第119話「探る六人、白の記憶」
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クロスロードの朝は、いつもより、静かだった。
受付前の広間に、六人分の荷物が、並んでいる。
隅の長椅子では、スルが、静かに座っていた。
召喚を解かれたまま、人型の姿で、ぼんやりと窓の外を見ている。
「行ってくる」
ネリスが、軽く声をかけた。
「わかった」
短い返事だけが、返ってくる。
まだ、言葉の数は、少ない。
それでも、確かに、応じてくれる声だった。
「兄さんは、今日は」
カインが、そっと聞く。
「連れて行かない」
ネリスが、荷物の紐を結びながら答えた。
「7人になっちゃうし」
軽くそう付け足す。
「当分、静養かな?」
軽い調子で、笑ってみせる。
「まだ、本調子じゃないみたいだから」
「それが、いい」
ミラが、静かに頷いた。
「無理はさせない方が」
「うん。あたしも、そう思う」
ネリスが、立ち上がりながら、荷物を背負い直す。
その表情に、暗さは、なかった。
「良い顔でござるな」
ワングが、ふと、そう言った。
「え?」
「昨日より、ずっと」
「そう、かな」
ネリスが、少し照れたように、目を逸らす。
「よし、行くでござるか」
ワングが、腰の柄に、軽く手を触れた。
新調した胴当てが、朝の光を、鈍く弾く。
「今日は、緑以外を、当たろう」
カインが、懐から板を取り出す。
淡く発光する図形の上で、赤・青・黄・白・黒の印が、静かに並んでいた。
「近い順に、白からか」
ノリアが、覗き込む。
「うん。じゃあ、行こう」
六人は、扉をくぐり、エアの奥へ足を踏み入れた。
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石の通路が、木の通路へ変わる。
そのまた先で、金属の壁に変わった。
慣れたもので、誰も、驚かなくなっている。
歩みは、以前より、明らかに速い。
罠を見抜くネリスの勘も、隊列を組む呼吸も、迷いがなくなっていた。
「音、する」
先頭のネリスが、耳を澄ませた。
角の向こうから、複数の足音が、小刻みに近づいてくる。
姿を見せたのは、体高の低い、六本脚の甲殻の群れだった。
数は、五。
「囲まれる前に、散らせ」
ワングが、低く言う。
ダダが、盾を構え、群れの正面を塞いだ。
「こっちだ」
甲殻の群れが、ダダへ殺到する。
その隙を、ノリアの詠唱が突く。
「暗幕!」
視界を奪われた甲殻たちの動きが、目に見えて鈍った。
「今」
ネリスとワングが、左右から同時に踏み込む。
爪と刃が、鈍い甲羅の隙間へ、正確に吸い込まれた。
一体、また一体と、数を減らしていく。
最後の一体が、ミラの盾に弾かれ、体勢を崩したところへ、カインの剣が止めを刺した。
「これで、五体」
カインが、剣を鞘へ収める。
骸の跡に、青いコインが、数枚残されていた。
拾い集めながら、ノリアが板を確かめる。
青い印は、以前よりわずかに、色を濃くしていた。
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次に出くわしたのは、通路の奥に潜んでいた、一体の大きな影だった。
岩のような装甲を、全身にまとっている。
「重そうな相手でござるな」
ワングが、間合いを測る。
「胴当て、試させてもらう」
ネリスが、正面から踏み込んだ。
装甲の一撃が、まっすぐ肩を狙う。
新しい肩当てが、その一撃を、軽い音で弾いた。
「効いてる」
短く笑い、体勢を崩さないまま、爪を返す。
「私も」
ミラが、隙を突いて回り込み、ロングソードで側面を薙いだ。
いなす動きに、装甲の巨体が、大きく傾ぐ。
「そこ!」
ダダのウォーハンマーが、傾いた隙へ、まっすぐ叩き込まれた。
鈍い音とともに、装甲に、深い亀裂が走る。
とどめは、カインの一撃だった。
巨体が、地響きを立てて崩れる。
「装備、悪くないでござるな」
ワングが、感心したように呟いた。
黄と黒のコインが、その場に転がっていた。
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三か所目は、罠が仕掛けられた小部屋だった。
「床、怪しい」
ネリスが、片手を上げて、皆を止める。
しゃがみ込み、床石の継ぎ目を、指先でなぞった。
「二枚、外れる。踏むと、たぶん落ちる」
「わかった」
カインが、頷き、迂回するよう合図を出す。
足の運び一つで、危うさを避けていく。
以前なら、透視の呪文を使わなければ、気づけなかった仕掛けだった。
奥から、姿を隠していた小柄な影が、いくつも飛び出してきた。
「擬態か」
ワングが、舌打ちする。
「囮に、乗るな」
ダダが、真正面から進み出て、注意を一手に引き受けた。
その間に、ノリアの業火弾が、側面から影を薙ぐ。
「終わり!」
炎に炙られた影が、次々と、地に伏せていった。
戦闘は、あっけないほど、早く片付いた。
床には、白いコインが、一枚だけ残っていた。
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「白、これで、二枚目か」
カインが、コインを摘み上げる。
懐の袋から、以前拾った白いコインを、取り出した。
同じ白でも、艶が、微妙に違う。
「重ねて、みるか」
「うん」
ネリスが、頷いた。
二枚を、そっと、重ね合わせる。
その瞬間、コインが強く発光し、六人の頭の中に、同時に何かが流れ込んできた。
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暗い通路。
灯りの届かない、エアの奥。
若いガラントが、そこにいた。
今よりずっと鋭い目つきで、剣を構えている。
体つきは、今と、さほど変わらない。
だが、その顔には、まだ、店主の柔らかさがなかった。
その隣に、ひときわ長身の戦士が立っていた。
大きな得物を肩に担ぎ、他の誰よりも、頭一つ高い。
顔立ちまでは、映像がぼやけて、はっきりしない。
だが、纏う気配だけは、確かに伝わってきた。
迷いのない、まっすぐな立ち姿だった。
周囲には、他にも数人の影が見える。
一人は、大きな盾を構え、一人は、杖を握りしめていた。
長身の戦士が、何かを叫び、隊列を導いていく。
若いガラントが、その背を追って、駆け出した。
映像は、そこで、唐突に途切れた。
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気づけば、六人とも、その場に立ち尽くしていた。
「今の、若い頃の、ガラントさん……」
ノリアが、震える声を漏らす。
「隣にいた人、大きかった、な」
ダダが、両手を広げて、大きさを確かめる仕草をした。
「あれが、ベーダーさん、でしょうか」
ミラが、コインを、そっと見つめる。
「確証は、ないでござる」
ワングが、静かに、しかしはっきりと言う。
「でも、可能性は、高い」
「あの立ち方、覚えてる」
ネリスが、コインを、両手で包み込んだ。
「兄さんの時、召喚された姿を初めて見た瞬間と、似た感じがした」
その声は、静かだったが、揺らいでいなかった。
「言葉にすると、うまく言えないけど」
「わかる、気がする」
カインが、頷く。
「見た目の証拠じゃなくて、纏ってるものが、似てる感じ」
「ガラントさんに、伝える?」
カインが、皆の顔を、順に見る。
「まだ、早いでござる」
ワングが、首を振った。
「確かなことが、何一つ、ない。中途半端な話で、また、あの人を、揺らすのは」
「そうだね」
ミラが、静かに、同意した。
「もう少し、集めてから」
「うん」
ネリスが、コインを、大事そうに袋へしまう。
「もう少し、集めよう。白と、他の色も」
日が、少しずつ、傾き始めていた。
区切りのいいところで、六人は、迷宮を後にすることにした。
その日の帰り、アプレイザルに寄ると、鑑定士が、袋の中身を、一枚ずつ確かめていく。
「青は、今日の分で、だいぶ揃いましたね。傾向としては、水場に多い記憶のようです」
「黄は、まだ数が少ないので、はっきりしたことは」
「黒についても、これまでと、大きな変化はなさそうです」
「白は……」
鑑定士が、コインを、指先で、そっと転がす。
「反応が、少し違いますが、詳しくは、また改めて」
「わかりました」
カインが、頷く。
記録紙に、それぞれの色の分だけ、短く書き込んでいく。
夕暮れのクロスロードを、六人は、いつもより、静かな足取りで歩いていった。
袋の中で、白いコインが、二枚並んで、かすかに音を立てていた。
いかがでしょうか?
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