第116話「弾かれた祈り、届いた祈り」
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倒れた青年の傍らで、誰も、動けずにいた。
崖から吹く風だけが、変わらず、頬を撫でていく。
「ミラ、お願い」
ネリスが、震える声で、絞り出した。
その目には、まだ涙が、乾ききっていなかった。
「うん」
ミラが、大きく頷き、青年の傍らに膝をつく。
「浄光……ううん、蘇生の祈り」
ミラが、震える手を、青年の胸へかざした。
祈るように、目を閉じる。
「戻ってきて。お願い」
淡い光が、灯った。
だが、光は、青年の体に触れる寸前で、ふっと弾かれた。
まるで、見えない膜に阻まれたかのように。
「え……」
ミラが、目を見開く。
もう一度、同じ呪文を唱えた。
結果は、変わらなかった。
光は、届かない。
「なんで……失敗、とかじゃなくて」
ミラの声が、掠れる。
「弾かれてる、ような……」
三度目も、結果は同じだった。
光が、皮膚の表面で、まるで水を弾くように滑り落ちていく。
「もう一回、やってみる」
ミラが、額に汗を滲ませながら、再び手をかざした。
「待って」
カインが、静かに、その肩に手を置いた。
「無駄に、力を使うな。何か、理由があるはずだ」
「六人の壁の、問題かもしれぬでござる」
ワングが、静かに、口を開いた。
「六人の……?」
ノリアが、顔を上げる。
「今、パーティは、六人。定員一杯でござる」
ワングが、皆の顔を、順に見た。
「スル殿は、召喚中は、恐らく人数に数えられていなかった。だが、今は違う」
「人の姿に、戻ったから……」
カインが、言葉を継いだ。
「蘇らせれば、それは、七人目を迷宮に迎え入れることになる」
「だから、弾かれる……」
ネリスが、掠れた声で呟く。
「あくまで、推測でござる。だが、他に説明が付かぬ」
ワングが、拳を握りしめた。
「じゃあ、外に出れば……」
ネリスが、縋るように、ワングを見上げた。
「恐らくは。試す価値は、十分にあるでござる」
「なら、外に、出よう」
カインが、すぐに立ち上がる。
「壁の外なら、人数の縛りは、及ばないはずだ」
「跳躍門で、飛んだ方が早い」
ノリアが、杖を握り直しながら言いかけた。
だが、すぐに、その手が止まる。
「待って……あの呪文、運べるのは、登録された六人だけ、だよね」
「そうか……」
カインが、はっとした顔になる。
「スルは、まだ、パーティの正式な登録に、入っていない」
「置いていく形に、なるかもしれぬでござるな」
ワングが、低く唸った。
「亡骸を、この場に残すわけには、いかぬ」
「歩いて、運ぼう」
カインが、迷いなく言い切った。
「時間は、かかる。だが、確実だ」
ダダが、無言のまま、腕まくりをした。
「善は急げ、だ」
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ダダとカインが、青年の体を、慎重に抱え上げた。
不思議と、重さはほとんど感じなかった。
まるで、荷物を運ぶときのような、軽さだった。
「まだ、召喚扱いの、名残があるのかもな」
ダダが、そう呟きながら、青年を背負い直す。
物として、この体は今、システムの外側にある。
そんな据わりの悪さが、腕に残った。
一行は、来た道を、無言のまま引き返した。
森を抜け、階段を上り、幾つもの扉をくぐる。
誰も、多くを語らなかった。
道中、幾度か魔物の気配がしたが、誰も、それを迎え撃とうとはしなかった。
避けられるものは避け、避けられないものだけを、最小限の手数で退けた。
今は、それどころではなかった。
ネリスだけが、ずっと、青年の手を握り続けていた。
冷たいままの、その手を。
「兄さん、あとちょっとだから」
歩きながら、何度も、そう呟いていた。
答えが返らないとわかっていても、言わずにはいられないようだった。
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クロスロードの扉を抜けた瞬間、いつもの喧騒が、六人を包んだ。
だが、六人の様子に、周囲がすぐに気づく。
「道を空けて!」
受付のリゼットが、駆け寄りながら声を張った。
奥の小部屋へ、急いで案内される。
「ミラ、頼む」
カインが、青年をそっと横たえながら言った。
ミラが、青年の胸に、両手を重ねる。
深く息を吸い、目を閉じた。
「蘇生の祈り・真」
強い光が、部屋いっぱいに満ちた。
先ほどとは、明らかに違う手応えだった。
光が、体の輪郭に、まっすぐ吸い込まれていく。
しばらくして、青年の胸が、小さく上下した。
「……っ、げほっ」
咳き込むような声とともに、青年の瞼が、ゆっくりと開く。
「兄さん!」
ネリスが、飛びつくように、抱きついた。
「ネリス……なのか」
掠れた声が、確かに、その名を呼んだ。
「私だよ。私。ずっと、探してた」
ネリスの声が、涙で震える。
青年の手が、ゆっくりと持ち上がり、ネリスの背を、そっと抱き返した。
その光景に、誰もが、言葉を失っていた。
戦い抜いた末に、ようやく届いた再会だった。
ダダが、洟をすすりながら、天井を仰いだ。
「まったく、締まらない顔してるな、俺」
「無理もないでござる」
ワングが、目元を拭いながら、静かに答えた。
ノリアは、何も言わず、ただ二人の姿を見つめていた。
カインも、安堵に、大きく息を吐き出す。
その姿を、しばらくの間、誰も、遮ろうとはしなかった。
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「これはこれは。面白いことになってるじゃないか」
戸口から、聞き覚えのある声がした。
ルーシェナが、腕を組んで、壁に寄りかかっている。
いつから、そこにいたのか。
誰も、気配に気づかなかった。
「ギルド長……いつから」
カインが、驚いたように振り返った。
「さっきからね。あんたたちのパーティ、目立つから」
ルーシェナが、いたずらっぽく笑う。
その視線が、青年へ向いた。
「話は、だいたい聞こえてたよ。まさか、こんな形で答え合わせになるとはね」
「答え合わせ……?」
ネリスが、怪訝そうに眉を寄せる。
「こっちの話。それより」
ルーシェナが、軽く手を叩いた。
「悪いけど、全員、ちょっとギルドに来てもらえるかい」
有無を言わせない口調だった。
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執務室に集められた六人と、まだ体の力が入らない青年を前に、ルーシェナは、椅子に深く腰掛けた。
窓の外は、すでに、夕暮れの色に染まっている。
「さて、と」
ルーシェナが、書類の山を、少し脇へ押しやった。
「迷宮で死んだ者が、魔物に取り込まれる。これは、以前から、事実として掴んでいた」
淡々と、話し始める。
「ノストスの教義、そのままだな……」
ワングが、低く呟いた。
「ただし」
ルーシェナが、指を一本、立てた。
「取り込まれて魔物になった者が、外の世界に、生きたまま戻ってきた例は、これが初めてだよ」
部屋の空気が、一瞬、張り詰めた。
誰も、口を挟めなかった。
その重さを、ようやく実感として飲み込むように、ネリスが、青年の手を、強く握り直した。
「前代未聞。当然、調査対象になる。今後、あんたたちには、追跡調査に協力してもらうことになる」
「協力は、惜しまないでござる」
ワングが、即答した。
「元は、迷宮に潜っていた人間だ。力になれるなら、なりたい」
カインも、頷きながら答える。
「話が早くて助かるよ」
ルーシェナが、口の端を持ち上げた。
その視線が、青年——スルへ向く。
「スル、というのは、あんたが名乗ったのかい。それとも」
「カインが、呼んだ」
まだ掠れる声で、スルが、短く答えた。
「でも、それでいい。ずっと、その名前だったから」
その声には、迷いがなかった。
「なるほどね」
ルーシェナが、興味深そうに、目を細める。
「それと、もう一つ」
ルーシェナが、カインへ、視線を向ける。
「召喚スキルの使い手が現れたのも、80年ぶりなんだ」
「80年……」
カインが、息を呑む。
「万能士と、同じ年数だな。ちなみに、先代の召喚スキル持ちも、万能士だった」
ルーシェナが、書類を軽く指で弾く。
「偶然、なんですか」
ノリアが、思わず聞いた。
「さあね。あたしにも、わからない」
ルーシェナが、肩をすくめる。
「ただ、80年前の記録も、ろくに残っちゃいない。何か繋がりがあるのか、それとも、ただの巡り合わせなのか」
「調べてみる、価値はありそうでござるな」
ワングが、腕を組んだ。
「そういうこと。だから、追跡調査、よろしく頼むよ」
肩をすくめ、ルーシェナは、六人を、ぐるりと見渡した。
「まあ、あんたたちなら、何が起きても、驚かないけどね」
そう言って、ルーシェナは、声を上げて笑った。
その笑いに、張り詰めていた空気が、少しだけ、緩んだ。
ネリスは、まだ、青年の手を、しっかりと握ったままだった。
いかがでしょうか?
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