第122話「名乗る刃、名乗った影」
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崩れた鎧の残骸が、まだ、床のあちこちに散らばっていた。
戦いの熱が、まだ、体から抜けきっていない。
その中で、六人は、板を囲んでいた。
「これ、何だ」
ダダが、眉を寄せる。
板の隅、これまでどの色にも当てはまらない、一つの点が、うっすらと浮かんでいた。
赤でも、黄でも、青でも、黒でも、白でもない。
「色が、ないな」
ワングが、板を、角度を変えて見つめる。
「いや……ある、のかもしれないでござる。ただ、判別がつかないだけで」
「新しい点、こんな時に出るんだ」
ノリアが、疲れの残る声で呟く。
視線の先で、点は、まだ、ゆらゆらと揺らめいていた。
「今の戦いと、関係あるのかな」
ミラが、板の縁を、そっとなぞる。
「わからない。でも、無関係とも言い切れない」
カインが、腕を組んだ。
「今、取り込んだばかりだしな」
ダダが、自分の手のひらを、ちらりと見た。
カインの手にも、まだ、あの紋様がうっすらと残っている。
「無事に、動いてくれるといいでござるが」
ワングが、板から目を離さずに言う。
「試してみないと、わからないよ」
ノリアが、肩をすくめた。
「体力、大丈夫か」
カインが、皆の顔を、順に見る。
「まだ、いける」
ネリスが、短く答えた。
「私も」
ミラが、頷く。
「無理は、しないでござるよ」
ワングが、念を押すように言う。
「わかってる」
カインが、頷き返した。
一同の顔に、まだ、疲労の色が濃く残っていた。
それでも、足を止める者は、いなかった。
「行くしかないか」
カインが、板を、袋にしまった。
誰も、異を唱えなかった。
疲れた足を、それでも、前へ向けた。
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通路は、これまでと、様子が違った。
壁も床も、白く発光している。
音を吸い込むように、静かだった。
歩くたびに、足音だけが、やけに大きく響いた。
「なんか、変な感じ」
ノリアが、周囲を、見回しながら呟く。
「集中は、切らすな」
ワングが、前を見据えたまま、短く応じる。
「気配、変」
ネリスが、耳を伏せる。
その時。
足元の床が、わずかに、盛り上がった。
「跳べ!」
ワングの声に、六人が散る。
土を割って、太い蔓のようなものが、六本、勢いよく突き出した。
先端が、鋭く尖っている。
中心に、花のような器官が、開いていた。
ぬめりを帯びた表皮が、鈍く光る。
見た目に反して、動きは、俊敏だった。
「植物、か……!」
カインが、剣を構え直す。
体液を吸って、床が、じわりと黒ずんでいく。
普通の魔物とは、明らかに違う気配だった。
「動く花なんて、聞いてない!」
ダダが、盾で、一本の蔓を受け止めた。
衝撃で、腕が、痺れる。
「重い……! これも、力任せか!」
「六本、勝手に動いてる!」
ミラが、二本の蔓を、盾で同時にいなす。
蔓は、それぞれが、意志を持つように、別々の標的を狙っていた。
「花の中心が、本体か……!」
カインが、中心の器官を、目で追う。
蔓の隙間から、時折、覗くだけだった。
「近づけない!」
ノリアが、後退しながら叫ぶ。
「ネリス!」
ミラの声に、ネリスが振り向く。
肩口を、蔓の先端が、浅く掠めていた。
「大丈夫……!」
「動かないで」
ミラが、素早く、癒しの波を放つ。
傷口が、みるみる塞がっていく。
「助かった」
ネリスが、爪を握り直し、再び前へ出た。
「ネリス、危ない!」
背後から迫った一本を、カインが、辛うじて斬り払う。
樹液のような体液が、飛び散った。
「範囲が、広すぎる……!」
ノリアが、間合いを取りながら、詠唱の隙を窺う。
蔓の動きが、一瞬たりとも、止まらない。
一進一退どころか、押される一方だった。
「くっ……!」
ワングが、二本を同時に相手取り、刀で受け流す。
だが、三本目が、死角から迫った。
「危ない!」
ミラが、割り込むように、盾で受け止める。
衝撃で、腕が、大きく痺れた。
「これ、いつまで続くんだ……!」
ダダが、押し込まれながら、歯を食いしばる。
蔓の一本が、地を這うように、足元を狙ってきた。
「跳べ!」
ネリスが叫び、辛うじて飛び退く。
裂けた床の跡が、深く抉れていた。
「数が、多すぎる。手が、足りない……!」
カインが、剣を握り直しながら、周囲を見渡す。
このままでは、じり貧だった。
何か、決め手が、要る。
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「カイザー!」
カインが、鋭く叫んだ。
淡い光とともに、鎧を纏った人影が、宙から現れる。
かつて、白の点で取り込んだ、あの一体だった。
無言のまま、ロングソードを構える。
「頼む!」
言葉は、返ってこなかった。
代わりに、剣が、動いた。
一本の蔓へ、迷いなく踏み込む。
刃が、蔓の中ほどを、正確に両断した。
「速い……!」
ネリスが、目を見張る。
カイザーは、そのまま、二本目、三本目と、剣を振るい続けた。
無駄のない、正確な太刀筋だった。
一撃ごとに、蔓が、力なく垂れ下がっていく。
「あの動き……前にも、見た」
ワングが、低く呟く。
その声は、剣戟の音に、掻き消された。
「助かる……! こっちも続くぞ!」
ダダが、残った一本を、盾で押さえ込みながら叫んだ。
ネリスが、その隙に、爪で切り込む。
「今のうちに、削る!」
ダダが、残った蔓を、盾で押さえ込む。
「よし、そのまま押さえてろ!」
ネリスが、身を低く沈め、隙を狙う。
カイザーが、花の器官へ向け、最後の一撃を振り下ろした。
深く、切り裂く。
だが、まだ、絶命しない。
震えるように、花が、閉じかけていた。
「終わらせる!」
ノリアが、杖を構える。
「業炎獄!」
渦を巻く炎が、花の中心を、まとめて焼き払った。
「まだ動いてる……! 追撃!」
カインの声に、ノリアが、間を置かず、次の詠唱に入る。
「業火弾!」
放たれた炎が、とどめを刺した。
蔓が、力なく垂れ下がり、そのまま、地に崩れ落ちる。
静寂が、戻った。
カイザーは、剣を鞘へ収め、一礼するように頭を下げると、光の粒になって消えた。
「相変わらず、何も、喋らないな」
カインが、苦笑いを浮かべる。
「頼りには、なるでござるが」
ワングが、刀を鞘へ収めながら、まだ、何か考え込んでいる様子だった。
「どうかした?」
ミラが、その横顔を、覗き込む。
「いや……何でもない。今は、先を急ぐでござる」
ワングが、首を振り、歩き出した。
その表情には、まだ、拭いきれない引っかかりが、残っていた。
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戦いを終えた通路の先に、部屋があった。
かつての、一層の時と同様に。
だが、扉も壁も、何色とも呼べない色をしていた。
見た瞬間に名前が浮かばず、目が、すぐに逸れてしまうような色だった。
ここまで歩いてきた道のりが、随分と、遠く感じられた。
「これは……」
ミラが、言葉に詰まる。
「気持ち悪い色、だね」
ノリアが、眉をひそめた。
「色というより、色の隙間、みたいでござるな」
ワングが、目を細める。
見つめるほどに、輪郭が、ぼやけていく感覚があった。
「あんまり、見ない方がいいかも」
ノリアが、視線を、そっと逸らす。
扉に近づくにつれ、足取りが、自然と、重くなった。
「戻る、なら今のうちでござるが」
ワングが、冗談めかして言う。
誰も、笑わなかった。
「行くよ」
カインが、扉に、手をかけた。
軋む音もなく、扉が、静かに開く。
中は、思ったより、広かった。
天井も壁も、同じ、名づけようのない色に覆われている。
「誰か、いる」
ダダが、真っ先に、気配を捉えた。
六人は、慎重に、部屋の奥へ、足を踏み入れた。
中央に、人影が、一つ立っていた。
長身の、鎧を纏った人物だった。
微動だにせず、こちらに背を向けている。
白の点で見た六体と、どこか、似た佇まいだった。
だが、纏う空気は、明らかに違う。
張り詰めた気配が、部屋全体に、満ちていた。
「……!」
ネリスが、息を止める。
誰も、声を出さなかった。
足音を殺し、じりじりと、間合いを詰める。
一歩ごとに、心臓の音が、大きくなっていくようだった。
その人影が、ゆっくりと、こちらへ向き直った。
「ようこそ」
低く、落ち着いた声だった。
「私が、ベーダーだ」
いかがでしょうか?
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