第117話「託された名、迷う足取り」
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笑い声が収まったのも、束の間だった。
ルーシェナが、椅子から身を起こし、書類を一枚、机に広げる。
「本題は、ここからだ」
その声の調子が、一段、低くなった。
「依頼事項がある」
六人の視線が、自然と集まった。
「昔、エアに潜って、未帰還になったパーティがいる。ベーダーという戦士が率いた、腕利き揃いの部隊だ」
書類の上を、ルーシェナの指がなぞる。
「メンバーは、命からがら引き上げてきた。だが、ベーダー本人だけが、戻らなかった」
「戦士が、一人だけ……」
ノリアが、書類を覗き込んだ。
「なぜ、彼だけ」
「わからない。ただ、彼は、エアの謎の一部を、知っていたんじゃないかと言われている」
ルーシェナが、淡々と続ける。
「その情報は、確かなんですか」
カインが、慎重に聞いた。
「本人が、生前、断片的に漏らしていたらしい。詳細までは、記録に残っていない」
ルーシェナが、書類をめくりながら答える。
「今回、スルの一件で、初めて『生きて戻れる』ことが証明された。ベーダーにも、同じ望みがある。あんたたちなら、そう思うのも、無理はないだろう」
その一言に、ネリスが、小さく息を呑んだ。
「それと、最近になって、信頼できる筋から新しい情報が入った。魔物として、彼らしき存在に遭遇した、とね」
「スルと、同じような話でござるか」
ワングが、低く呟いた。
「その可能性は、十分にある」
ルーシェナが、頷く。
「まずは、ベーダーの存在確認。それができたら、次だ」
言葉を、一度切った。
「もし……生きて連れ帰れれば、エアの謎の究明が、大きく前に進む」
その言葉に、部屋の空気が、また張り詰めた。
「目撃情報は、どこから」
ミラが、静かに尋ねた。
「別のパーティが、深層近くで遭遇したと報告してきた。詳しい階層までは、まだ、こちらでも精査中だ」
ルーシェナが、書類の端を指でなぞる。
「時期は、いつ頃でござろうか」
ワングも、続けて聞いた。
「つい、半月ほど前だよ。だから、今回の話が回ってきた」
「そんなに、最近……」
ノリアが、息を呑む。
「引き受けるでござる」
ワングが、迷いなく答えた。
「拙者たちにできることなら」
「即答か。頼もしいね」
ルーシェナが、口の端を上げる。
「ただし、無茶はするなよ。ベーダーが、なぜ戻れなかったのか、まだ何もわかっていない」
「肝に銘じます」
カインが、静かに頷いた。
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ルーシェナが、大きく息を吐く。
「それと、もう一つ」
「まだ、あるんですか」
カインが、聞き返した。
「そのパーティが、壊滅せずに済んだ理由だ。お前たちも、よく知る人物がいたからだよ」
言葉を、少し溜めた。
「フラグメンツの、ガラントだ」
「え……」
ダダが、目を見開いた。
「ガラントさんが……」
ネリスも、驚いたように口を開く。
「詳しいことは、あたしも聞かされていない。あいつは、あの日のことを、ほとんど語らないからね」
ルーシェナが、肩をすくめる。
「話を聞きに行くなら、無理強いはしないことだ。あれで、根に持つタイプじゃないが、触れられたくない傷は、誰にでもある」
「承知した」
ワングが、静かに頷いた。
六人は、それぞれの表情のまま、しばらく、言葉を探していた。
「ガラントさんが、あの人たちを、助けたってこと……」
ネリスが、ぽつりと呟く。
「本人が語らないなら、それだけの、重さがあるってことだろうな」
ダダが、腕を組んだまま、天井を仰いだ。
「僕たちが、無神経に踏み込んでいい話じゃ、ないかもしれない」
カインが、慎重に、言葉を選んだ。
「でも、ベーダーさんが、まだ生きてる可能性があるなら」
ミラが、俯きがちに、続けた。
「ガラントさんの気持ちより、優先すべきことも、あるのかもしれません」
その言葉に、誰も、すぐには頷けなかった。
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執務室を出たあとも、誰も、すぐには口を開かなかった。
廊下を歩く六人分の足音だけが、やけに大きく響いた。
「ガラントさんに、聞きに行くのか」
ダダが、やっと、そう切り出す。
「聞きに行く。けど……」
ネリスが、言い淀んだ。
「あの人が、話したがらないこと、聞くの」
「気は、進まないでござるな」
ワングが、腕を組んだ。
「でも、ベーダーさんのこと、知ってるかもしれない。それに、生きてるかもしれないなら」
ミラが、静かに言う。
「聞かないわけには、いかない」
「先に、フォージタウンに寄ろう」
カインが、話の向きを変えるように言った。
「預けてた防具、そろそろ仕上がってる頃だ」
「賛成。少し、頭を冷やしたい」
ノリアが、小さく頷く。
「賛成でござる。考えがまとまらぬまま行っても、ろくな話にならぬ」
ワングも、同意した。
六人は、フォージタウンへ足を向けた。
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工房の炉は、今日も赤々と燃えていた。
炭の匂いと、金属を打つ音が、いつも通りに響いている。
「おう、来たか」
ブロムが、作業台から顔を上げる。
「胴の分、仕上がってるぞ」
台の上に並べられた防具を、ブロムが順に指す。
ワングの胴当てと、ネリスの肩当てが、鈍い光を放っていた。
「軽いでござるな……信じられぬほど」
ワングが、手に取って驚く。
角度を変えるたび、光の反射が、微妙に揺らめいた。
「その分、頑丈さは折り紙付きだ。着けてみろ」
試着した二人が、動きを確かめる。
「これなら、動きを邪魔しない」
ネリスが、肩を回しながら頷いた。
「次は、籠手と胴のもう半分だな。十日、いや、もう少しかかる」
ブロムが、腕を組んで言う。
「お願いします」
カインが、頭を下げた。
「そういや」
ブロムが、思い出したように、奥の棚を振り返る。
「例の刀と爪、そろそろ、答え出たか」
「刀の方は、決まってるでござる」
ワングが、腰の柄に、軽く触れながら答えた。
「氷姫と、共に潜ってきたでござる。今さら、手放す気はない」
「そうか。じゃあ、預かってる方は、うちで買い取るか」
「しばらくは、置いといてもらえると助かるでござる。使い道が、あるやもしれぬ」
「わかった」
ブロムが、軽く頷く。
「爪の方は……」
ネリスが、少し考える。
「まだ、決めてない。でも、両方とも、使えるようにしておきたい」
「状況で、使い分けるってことか」
「うん。そのつもり」
「なら、いつでも出せるように、両方とも整えとくよ」
ブロムが、軽く笑う。
用件を済ませ、六人は工房を後にした。
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日が傾く頃、六人はフラグメンツへ立ち寄った。
扉を開けると、いつもの匂いと喧騒が、六人を包む。
エルフの酒精、獣人族の炙り肉、ドワーフの蒸留酒の匂い。
奥の卓では、見覚えのある冒険者たちが、賑やかに杯を交わしている。
いつもなら、それだけで、肩の力が抜けるはずだった。
だが今日は、誰の足取りも、いつもより重かった。
カウンターの向こうで、ガラントがグラスを磨いていた。
「お、揃って来たか。珍しいな」
いつも通りの、軽い調子だった。
六人は、いつもの席についたものの、なかなか本題を切り出せずにいた。
注文した飲み物にも、ほとんど、手をつけない。
「なんだ、湿気た顔して」
ガラントが、グラスを置き、皆を見渡す。
その視線が、少しだけ、細くなった。
「何か、あったな」
見透かされたような、静かな声だった。
しばらくの沈黙のあと、カインが、意を決したように顔を上げる。
「ガラントさんに、聞きたいことが」
カインが、ようやく、そう口を開いた。
「昔、エアに潜っていた、ベーダーという戦士のことです」
その名を聞いた瞬間、ガラントの手が、止まった。
磨いていたグラスを、静かにカウンターへ置く。
いつもの軽さが、その顔から、すっと消えていた。
しばらくの間、店の喧騒だけが、二人の間を埋めていた。
その横顔に、ネリスは、覚えのある翳りを見た。
ついこの間、自分自身が浮かべていたのと、よく似た表情だった。
いかがでしょうか?
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