↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第三部 迷宮エア編 二層

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/237

第118話「あの日の後悔、託したい願い」

マランの世界、連日投稿中です。

当面、毎日2話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

ガラントの手は、止まったままだった。


グラスの曇りが、拭われずに残っている。


ネリスは、その横顔から、目を離せずにいた。


覚えのある翳りだった。


自分が、スルの前でしていたのと、同じ顔だ。


「……ちょっと、待っててくれ」


ガラントが、掠れた声で言う。


カウンターを出て、入り口の札を、静かに裏返した。


「今日は、早じまいだ」


常連たちが、怪訝な顔をしながらも、席を立っていく。


戸が閉まる音のあと、店の中は、急に静かになった。


---


ガラントが、いつもの席の向かいに、腰を下ろす。


グラスの代わりに、瓶を一本、卓に置いた。


「ベーダー、か」


その名を、噛みしめるように呟く。


「懐かしい名前だ。もう、十五、六年は経つな」


「十五年……」


ダダが、思わず声を漏らした。


「昔の仲間だ。俺を含めて、六人だった」


ガラントが、瓶の栓を、開けもせずに指で弄る。


「あの頃の俺たちも、お前らと同じで、エアに潜ってた」


「エアの、どのあたりでござろうか」


ワングが、静かに尋ねる。


「あそこに、層なんて、ちゃんとしたものはない。ただ、随分と深いところだった」


ガラントの目が、遠くを見るように、細くなった。


「灯りの届かない場所でな。冷たさが、骨まで来る」


「その先で、何が」


カインが、先を促した。


「化け物に、当たった」


ガラントが、瓶をきつく握る。


「名前もわからない相手だった。図体だけは、やたらとでかくてな」


「戦って、勝てなかったんですか」


ミラが、静かに聞いた。


「勝てなかった。押し返すだけで、精一杯だった」


「六人がかりでも……」


ノリアが、息を呑む。


「あの頃の俺は、腕には自負があった。だが、通じなかった」


ガラントが、自嘲するように、口の端を上げる。


「殴っても、斬っても、手応えだけが返ってくる。倒れる気配が、ない」


「そんな相手、どうやって……」


ダダが、拳を握る。


「どうにも、できなかった。ただ、時間だけが、削られていった」


「時間が、削られると」


カインが、繰り返す。


「松明の油も、術者の力も、有限だ。粘るほど、こっちが、先に尽きる」


ガラントが、瓶の底を、指でなぞった。


「削られる側にいる怖さは、あんたらも、少しは知ってるだろう」


その言葉に、誰も、すぐには答えなかった。


ミノタウロス戦の記憶が、六人の間を、無言で通り過ぎていく。


---


「隊列を、崩された」


ガラントが、続けた。


「押し込まれて、退路まで、塞がれかけた」


「その時に、ベーダーさんが」


ネリスが、静かに、先を継いだ。


ガラントが、驚いたように、こちらを見る。


「……そうだ。よく、わかるな」


「わかります」


ネリスは、短く言った。


それ以上は、続けなかった。


「あいつが、殿を買って出た」


ガラントが、瓶を、卓に強く置く。


「『先に行け』の一言だけだった。それ以上、聞く暇もなかった」


「行けって言われて……行ったんですね」


ダダが、低く聞く。


「行った。行かされた、が近い」


ガラントの声が、初めて、揺れた。


「あいつの背中を、押されるようにして、走った。今でも、覚えてる」


「押されて……」


「情けない話だ。押されなきゃ、動けなかったんだから」


ガラントが、自分の手のひらを、じっと見つめる。


「振り向いたら、あいつの姿が、もう見えなかった」


「声は、聞こえたんですか。その後」


ミラが、そっと尋ねた。


「聞こえなかった。ただ、暗闇の奥から、何かがぶつかる音だけが、しばらく続いてた」


その音を、思い出しているのか、ガラントの目が、一瞬、遠くなる。


---


「戻らなかったんですか。あなたは」


カインが、思わず、口にした。


言ってから、しまったという顔をする。


だがガラントは、責める様子もなく、頷いた。


「戻ろうとした。何度も」


「でも」


「隊の連中に、止められた。ルーシェナにもな」


「ギルド長が……」


ノリアが、目を見開く。


「あいつも、同じパーティだった。今は、笑って、受付の奥に座ってるがな」


ガラントが、目を伏せる。


「あいつは、その場で、俺を殴った。『戻れば全員死ぬ』ってな」


「殴られて、それで」


ネリスが、静かに聞く。


「動けなかった。悔しいが、あいつの言う通りだった」


ガラントの拳が、卓の上で、固く握られる。


「生きて帰った連中は、皆、口を揃えて言った。あいつのおかげだ、と」


「ベーダーさんの、おかげ」


ミラが、繰り返す。


「殿を務めた奴の名を、誰も、忘れられずにいる。俺も、含めてな」


「それから、俺は、剣を置いた」


「引退の、理由でござったか」


ワングが、静かに問う。


「そうだ。あそこであいつを置いてきた腕で、この先も潜り続ける自信が、なくなった」


---


「今さら、都合のいい話だと、わかってる」


ガラントが、瓶の栓を、ようやく開けた。


「生きてるかもしれないと聞いて、こんな胸がざわつくなんてな」


「ざわついて、いいと思います」


ミラが、穏やかに言う。


「会いたいなら、会いたいと、言っていいはずです」


「一言、詫びたいだけだ」


ガラントが、掠れた声で、絞り出す。


「詫びて、それで、どうなるものでもないが」


「詫びたいなら、詫びに行けばいい」


ダダが、腕を組んだまま、言い切った。


「難しいことは、抜きにして」


「あたしにも、少しだけ、わかる気がします」


ネリスが、口を開く。


「探すのを、諦められない気持ち。見つかった時の、怖さも」


「怖いのか。見つかるのが」


ガラントが、意外そうに聞いた。


「怖いです。でも、それでも、知りたいと思う気持ちの方が、強かった」


「スルの時、そうだった、って言うのか」


「はい」


ネリスが、まっすぐ、ガラントを見返す。


「だから、ガラントさんの気持ちも、他人事だとは、思えません」


その言葉に、ガラントが、ふっと息を吐いた。


長年、誰にも見せなかった顔が、少しだけ、緩んでいた。


「俺たちが、連れて行きます」


カインが、まっすぐに、ガラントを見た。


「ガラントさんの分まで、探しに行くとは、言いません」


「でも、ガラントさんの願いも、一緒に、背負って行きます」


「拙者たちの探索に、あなたの理由が、一つ増えるだけのこと」


ワングが、静かに頷く。


「無茶なことは、するな」


ガラントが、目元を、拭う仕草をした。


「まあ、お前らに、今さら言っても、無駄だろうがな」


「無駄でござる」


ワングが、珍しく、即答した。


小さな笑いが、卓を、そっと包んだ。


---


瓶の酒が、六つの杯に、注がれていく。


いつもより、幾分か、量が多かった。


「今夜だけは、俺の奢りだ」


ガラントが、杯を、軽く掲げる。


「ベーダーに」


その一言に、六人も、それぞれの杯を、静かに上げた。


ネリスは、杯の向こうで揺れる、ガラントの横顔を見ていた。


もう、翳りは、消えていた。


代わりに、何か確かなものが、そこに残っていた。


「見つけたら、まず、殴られるかもしれないですね」


カインが、ふと、そんなことを言う。


「殴られて済むなら、安いもんだ」


ガラントが、笑った。


久しぶりに見る、迷いのない笑い方だった。


「十五年分、注ぎ足す酒がある。伝えといてくれ」


「伝えます」


ワングが、静かに、頷いた。


「一つ、聞いてもいいですか」


カインが、少し、言葉を選ぶ。


「ルーシェナさんは、今日のこと、知ってるんですか」


「知らん。あいつには、あいつなりの、抱え方があるんだろう」


ガラントが、瓶を、棚へ戻す仕草をする。


「聞かれれば、答えるさ。だが、こっちから話す気は、まだない」


「わかりました」


「深く、踏み込まないでくれると、助かる」


「承知した」


ワングが、短く応じた。


その言葉に、他の五人も、それぞれ小さく頷く。


戸の外は、いつの間にか、すっかり夜が更けていた。


六人は、それぞれの杯を空けると、静かに席を立った。


「またな。無事に、帰ってこいよ」


ガラントの声が、いつもの軽さを、少しだけ取り戻していた。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。