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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第三部 迷宮エア編 二層

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第115話「叩き伏せた角、呼んだ名」

マランの世界、連日投稿中です。

当面、毎日2話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

低い唸りが、まだ耳の奥にこびりついている。


ミノタウロスの赤い目が、六人を、順に見渡した。


品定めをするような、静かな動きだった。


「来る……!」


ネリスが、低く身構える。


「散開!」


ワングの声に、六人が同時に動いた。


ミノタウロスが、斧を大きく振りかぶる。


一撃が、地面を割った。


土煙が、視界を白く塗りつぶす。


轟音が、崖に反響した。


「デカい図体して、速い……!」


ダダが、盾を構え直しながら唸った。


「引きつけて、隙を作る」


カインが、剣を抜きながら叫ぶ。


「スル、前へ」


「ワカッタ」


短く答え、スルが、真正面から間合いを詰めた。


両腕を広げ、威嚇の声を上げる。


ミノタウロスの視線が、一瞬、そちらへ引き寄せられた。


「今のうちに」


ネリスが、地を這うように、横合いへ回り込む。


爪を構え、脇腹へ向けて跳んだ。


だが、爪の先は、分厚い皮膚に阻まれ、浅く弾かれる。


「硬い……!」


舌打ちしながら、すぐさま距離を取った。


「拙者が、隙を作るでござる」


ワングが、正面から斬り込む。


振り下ろされる斧の軌道を、紙一重で見切り、刀の腹で軽く受け流した。


いなされた斧が、大きく地面を抉る。


「その受け方、いいでござるな……!」


自らの動きに、驚きながらも、ワングはすぐさま体勢を整えた。


だが、追撃の一振りが、想像より速い。


「くっ……!」


刀で受けきれず、体ごと弾き飛ばされる。


「ワング!」


ミラが、駆け寄りながら叫んだ。


肩を貸し、なんとか立たせる。


「大丈夫でござる。ただ、力が、桁違いでござるな」


ワングが、苦笑しながら刀を握り直した。


「無理、しないで」


「承知した」


短く答え、ワングは、すぐに構え直す。


その隙に、ミノタウロスが、次の獲物を定めるように、視線を巡らせた。


---


「業炎獄!」


ノリアの杖から、渦を巻く炎が放たれる。


炎は、正確にミノタウロスの体を捉えた。


だが、次の瞬間。


炎が、まるで壁に弾かれたように、逆流した。


「危ない!」


ミラが、ノリアの前へ割り込み、剣で炎の余波を払う。


熱風が、頬をかすめた。


「跳ね返す、のか……!」


ノリアが、青ざめた顔で杖を握り直す。


「魔法、当てちゃ駄目だ!」


カインが、鋭く声を張った。


「じゃあ、どうすれば……!」


「物理で、削る。呪文は、防御だけに絞れ」


ワングが、皆へ向けて叫ぶ。


刀を構え直し、ミノタウロスの側面へ回り込んだ。


「わかった。庇護陣、私の方に集中させる」


ミラが、剣を握り直しながら答えた。


「悔しいけど、それしかなさそう」


ノリアが、杖を後方に構え直す。


攻めから支援へ、瞬時に頭を切り替えていた。


「真贋の瞳」


カインが、短く唱え、ミノタウロスの姿へ目を凝らす。


淡い光の膜が、一瞬だけ、巨体の輪郭をなぞった。


「脚の腱、あそこが薄い……!」


カインが、膝の裏を指差す。


「魔法を弾くのは、上半身だけみたいだ」


「なら、狙いどころは決まりでござるな」


ワングが、刀を握り直しながら頷いた。


---


ダダが、盾を前に踏み込む。


斧の一撃を、真正面から受け止めた。


「くっ……重い!」


膝が、深く沈む。


それでも、後ろへは引かない。


「今!」


その隙に、ワングとミラが、左右から斬りかかった。


氷姫の刃が、脇腹を薄く裂く。


ミラのロングソードが、続けて同じ場所を狙う。


ミノタウロスが、怒りの咆哮を上げた。


太い腕が、薙ぎ払うように振られる。


「跳べ!」


ネリスの声に、二人が同時に飛び退いた。


紙一重で、風圧だけが、頬を叩く。


「なんて力だ……」


ワングが、荒くなった息を整える。


スルが、その隙を突いて、脚に組みついた。


巨体が、わずかによろめく。


「今のうちに、脚を!」


カインが叫び、ネリスが地を蹴った。


低く踏み込み、鋼の爪が、膝裏を深く抉る。


短い悲鳴とともに、ミノタウロスが片膝をついた。


「よし、そこだ!」


ダダが、盾を構えたまま、ウォーハンマーを振り抜く。


狙い澄ました一撃が、同じ膝裏へ、重く打ち込まれた。


骨が軋むような、鈍い音が響く。


「効いてる!」


ダダが、盾を握り直しながら声を上げる。


「ネリス、無理するな。掠り傷でも、後で響くぞ」


ダダが、ちらりと視線を寄越しながら言った。


「わかってる」


答えたネリスの二の腕には、浅く裂けた痕が、うっすらと赤く滲んでいた。


「癒しの波」


ミラが、走りながら短く唱える。


淡い光が、ネリスの傷を包み、みるみる塞いでいった。


「助かる」


ネリスが、短く礼を言い、すぐに前へ出直す。


だが、ミノタウロスの動きは、鈍らなかった。


膝をついたまま、太い腕が、地面を叩く。


衝撃が、波のように広がった。


「踏ん張れ!」


ダダが、盾を突き立て、その場に踏みとどまる。


他の五人は、揺れる地面に足を取られながらも、なんとか堪えた。


「立たせるな!」


ワングが、崩れた体勢のまま、刀を振るう。


刃が、腕の付け根を掠めた。


ミノタウロスが、痛みに任せて、大きく腕を振り回す。


「危ない!」


カインが、剣で受け流しながら、後方へ跳ぶ。


体勢を立て直す間もなく、ミノタウロスが、勢いよく立ち上がった。


その体は、傷だらけの六人を見下ろすほどに、大きかった。


肩の傷から、黒っぽい血が、じわりと滲んでいる。


先に頭の中で見た光景——五人の冒険者を屠った、あの姿そのものだった。


「あんな真似、二度とさせるかよ」


ダダが、盾を握り直しながら、低く唸る。


「庇護陣、ダダに!」


カインが、印を結びながら唱える。


淡い光が、ダダの体を包んだ。


「助かる」


ダダが、短く応じ、再び盾を構え直す。


---


だが、それも束の間だった。


片膝をついたまま、ミノタウロスの目が、赤く燃えるように光る。


斧が、大きく持ち上がった。


狙いは、脚元にいたネリスだった。


刃の影が、大きく、ゆっくりと伸びていくように見えた。


「危ない!」


カインの声が、届くより早く。


斧が、振り下ろされる。


その瞬間、白い影が、ネリスの前に割り込んだ。


「スル……!」


鈍い音が、響いた。


斧の刃が、スルの体を、深く斬り裂く。


スルの体が、大きく傾ぎ、地に崩れ落ちた。


「スル!」


ネリスが、悲鳴に近い声を上げる。


膝をつき、崩れたスルへ、手を伸ばした。


「私を、庇って……」


声が、震えている。


その姿を見て、残る五人の中で、何かが変わった。


「許さない」


ワングの声が、低く、鋭くなった。


「ノリア、いけるか」


カインが、振り返らずに聞く。


「いける。守護の盾、頼める?」


「任せろ」


ワングが、刀を構えたまま叫んだ。


「守護の盾!」


淡い光の膜が、四人を包み込む。


ワングの新しい呪文が、実戦で初めて形になった瞬間だった。


「終焉!」


ノリアの杖が、大きく掲げられた。


渦を巻く光が、杖の先に凝縮していく。


「これで、決める!」


膨れ上がった光が、ミノタウロスへ向けて、まっすぐ放たれた。


同時に、ダダが盾ごと体当たりし、体勢を崩す。


「はぁあっ!」


ワングとミラの刃が、左右から胴を貫いた。


苦悶の咆哮が、崖にこだまする。


それでも、ミノタウロスは、なお倒れなかった。


「まだだ……!」


「ここまでだ!」


カインの剣が、最後にとどめを刺す。


心臓の位置を、まっすぐに貫いた。


光と衝撃が、あたりを包んだ。


木々が、大きく揺れる。


川面が、大きく波打ち、水しぶきが宙に舞った。


崖の岩肌に、深い亀裂が走る。


しばらくして、光が収まると、ミノタウロスの巨体が、ゆっくりと崩れ落ちていた。


焼け焦げた地面から、静かに煙が立ちのぼる。


戦いが、終わった。


---


だが、誰も、勝利を喜ぶ余裕はなかった。


「スル!」


ネリスが、倒れたスルへ駆け寄る。


血に濡れた白い体を、震える手で抱き起こした。


体の輪郭が、揺らめくように、淡く光り始めていた。


滲むように、人型が崩れていく。


現れたのは、猫の耳と尾を持つ、獣人族の青年だった。


痩せた頬に、深い傷跡が幾つも刻まれている。


その顔立ちに、ネリスと似た面影が、確かにあった。


薄れゆく意識の中、青年の唇が、かすかに動く。


「ネリス……」


それだけを、絞り出すように呟いた。


そのまま、青年の体から、力が抜けていった。


「スル……スル!」


ネリスが、震える声で、名を呼び続ける。


答えは、返らなかった。


「そんな……」


ダダが、盾を取り落とし、その場に立ち尽くした。


「ミラ、頼む!」


カインが、叫びながら振り返る。


「今、行く!」


ミラが、駆け寄りながら剣を投げ捨て、両手を青年の胸へかざした。


「完全治癒!」


淡い光が、傷口を包み込む。


だが、光は、すぐに弱々しく揺らめき、そのまま消えていった。


「駄目、届かない……」


ミラの声が、掠れる。


「なんで……なんでだよ」


ワングが、拳を強く握りしめた。


「拙者たちが、もっと早く気づいていれば……」


言葉を、最後まで続けられなかった。


カインは、何も言えずに、ただ立ち尽くしていた。


助けなければと思うほど、体が動かなかった。


ノリアも、杖を握りしめたまま、俯くことしかできずにいた。


風だけが、静かに、川縁を吹き抜けていった。


誰も、言葉を発せなかった。


ただ、ネリスの声だけが、いつまでも、その場に響いていた。


板の上で、緑の印が、静かに色を失っていくのを、誰も見てはいなかった。


いかがでしょうか?


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よろしくお願いいたします。

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