第113話「数の上のしるし、動く緑への詰め」
窓口には、見慣れた鑑定士が座っていた。
台の上には、あの日と同じ、小さな鑑定具が置かれている。
「今日は、ステータス確認で」
カインが、袋ではなく、六人分の身分証を差し出した。
「かしこまりました。順に、どうぞ」
鑑定士が、鑑定具の位置を整える。
まずは、ダダが手をかざした。
石が、淡く光る。
「レベル、21ですね」
「上がってるな。やっぱり」
ダダが、にやりと笑った。
「昨日だけで、随分、稼いだからな」
次に、ネリスが手を伸ばす。
「こちらも、21です」
「一緒か」
ネリスが、小さく頷いた。
続いて、ノリアが石に触れた。
「17ですね。それと……」
鑑定士が、記録紙に目を落とす。
「第七階梯、使用回数が7回に増えています。第六階梯以下は、全て9回、上限まで」
「7回……!」
ノリアの目が輝いた。
だが、記録紙をもう一度見て、すぐに眉を寄せる。
「待って。第六階梯って、帰郷の扉しかないよね」
「はい。他の呪文は、まだ習得されていません」
「9回に増えても、使いどころないじゃない、これ」
ノリアが、頬を膨らませた。
「あれは、そう頻繁に撃つ呪文でもないでござろう」
ワングが、苦笑する。
「わかってるけど!」
ミラの番になった。
「17です」
「上がった。でも、呪文と回数は」
「変化なし、ですね」
鑑定士が、静かに答える。
「レベルが、もう少し上がらないと、回数は増えないみたい」
ミラが、記録紙を覗き込みながら言った。
「第七階梯の呪文も、まだ増えなさそうです」
続いて、ワングが石に触れた。
「レベル、21です」
「二つ、上がったでござるか」
「はい。それと、第七階梯に新しい呪文が加わっています」
鑑定士が、記録紙を指す。
「守護の盾、というものですね。使用回数は1回」
「守護の盾」
ワングが、その名を、噛みしめるように呟いた。
「第六階梯は5回、第五階梯は8回に、それぞれ増えています」
「かたじけない」
ワングが、深く頭を下げた。
最後に、カインが手をかざす。
「15ですね。それと」
鑑定士が、少し驚いたように目を上げた。
「召喚スキルの、レベルも表示されるようになっています。今は、15」
「15……僕のレベルと、同じだ」
カインが、自分の手のひらを見つめる。
「呪文や、使用回数は、増えていません」
「そうか。召喚の方が、伸びてるんだな」
「召喚される魔物のレベルも、召喚レベルと同じと考えて、差し支えないかと」
鑑定士が、淡々と付け加えた。
「ゴーレムも、スルも、今は15ってことか」
ダダが、腕を組んだ。
「兄さんも」
ネリスが、小さく呟く。
その響きに、誰も、余計な言葉は重ねなかった。
「にしても、召喚レベルって、どうやったら上がるんだ」
ダダが、話題を変えるように聞いた。
「召喚した状態で、戦い続けることかと」
鑑定士が、記録紙を片付けながら答える。
「呼び出すだけじゃ、駄目ってことか」
「恐らくは。詳しい条件までは、こちらでも把握しておりません」
「つまり、ゴーレムやスルと一緒に戦えば戦うほど、伸びる可能性がある」
カインが、自分の中で確かめるように呟いた。
「なら、今日も、二層で試せるでござるな」
ワングが、腕を組んで頷く。
「兄さんの分も、伸ばせるなら」
ネリスが、袋の紐を握り直した。
六人は、記録紙を受け取り、アプレイザルを後にした。
---
翌日、六人は再び、エアの門をくぐった。
「今日は、緑を追う」
カインが、板を広げながら言う。
「昨日までの動きの記録、見せて」
ノリアが、板を覗き込んだ。
「北へ寄ってから、東へ跳ぶ。そのあと、また北」
「毎回ばらばらに見えて、実は範囲が絞られてきてる」
ネリスが、地図の縁をなぞる。
「森の外れに、寄っていってる気がする」
「川か、崖に、突き当たるでござるな」
ワングが、地図の先を見た。
「逃げ場が、なくなる方向」
「そこまで、追い込めれば」
ミラが、頷いた。
「でも、追い込んで、何が出てくるんだ」
ダダが、腕を組みながら聞く。
「わからない。だからこそ、見たい」
カインが、板を丸めて背負い直した。
「逃げ続けてきたモノが、逃げ場を失ったとき、何をするか」
ノリアが、呟くように言う。
「厄介な相手だったら、どうするでござるか」
ワングが、確かめるように聞いた。
「そのときは、私たちで、なんとかするしかない」
ミラが、静かに答えた。
「六人揃ってるんだ。大抵のことは、なんとかなる」
ダダが、盾を叩き、笑ってみせる。
六人は、記録された動きをたどりながら、森を進んだ。
途中、黄の点で行き当たったのは、以前も見た羽虫の群れだった。
「見覚えある相手なら、早い」
ノリアが、杖を軽く振る。
「業火弾」
炎が、繭ごと焼き払った。
コインを拾う間も惜しみ、六人はすぐに歩みを再開する。
次に現れたのは、青の点に潜んでいた、狼の群れだった。
「スル、頼む。今日は、長めに出しとく」
カインが、そう言いながら、召喚の印を組んだ。
「ワカッタ」
短く答え、スルが、狼の群れへと突っ込んでいく。
動きは、以前より、幾分滑らかだった。
「数だけなら、慣れたものでござる」
ワングが、前へ出る。
「私も」
ミラが、横に並んだ。
いなし、受け流しながら、二人は確実に急所を突いていく。
狼はまとまって動く間もなく、次々と沈んでいった。
戦いが終わっても、カインは、すぐにはスルを戻さなかった。
「まだ、いけるか」
「モンダイナイ」
スルが、短くそう答える。
「なら、次の相手まで、そのままで」
カインが、板に、その日の試みを書き留めた。
「早い」
ダダが、感心したように呟いた。
三つ目は、白の点に、単独で潜んでいた大蜘蛛だった。
前に見た個体より、一回り小さい。
「ゴーレム」
カインの声に応じ、あの巨躯が、糸の網を正面から受け止める。
その隙に、ネリスが、脚を狙って爪を振るった。
一撃で、蜘蛛の動きが鈍る。
「今」
ミラのソードが、とどめを刺した。
コインを拾い上げながら、ノリアが板を確かめる。
「このペースなら、日が落ちる前に、追いつけるかも」
「追いつくだけじゃ、駄目でござろう」
ワングが、前を見据えた。
「捕まえて、確かめるまでが、今日の目的でござる」
途中、行く手を阻む魔物は、これまで通り確実に片付けていく。
だが今日は深追いをせず、最短の手数で切り上げる。
緑の気配を追うことに、力を割いた。
森が、次第に深くなっていく。
木々の間隔が狭まり、頭上の光も、少しずつ弱くなっていった。
「この辺り、来たことないな」
ダダが、周囲を見回す。
「地図にも、あまり詳しく載ってない場所」
ノリアが、板を確かめながら言った。
そこへ、黒い点が、割り込むように光った。
木の陰から、羽の生えた大きな影が飛び出す。
以前見た鳥とは違う、一回り大きな個体だった。
「上、また来るぞ!」
ダダが、盾を構える。
「ゴーレム、今度は正面から」
カインの合図に応じ、巨躯が前へ進み出た。
翼の一撃を受け止めながらも、ゴーレムは一歩も引かない。
「今のうちに」
ネリスが、影の足元をすり抜け、爪を振るった。
悲鳴とともに、影が地に落ちる。
とどめは、ワングの一閃だった。
コインは黒。
前より、わずかに大きな金属片が、羽の下から現れた。
昼を過ぎたころ、板の上の緑の光が、明らかに動きを鈍らせ始める。
「詰まってきてるでござる」
ワングの声に、緊張が混じった。
木々の向こうから、水音が、次第に近づいてくる。
風が変わり、湿った空気が、頬をかすめた。
視界が開けると、崖に沿って流れる、細い川が現れた。
緑の点は、その川縁に、留まったまま動かない。
「初めて、止まった」
ネリスが、小さく息を呑む。
「逃げ場、なくなったんだ」
ダダが、盾を握り直した。
「油断は禁物でござる。動かないのには、理由があるはず」
ワングが、皆を制した。
「確かに」
ノリアが、杖を構え直す。
板の上で、緑の光が、小さく瞬いていた。
まるで、こちらに気づいているかのように。
「行こう」
カインが、皆を振り返った。
六人は足音を抑えながら、川縁の緑の光へと静かに近づいていった。




