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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第三部 迷宮エア編 二層

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第116話「弾かれた祈り、届いた祈り」

マランの世界、連日投稿中です。

当面、毎日2話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

倒れた青年の傍らで、誰も、動けずにいた。


崖から吹く風だけが、変わらず、頬を撫でていく。


「ミラ、お願い」


ネリスが、震える声で、絞り出した。


その目には、まだ涙が、乾ききっていなかった。


「うん」


ミラが、大きく頷き、青年の傍らに膝をつく。


「浄光……ううん、蘇生の祈り」


ミラが、震える手を、青年の胸へかざした。


祈るように、目を閉じる。


「戻ってきて。お願い」


淡い光が、灯った。


だが、光は、青年の体に触れる寸前で、ふっと弾かれた。


まるで、見えない膜に阻まれたかのように。


「え……」


ミラが、目を見開く。


もう一度、同じ呪文を唱えた。


結果は、変わらなかった。


光は、届かない。


「なんで……失敗、とかじゃなくて」


ミラの声が、掠れる。


「弾かれてる、ような……」


三度目も、結果は同じだった。


光が、皮膚の表面で、まるで水を弾くように滑り落ちていく。


「もう一回、やってみる」


ミラが、額に汗を滲ませながら、再び手をかざした。


「待って」


カインが、静かに、その肩に手を置いた。


「無駄に、力を使うな。何か、理由があるはずだ」


「六人の壁の、問題かもしれぬでござる」


ワングが、静かに、口を開いた。


「六人の……?」


ノリアが、顔を上げる。


「今、パーティは、六人。定員一杯でござる」


ワングが、皆の顔を、順に見た。


「スル殿は、召喚中は、恐らく人数に数えられていなかった。だが、今は違う」


「人の姿に、戻ったから……」


カインが、言葉を継いだ。


「蘇らせれば、それは、七人目を迷宮に迎え入れることになる」


「だから、弾かれる……」


ネリスが、掠れた声で呟く。


「あくまで、推測でござる。だが、他に説明が付かぬ」


ワングが、拳を握りしめた。


「じゃあ、外に出れば……」


ネリスが、縋るように、ワングを見上げた。


「恐らくは。試す価値は、十分にあるでござる」


「なら、外に、出よう」


カインが、すぐに立ち上がる。


「壁の外なら、人数の縛りは、及ばないはずだ」


「跳躍門で、飛んだ方が早い」


ノリアが、杖を握り直しながら言いかけた。


だが、すぐに、その手が止まる。


「待って……あの呪文、運べるのは、登録された六人だけ、だよね」


「そうか……」


カインが、はっとした顔になる。


「スルは、まだ、パーティの正式な登録に、入っていない」


「置いていく形に、なるかもしれぬでござるな」


ワングが、低く唸った。


「亡骸を、この場に残すわけには、いかぬ」


「歩いて、運ぼう」


カインが、迷いなく言い切った。


「時間は、かかる。だが、確実だ」


ダダが、無言のまま、腕まくりをした。


「善は急げ、だ」


---


ダダとカインが、青年の体を、慎重に抱え上げた。


不思議と、重さはほとんど感じなかった。


まるで、荷物を運ぶときのような、軽さだった。


「まだ、召喚扱いの、名残があるのかもな」


ダダが、そう呟きながら、青年を背負い直す。


物として、この体は今、システムの外側にある。


そんな据わりの悪さが、腕に残った。


一行は、来た道を、無言のまま引き返した。


森を抜け、階段を上り、幾つもの扉をくぐる。


誰も、多くを語らなかった。


道中、幾度か魔物の気配がしたが、誰も、それを迎え撃とうとはしなかった。


避けられるものは避け、避けられないものだけを、最小限の手数で退けた。


今は、それどころではなかった。


ネリスだけが、ずっと、青年の手を握り続けていた。


冷たいままの、その手を。


「兄さん、あとちょっとだから」


歩きながら、何度も、そう呟いていた。


答えが返らないとわかっていても、言わずにはいられないようだった。


---


クロスロードの扉を抜けた瞬間、いつもの喧騒が、六人を包んだ。


だが、六人の様子に、周囲がすぐに気づく。


「道を空けて!」


受付のリゼットが、駆け寄りながら声を張った。


奥の小部屋へ、急いで案内される。


「ミラ、頼む」


カインが、青年をそっと横たえながら言った。


ミラが、青年の胸に、両手を重ねる。


深く息を吸い、目を閉じた。


「蘇生の祈り・真」


強い光が、部屋いっぱいに満ちた。


先ほどとは、明らかに違う手応えだった。


光が、体の輪郭に、まっすぐ吸い込まれていく。


しばらくして、青年の胸が、小さく上下した。


「……っ、げほっ」


咳き込むような声とともに、青年の瞼が、ゆっくりと開く。


「兄さん!」


ネリスが、飛びつくように、抱きついた。


「ネリス……なのか」


掠れた声が、確かに、その名を呼んだ。


「私だよ。私。ずっと、探してた」


ネリスの声が、涙で震える。


青年の手が、ゆっくりと持ち上がり、ネリスの背を、そっと抱き返した。


その光景に、誰もが、言葉を失っていた。


戦い抜いた末に、ようやく届いた再会だった。


ダダが、洟をすすりながら、天井を仰いだ。


「まったく、締まらない顔してるな、俺」


「無理もないでござる」


ワングが、目元を拭いながら、静かに答えた。


ノリアは、何も言わず、ただ二人の姿を見つめていた。


カインも、安堵に、大きく息を吐き出す。


その姿を、しばらくの間、誰も、遮ろうとはしなかった。


---


「これはこれは。面白いことになってるじゃないか」


戸口から、聞き覚えのある声がした。


ルーシェナが、腕を組んで、壁に寄りかかっている。


いつから、そこにいたのか。


誰も、気配に気づかなかった。


「ギルド長……いつから」


カインが、驚いたように振り返った。


「さっきからね。あんたたちのパーティ、目立つから」


ルーシェナが、いたずらっぽく笑う。


その視線が、青年へ向いた。


「話は、だいたい聞こえてたよ。まさか、こんな形で答え合わせになるとはね」


「答え合わせ……?」


ネリスが、怪訝そうに眉を寄せる。


「こっちの話。それより」


ルーシェナが、軽く手を叩いた。


「悪いけど、全員、ちょっとギルドに来てもらえるかい」


有無を言わせない口調だった。


---


執務室に集められた六人と、まだ体の力が入らない青年を前に、ルーシェナは、椅子に深く腰掛けた。


窓の外は、すでに、夕暮れの色に染まっている。


「さて、と」


ルーシェナが、書類の山を、少し脇へ押しやった。


「迷宮で死んだ者が、魔物に取り込まれる。これは、以前から、事実として掴んでいた」


淡々と、話し始める。


「ノストスの教義、そのままだな……」


ワングが、低く呟いた。


「ただし」


ルーシェナが、指を一本、立てた。


「取り込まれて魔物になった者が、外の世界に、生きたまま戻ってきた例は、これが初めてだよ」


部屋の空気が、一瞬、張り詰めた。


誰も、口を挟めなかった。


その重さを、ようやく実感として飲み込むように、ネリスが、青年の手を、強く握り直した。


「前代未聞。当然、調査対象になる。今後、あんたたちには、追跡調査に協力してもらうことになる」


「協力は、惜しまないでござる」


ワングが、即答した。


「元は、迷宮に潜っていた人間だ。力になれるなら、なりたい」


カインも、頷きながら答える。


「話が早くて助かるよ」


ルーシェナが、口の端を持ち上げた。


その視線が、青年——スルへ向く。


「スル、というのは、あんたが名乗ったのかい。それとも」


「カインが、呼んだ」


まだ掠れる声で、スルが、短く答えた。


「でも、それでいい。ずっと、その名前だったから」


その声には、迷いがなかった。


「なるほどね」


ルーシェナが、興味深そうに、目を細める。


「それと、もう一つ」


ルーシェナが、カインへ、視線を向ける。


「召喚スキルの使い手が現れたのも、80年ぶりなんだ」


「80年……」


カインが、息を呑む。


「万能士と、同じ年数だな。ちなみに、先代の召喚スキル持ちも、万能士だった」


ルーシェナが、書類を軽く指で弾く。


「偶然、なんですか」


ノリアが、思わず聞いた。


「さあね。あたしにも、わからない」


ルーシェナが、肩をすくめる。


「ただ、80年前の記録も、ろくに残っちゃいない。何か繋がりがあるのか、それとも、ただの巡り合わせなのか」


「調べてみる、価値はありそうでござるな」


ワングが、腕を組んだ。


「そういうこと。だから、追跡調査、よろしく頼むよ」


肩をすくめ、ルーシェナは、六人を、ぐるりと見渡した。


「まあ、あんたたちなら、何が起きても、驚かないけどね」


そう言って、ルーシェナは、声を上げて笑った。


その笑いに、張り詰めていた空気が、少しだけ、緩んだ。


ネリスは、まだ、青年の手を、しっかりと握ったままだった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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