが、頷く。


「そういう存在が、迷宮を、支えてる……」


ダダが、腕を組み、唸るように言う。


「なら、いなくなったら、どうなるんだ」


「わからない。だが、悪いようには、聞こえなかったな」


カインが、慎重に答えた。


「ベーダーさんの声、思い出すと……なんか、寂しそうだった」


ネリスが、ぽつりと呟く。


「うん。あの人、本当は……もっと、話したいこと、あったんじゃないかな」


ミラが、静かに、目を伏せた。


「ズールへの探索、って言ってたけど、あそこ、まだ誰も入ってないんですよね」


ノリアが、ルーシェナを見る。


「ああ。開くかどうかすら、定かじゃない場所だ」


「そんな場所まで、見据えてる、ってことですか。ベーダーさん」


「気の長い話でござるな」


ワングが、小さく笑った。


「でも、遠すぎる話には、聞こえなかった」


カインが、皆を見渡す。


「まずは、エアを片づける。それが、全部の始まりだ」


その一言に、六人が、揃って頷いた。


---


わいわいと、口々に、感想と考えを述べ合う六人を、ルーシェナが、静かに見ていた。


「一つ、言っておく」


その声に、部屋が、また静まる。


「今、三層以下に、潜っているパーティは、いない」


「誰も……?」


「今は、な」


ルーシェナが、慎重に、言葉を選ぶ。


「昔は、いた。あたしと、ベーダーが、同じパーティだった頃だ。その先まで、足を踏み入れたことがある」


「ガラントさんの話に出てきた、あのパーティ……」


ミラが、静かに、繋げる。


「ああ、そうだ。だが、今、現役で潜っているパーティは、いない。あんたたちだけだ」


その事実に、六人は、しばし、言葉を失った。


「重い役目、押し付けられちまったな」


ダダが、ぽつりと言う。


「押し付けられた、というより……頼られた、ってことにしとくよ」


ミラが、静かに笑った。


---


部屋が、すっかり静まり返った、その時。


コインが、再び、淡く光を放った。


誰も、驚きの声さえ、上げられなかった。


消えたはずの光が、もう一度、灯ったことに、皆、ただ、息を呑んで見守った。


『そうそう、忘れるところだった』


声が、続く。


先ほどまでの、落ち着いた語り口とは、少し違う響きだった。


『ガラント』


その名を、呼ばれた瞬間、ガラントの肩が、大きく震えた。


『元気で、いるか』


『この仕事が、うまく片づけば……いつか、帰ることが、できるかもしれん』


『その時に、また、お前の店で、一杯やりたい』


『お前が淹れる、あのエールを、楽しみにしているぞ』


声が、そこで、静かに、途切れた。


コインが、光の粒になって、消えていく。


---


誰も、何も、言わなかった。


ガラントが、両手で、顔を覆う。


肩が、小さく、震えていた。


声は、なかった。


ただ、指の間から、涙だけが、静かに、伝い落ちていく。


長年、腹の底に、沈めてきたものが、ようやく、水面に出てきたような、そんな震え方だった。


ルーシェナが、そっと、席を立った。


何も言わずに、ガラントの肩に、そっと手を置く。


「良かったな」


短く、それだけ、言った。


その声も、わずかに、掠れていた。


六人も、それ以上、言葉をかけなかった。


ネリスが、そっと、ガラントの前に、水の入ったグラスを置く。


ミラが、静かに、ハンカチを差し出した。


ガラントは、それらを、すぐには、受け取れなかった。


ただ、震える肩で、声を殺して、泣き続けていた。


窓の外では、クロスロードの喧騒が、いつも通り、続いていた。


その音だけが、静かな執務室に、遠く、響いていた。


いつまでも、誰も、時計を、気にしなかった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。