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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第三部 迷宮エア編 二層

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第117話「託された名、迷う足取り」

マランの世界、連日投稿中です。

当面、毎日2話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

笑い声が収まったのも、束の間だった。


ルーシェナが、椅子から身を起こし、書類を一枚、机に広げる。


「本題は、ここからだ」


その声の調子が、一段、低くなった。


「依頼事項がある」


六人の視線が、自然と集まった。


「昔、エアに潜って、未帰還になったパーティがいる。ベーダーという戦士が率いた、腕利き揃いの部隊だ」


書類の上を、ルーシェナの指がなぞる。


「メンバーは、命からがら引き上げてきた。だが、ベーダー本人だけが、戻らなかった」


「戦士が、一人だけ……」


ノリアが、書類を覗き込んだ。


「なぜ、彼だけ」


「わからない。ただ、彼は、エアの謎の一部を、知っていたんじゃないかと言われている」


ルーシェナが、淡々と続ける。


「その情報は、確かなんですか」


カインが、慎重に聞いた。


「本人が、生前、断片的に漏らしていたらしい。詳細までは、記録に残っていない」


ルーシェナが、書類をめくりながら答える。


「今回、スルの一件で、初めて『生きて戻れる』ことが証明された。ベーダーにも、同じ望みがある。あんたたちなら、そう思うのも、無理はないだろう」


その一言に、ネリスが、小さく息を呑んだ。


「それと、最近になって、信頼できる筋から新しい情報が入った。魔物として、彼らしき存在に遭遇した、とね」


「スルと、同じような話でござるか」


ワングが、低く呟いた。


「その可能性は、十分にある」


ルーシェナが、頷く。


「まずは、ベーダーの存在確認。それができたら、次だ」


言葉を、一度切った。


「もし……生きて連れ帰れれば、エアの謎の究明が、大きく前に進む」


その言葉に、部屋の空気が、また張り詰めた。


「目撃情報は、どこから」


ミラが、静かに尋ねた。


「別のパーティが、深層近くで遭遇したと報告してきた。詳しい階層までは、まだ、こちらでも精査中だ」


ルーシェナが、書類の端を指でなぞる。


「時期は、いつ頃でござろうか」


ワングも、続けて聞いた。


「つい、半月ほど前だよ。だから、今回の話が回ってきた」


「そんなに、最近……」


ノリアが、息を呑む。


「引き受けるでござる」


ワングが、迷いなく答えた。


「拙者たちにできることなら」


「即答か。頼もしいね」


ルーシェナが、口の端を上げる。


「ただし、無茶はするなよ。ベーダーが、なぜ戻れなかったのか、まだ何もわかっていない」


「肝に銘じます」


カインが、静かに頷いた。


---


ルーシェナが、大きく息を吐く。


「それと、もう一つ」


「まだ、あるんですか」


カインが、聞き返した。


「そのパーティが、壊滅せずに済んだ理由だ。お前たちも、よく知る人物がいたからだよ」


言葉を、少し溜めた。


「フラグメンツの、ガラントだ」


「え……」


ダダが、目を見開いた。


「ガラントさんが……」


ネリスも、驚いたように口を開く。


「詳しいことは、あたしも聞かされていない。あいつは、あの日のことを、ほとんど語らないからね」


ルーシェナが、肩をすくめる。


「話を聞きに行くなら、無理強いはしないことだ。あれで、根に持つタイプじゃないが、触れられたくない傷は、誰にでもある」


「承知した」


ワングが、静かに頷いた。


六人は、それぞれの表情のまま、しばらく、言葉を探していた。


「ガラントさんが、あの人たちを、助けたってこと……」


ネリスが、ぽつりと呟く。


「本人が語らないなら、それだけの、重さがあるってことだろうな」


ダダが、腕を組んだまま、天井を仰いだ。


「僕たちが、無神経に踏み込んでいい話じゃ、ないかもしれない」


カインが、慎重に、言葉を選んだ。


「でも、ベーダーさんが、まだ生きてる可能性があるなら」


ミラが、俯きがちに、続けた。


「ガラントさんの気持ちより、優先すべきことも、あるのかもしれません」


その言葉に、誰も、すぐには頷けなかった。


---


執務室を出たあとも、誰も、すぐには口を開かなかった。


廊下を歩く六人分の足音だけが、やけに大きく響いた。


「ガラントさんに、聞きに行くのか」


ダダが、やっと、そう切り出す。


「聞きに行く。けど……」


ネリスが、言い淀んだ。


「あの人が、話したがらないこと、聞くの」


「気は、進まないでござるな」


ワングが、腕を組んだ。


「でも、ベーダーさんのこと、知ってるかもしれない。それに、生きてるかもしれないなら」


ミラが、静かに言う。


「聞かないわけには、いかない」


「先に、フォージタウンに寄ろう」


カインが、話の向きを変えるように言った。


「預けてた防具、そろそろ仕上がってる頃だ」


「賛成。少し、頭を冷やしたい」


ノリアが、小さく頷く。


「賛成でござる。考えがまとまらぬまま行っても、ろくな話にならぬ」


ワングも、同意した。


六人は、フォージタウンへ足を向けた。


---


工房の炉は、今日も赤々と燃えていた。


炭の匂いと、金属を打つ音が、いつも通りに響いている。


「おう、来たか」


ブロムが、作業台から顔を上げる。


「胴の分、仕上がってるぞ」


台の上に並べられた防具を、ブロムが順に指す。


ワングの胴当てと、ネリスの肩当てが、鈍い光を放っていた。


「軽いでござるな……信じられぬほど」


ワングが、手に取って驚く。


角度を変えるたび、光の反射が、微妙に揺らめいた。


「その分、頑丈さは折り紙付きだ。着けてみろ」


試着した二人が、動きを確かめる。


「これなら、動きを邪魔しない」


ネリスが、肩を回しながら頷いた。


「次は、籠手と胴のもう半分だな。十日、いや、もう少しかかる」


ブロムが、腕を組んで言う。


「お願いします」


カインが、頭を下げた。


「そういや」


ブロムが、思い出したように、奥の棚を振り返る。


「例の刀と爪、そろそろ、答え出たか」


「刀の方は、決まってるでござる」


ワングが、腰の柄に、軽く触れながら答えた。


「氷姫と、共に潜ってきたでござる。今さら、手放す気はない」


「そうか。じゃあ、預かってる方は、うちで買い取るか」


「しばらくは、置いといてもらえると助かるでござる。使い道が、あるやもしれぬ」


「わかった」


ブロムが、軽く頷く。


「爪の方は……」


ネリスが、少し考える。


「まだ、決めてない。でも、両方とも、使えるようにしておきたい」


「状況で、使い分けるってことか」


「うん。そのつもり」


「なら、いつでも出せるように、両方とも整えとくよ」


ブロムが、軽く笑う。


用件を済ませ、六人は工房を後にした。


---


日が傾く頃、六人はフラグメンツへ立ち寄った。


扉を開けると、いつもの匂いと喧騒が、六人を包む。


エルフの酒精、獣人族の炙り肉、ドワーフの蒸留酒の匂い。


奥の卓では、見覚えのある冒険者たちが、賑やかに杯を交わしている。


いつもなら、それだけで、肩の力が抜けるはずだった。


だが今日は、誰の足取りも、いつもより重かった。


カウンターの向こうで、ガラントがグラスを磨いていた。


「お、揃って来たか。珍しいな」


いつも通りの、軽い調子だった。


六人は、いつもの席についたものの、なかなか本題を切り出せずにいた。


注文した飲み物にも、ほとんど、手をつけない。


「なんだ、湿気た顔して」


ガラントが、グラスを置き、皆を見渡す。


その視線が、少しだけ、細くなった。


「何か、あったな」


見透かされたような、静かな声だった。


しばらくの沈黙のあと、カインが、意を決したように顔を上げる。


「ガラントさんに、聞きたいことが」


カインが、ようやく、そう口を開いた。


「昔、エアに潜っていた、ベーダーという戦士のことです」


その名を聞いた瞬間、ガラントの手が、止まった。


磨いていたグラスを、静かにカウンターへ置く。


いつもの軽さが、その顔から、すっと消えていた。


しばらくの間、店の喧騒だけが、二人の間を埋めていた。


その横顔に、ネリスは、覚えのある翳りを見た。


ついこの間、自分自身が浮かべていたのと、よく似た表情だった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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