第123話「名乗った理由、託されたコイン」
マランの世界、連日投稿中です。
当面、毎日2話投稿の予定です。
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「私が、ベーダーだ」
低く、落ち着いた声が、名づけようのない色の部屋に、静かに響いた。
誰も、動けなかった。
「本当に……?」
ネリスが、ようやく、声を絞り出す。
腰の得物に、まだ手をかけたままだった。
「証明する術は、ない。信じるかどうかは、そちらに任せる」
ベーダーと名乗る人物が、静かに言う。
その物腰に、敵意らしきものは、感じられなかった。
「ただ、伝えたいことがある。時間を、もらえるか」
カインが、皆の顔を、素早く見渡した。
誰も、剣を収めてはいない。
それでも、頷いた。
「聞かせてください」
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「まず、一つ」
ベーダーが、ゆっくりと、言葉を選ぶように話し始めた。
部屋の名づけようのない色が、その声に合わせて、かすかに揺らいだ気がした。
「どう伝わっているかは、定かではないが……私は、迷宮内では、死んでいない」
「死んで、ない……」
ダダが、思わず呟く。
「じゃあ、今まで、ずっとここに……?」
ネリスが、間合いを詰めずに、慎重に尋ねる。
「詳しくは、話せない。だが、消えてはいない。それだけは、覚えておいてほしい」
「もう一つ、はっきりさせておきたい」
ベーダーが、続ける。
「パーティを救うため、一人で殿を務めた。それは、事実だ」
その一言に、ネリスの表情が、大きく動いた。
「ガラントさんの話と、同じ」
「その名を、知っているのか」
ベーダーの声が、わずかに、揺れた。
「はい。ガラントさんから、聞きました」
ミラが、静かに答える。
「あいつは……無事、なんだな」
呟きに、初めて、感情らしいものが滲んだ。
「今も、酒場をやってます。フラグメンツ、っていう店で」
ノリアが、そっと付け加えた。
ベーダーは、しばらく、何も言わなかった。
沈黙が、部屋の空気を、重くする。
「本当は、今すぐにでも、会いに行きたい」
やがて、絞り出すように、そう漏らした。
「だが、それができない事情がある。今の私には」
「クロスロードに、来られない、ってことですか」
ミラが、そっと尋ねる。
「近い。ここを、離れられない、と言った方が正しいかもしれない」
「事情?」
カインが、静かに聞き返す。
「それも、いずれ話せる時が来る。今は、まだだ」
その声に、これ以上は踏み込むな、という重みがあった。
誰も、続く言葉を、口にできなかった。
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「もう一つ、話しておくべきことがある」
やがて、ベーダーが、口を開いた。
「大神カレント様ではない、迷宮を司る方から、迷宮を管理するよう言われた」
「カレント様、じゃない……?」
ノリアが、目を見開く。
「大神カレント様は、世界全体を見ている。迷宮のようなことには、関わらないらしい」
「じゃあ、あなたに管理を頼んだのは……」
カインが、慎重に、言葉を継ぐ。
「それは、まだ言えない。役割上の、決まりでな」
ベーダーが、静かに首を振った。
「役割……あなた、迷宮の中で、何をしてるんですか」
ミラが、思い切って尋ねる。
「見張り、といったところか。管理、と言うと大げさに聞こえるが、そう遠くない」
「見張り、って、何を」
「それも、まだ話せない。すまないな」
ベーダーが、軽く頭を下げた。
謝る仕草だけは、やけに人間らしかった。
「そういえば」
ふと、思い出したように、ベーダーが続ける。
「先ほどの戦い、なかなかのものだった。六体を相手に、よく凌いだな」
「見て、たんですか」
ネリスが、目を見張る。
誰にも、話していないはずだった。
「見ていた、とだけ言っておこう」
それ以上は、語らなかった。
「どうして、知ってるんですか。誰も、伝えてないのに」
カインが、重ねて尋ねる。
「知っても知らずとも、お前たちのやることは、大して変わらぬだろう」
答えになっていない答えが、静かに返ってきた。
その言い回しに、誰も、引っかかりを覚えなかった。
「一つ、聞きたい」
そう言って、六人の顔を、順に見渡す。
「私と、同じようなものに、心当たりはないか。ノアの深層とか」
「同じようなもの……」
ワングが、低く繰り返した。
誰も、すぐには、答えを出せなかった。
「今は、思い当たらぬでござるな」
「そうか。もし、何か気づいたら、伝えてもらえると助かる」
「聞くだけ聞いて、悪いんですけど」
ノリアが、遠慮がちに、口を挟んだ。
「何か、目印みたいなものは、ないんですか。探す手がかりになるような」
「気配、としか言えないな。人ならざるものが、そこにいる、という気配だ」
「わかったような、わからないような……」
ノリアが、小さく肩を落とす。
「すまない。曖昧なことしか、言えなくて」
ベーダーが、静かに苦笑した。
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「ちょうど良い機会だ。伝言を、託そう」
ベーダーが、懐から、一枚のコインを取り出した。
これまで見たどの色とも違う、淡く光るコインだった。
「このコインを持ち帰れば、対象となる者と、同じ言葉を共有できる」
「共有?」
「私の言葉が、そのまま、対象者の頭に流れ込む形だ。共有が終われば、コインは消える。だが、共有した事象は、忘れない」
「対象は?」
カインが、コインを、そっと受け取る。
「六人と、ギルド長、それに……ガラント」
その名を口にする声に、また、わずかな揺らぎがあった。
「一度に、全員でなくてもいい。届けられる時に、届けてくれればいい」
「わかりました。必ず、届けます」
ミラが、しっかりと頷く。
「その、共有された言葉は……今、私たちが聞いたのと、同じものですか」
ネリスが、確かめるように尋ねた。
「ああ。私が話したことが、そのまま流れる。省略も、脚色もない」
「じゃあ、ガラントさんにも、あなたが無事だって、ちゃんと伝わるんですね」
「そうなる、はずだ」
ベーダーの声に、初めて、安堵に近いものが滲んだ。
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「では、私からは以上だ」
ベーダーが、話を締めくくろうとした、その時。
「我は、召喚契約の対象となりうるが、その方の召喚スキルでは無理だな」
付け加えるように、そう言って、笑いかけた。
その一言に、反応したのは、カインだけだった。
「え……」
他の五人は、きょとんとしたまま、何も気づいていない。
聞こえていない、ようだった。
「今、何か……」
カインの声に、ベーダーが、口の端をわずかに上げる。
「そのうち、レベルが上がれば、我とも契約できるようになるだろう。ご存じの存在とも、な」
「ご存じの、存在……?」
問い返す声は、返事の前に、遮られた。
「そうそう」
ベーダーが、話を変えるように、懐から、もう一つ、何かを取り出す。
見覚えのある、あの板だった。
「これで、三層への許可としよう」
板を、カインの手に、そっと乗せる。
「三層……」
カインが、板を見つめたまま、呟いた。
板は、いつものように、質感を変えながら、静かに馴染んでいった。
「三層って、これまでのエアとは、別物ってこと?」
ノリアが、首を傾げる。
「わからぬ。だが、これまでとは、明らかに扱いが違うでござるな」
ワングが、板を、横から覗き込んだ。
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「詳しいことは、また今度だ。今日は、これくらいにしておこう」
ベーダーが、静かに、背を向ける。
「待ってください、あなたは……」
ネリスが、思わず声を上げた。
だが、答えは、返ってこなかった。
長身の姿が、名づけようのない色の中へ、溶けるように、消えていく。
後には、六人と、静寂だけが残った。
「行っちゃった……」
ノリアが、呆然と、その場に立ち尽くす。
「聞きたいこと、山ほどあったのに」
ダダが、頭をかいた。
「コインと、板は、確かに残っている」
カインが、両方を、掲げて見せる。
「夢では、なかったでござるな」
ワングが、短く言った。
「にしても、あっさり消えたな」
ダダが、ベーダーが立っていた場所を、じっと見つめる。
何も、残っていなかった。
「また、会えるのかな」
ノリアが、ぽつりと呟く。
「わからない。でも、コインが本物なら……いつか、また」
ミラが、静かに言った。
「戻ろう。ガラントさんと、ギルド長に、伝えないと」
ミラの言葉に、皆が、頷いた。
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「さっきの、気になる言い方だった、けど」
歩き出しながら、ネリスが、カインの横顔を、ちらりと見る。
「何か、隠してる?」
「いや……」
カインが、コインを、握りしめる。
自分にだけ聞こえた言葉を、どう話せばいいのか、まだ、決めかねていた。
「ご存じの存在、って、誰のことだろう」
小さく、独り言のように呟く。
脳裏に浮かんだのは、ゴーレムでも、スルでもない、誰かの気配だった。
「後で、ちゃんと話す」
短く答え、カインは、板を懐にしまった。
かつての一層の点と同じ道を、六人は、無言のまま、引き返していった。
いかがでしょうか?
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