第109話「揺れた爪、名を持つ色」
マランの世界、連日投稿中です。
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二層に潜って、三日目になる。
板の上には、青と赤の四角が、すでに色を濃くしていた。
「今日は、まず、黄から、行こう」
ネリスが、板を確かめながら先を指す。
「賛成」
六人の声が、揃った。
森の中腹、黄色い光が、木の根元を淡く照らしている。
近づくと、円の中心に複数の光る繭のようなものが、ぶら下がっていた。
「あれ、何でござろう」
ワングが、目を細める。
繭の一つが、ぱちりと弾け、羽虫の群れが一斉に飛び立った。
「囲まれるぞ!」
ダダが、盾を構える。
羽虫は、一匹一匹は小さいが、数が尋常ではなかった。
「範囲、で行く」
ノリアが、杖を頭上に掲げる。
「業火弾!」
炎が、群れの中心を大きく飲み込んだ。
だが、燃え尽きたそばから、別の繭がまた弾ける。
「きりが、ない……!」
ミラが、丸盾で飛来する羽虫を、次々と払い落とす。
「繭、元から、絶とう」
ネリスが、木の根元へ、目を向けた。
繭は、全部で、七つ。
「拙者が、右から!」
ワングが、刀を一閃し、繭をまとめて切り裂いた。
「私は、左」
ネリスも、爪で残りの繭を次々と裂いていく。
繭が尽きると、羽虫の群れも、次第に勢いを失っていった。
「業火獄!」
ノリアの炎が、最後の一群を、跡形もなく消し去る。
「片付いた、な」
ダダが、額の汗を、拭った。
地面には、黄色いコインが、静かに残されていた。
「今回も、拾っとくか」
カインが、コインを、拾い上げる。
「色によって、モンスターの型、変わりそうだな」
ダダが、腕を組む。
「先、進もう」
ネリスが、短く言って、次の光へ足を向けた。
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木々をかき分けて進むと、緑の円の中心に、細長い影が蠢いていた。
鱗に覆われた、蛇のような体が、幾重にもとぐろを巻いている。
「大きいでござるな……」
ワングが、刀の柄に、手をかけた。
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蛇が、鎌首をもたげ、六人を見渡す。
「来る」
ネリスが、短く言うと同時に地を蹴った。
長い胴が、鞭のようにしなる。
「危ない!」
ダダが、盾で、割り込んだ。
衝撃に、足元の土が、大きく抉れる。
「毒、持ってるかもしれない。牙、気をつけて」
ミラが、鋭く、声を上げた。
「頼む」
カインが、手のひらを前へ向ける。
光とともに、あの姿が静かに現れた。
スルだった。
「ワカッタ」
短く答えると、スルが地を蹴る。
その動きは、いつも通り、澱みなかった。
牙の一撃を、紙一重でかわしていく。
「今日も、見事な避けっぷりでござるな」
ワングが、感心しながら、刀を構え直した。
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蛇の胴に、ワングとネリスが、左右から切り込む。
鱗が硬く、刃が、なかなか通らない。
「弱点、どこだ」
ダダが、盾を構えたまま、叫ぶ。
「首の下、鱗が薄い」
ネリスが、目を細めながら、答えた。
「業炎獄!」
ノリアの炎が、蛇の胴を大きく包み込む。
熱に炙られ、蛇が大きく身をよじった。
「そこだ!」
カインの声に、スルが、一気に間合いを詰める。
薄い鱗の下、首筋へ、爪が深く食い込んだ。
蛇が、断末魔とともに、光の粒となって消えていく。
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戦いの後、地面には緑のコインが散らばっていた。
スルが、そのうちの一枚を、拾い上げる。
「……」
その動きが、途中で、止まった。
「スル?」
カインが、様子に、気づく。
コインを、両手で包むように、スルの輪郭がかすかに揺らいでいた。
淡い光が、コインの表面を、じわりと伝っていく。
スルの手が、何かに、引っかかったように止まっていた。
「これ、何でござろう」
ワングが、身を乗り出す。
スルは、答えなかった。
ただ、光が収まるまで、コインをじっと握りしめていた。
「初めて、見た」
ネリスが、掠れた声で、呟く。
「拾ったコイン、今まで、何もなかったのに」
「たまたま、じゃなさそうでござるな」
ワングが、静かに、言った。
「スル」
ネリスが、静かに、声をかける。
返ってきたのは、いつもと同じ短い響きだけだった。
「ネリス」
それ以上の言葉は、なかった。
「無理に、聞き出さない方がいいでござろう」
ワングが、静かに、声をかけた。
「うん」
ネリスが、頷きながら、立ち上がる。
その目は、光を纏っていたコインから、離れなかった。
「戻ったら、確かめよう」
カインが、緑のコインを、丁寧に袋へしまった。
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その日のうちに六人は、クロスロードへ戻り、その足でアプレイザルへ向かった。
窓口には、見慣れた鑑定士が座っている。
「今日は、二層のコイン、ですか」
鑑定士が、コインを受け取りながら聞く。
「これ、ただの通貨じゃ、なさそうで」
カインが、経緯を、簡潔に、説明した。
召喚した仲間が、コインを手にした途端、輪郭を揺らがせ、コイン自体も淡く光を帯びたこと。
「そういった反応は、初めて聞きます」
鑑定士が、少し、驚いたように言う。
「詳しく、見てみましょう」
鑑定士が、コインを、台座の上に置く。
淡い光が、コインを、静かに包んだ。
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しばらくして、光が、収まる。
「これは……」
鑑定士が、記録紙に、目を走らせる。
「二層のコインは、その場所で冒険したパーティの記憶の残骸と、記録にあります」
「記憶の、残骸?」
ミラが、繰り返す。
「はい。倒れた冒険者や、力尽きたパーティの想いが、形を変えて迷宮に残る。そう考えられています」
鑑定士が、静かに続けた。
「色ごとに、宿る記憶が違う、ということですか」
カインが、確かめるように、聞く。
「おそらくは。今回のコインには、獣人族の気配が、色濃く残っています」
鑑定士の言葉に、ネリスの肩が、こわばった。
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「兄さんと、関係、あるってことですか」
ネリスが、身を乗り出す。
「断定は、できません」
鑑定士が、慎重に、言葉を選んだ。
「ただ、緑の場所には、獣人族に関わる記憶が、多く眠っている可能性はあります」
「充分、です」
ネリスが、静かに、答えた。
その声に、迷いは、なかった。
「ちなみに、こういったコインは、集めると何かに使えるんですか」
カインが、ふと、思いついたように、聞く。
「はい。エクスチェンジで、換金もできますが」
鑑定士が、記録紙を、めくりながら、答える。
「一定数、同じ色を集めると、その場所に眠る記憶を、断片的に覗けることがある、とも言われています」
「覗ける……」
ネリスが、繰り返す。
「あくまで、言い伝えの域を出ませんが」
鑑定士が、慎重に、付け加えた。
「試した冒険者が少ない、ということですか」
ミラが、聞く。
「二層自体、まだ、詳しい記録が多くありません。色ごとの必要枚数も、正確にはわかっていません」
「集めてみないとわからない、か…」
ダダが、静かに、言った。
「そうなります」
鑑定士が、頷く。
「危険なポイントも、多いと聞きます。無理はなさらないよう」
「気をつけます」
カインが、頭を下げた。
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窓口を離れ、外に出る。
夕暮れの光が、通りを、静かに染めていた。
「緑、集中的に回ろう」
ネリスが、皆を見回しながら、言う。
「賛成」
ダダが、迷いなく、頷いた。
「スルが、思い出すきっかけになるかもしれないでござるしな」
ワングも、静かに、続けた。
「焦らず、でも、確実に」
カインが、ネリスの肩に、そっと手を置く。
ネリスは、何も言わず、ただ小さく頷いた。
「獣人族の気配、か」
ダダが、腕を組みながら、呟く。
「兄さんに、関わる誰かかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ネリスが、静かに、言葉を、継いだ。
「今は、決めつけない方が、いいでござろう」
ワングが、静かに、言葉を、添える。
「うん。わかってる」
ネリスが、短く、答えた。
その声には、もう、焦りは感じられなかった。
森の奥、いくつも瞬いていた光のうち、緑だけがこれまでとは違う意味を持ち始めていた。
明日は、緑を追う。
六人は、そう決めて、宿への道を、歩き出した。
いかがでしょうか?
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