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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第二部 迷宮エア編 一層

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第107話「重ならぬ影、遠い言葉」

マランの世界、連日投稿中です。

当面、毎日2話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

戦いの余韻も冷めやらぬうち、異変に気づいたのは、ダダだった。


「おい、ゴーレムが……」


振り返ると、傍らにいたはずの巨躯が、光の粒となって、消えかけていた。


「え……」


カインが、慌てて手を伸ばす。


だが、間に合わなかった。


ゴーレムは、跡形もなく、消えてしまった。


まだ、戦いを、終えたばかりだった。


礼を言う暇すら、なかった。


「代わりに……」


ネリスの視線の先、崩れかけていた人影が、はっきりとした輪郭を、取り戻していく。


「一度に、一体しか、呼べないでござるか」


ワングが、顎に手を当てながら言う。


「そうみたいだ」


カインが、頷く。


自分の中の感覚を、そっと、確かめる。


たしかに、二つの気配を、同時には、留めておけなかった。


「じゃあ、呼んでない方は、どこにいるんだ」


ダダが、首をひねった。


「気配は、どっかにある。消えたわけじゃ、なさそうだ」


カインが、答える。


「異空間、とか」


ノリアが、興味深そうに、呟く。


「どこかで、休んでる、みたいな感じか」


カインが、自分に、言い聞かせるように呟いた。


その方が、少なくとも、気は楽だった。


「傷ついてる感じは、なかった。消えるとき、苦しそうでもなかったし」


ミラが、思い出しながら、付け加える。


「なら、多分、大丈夫だと思う」


ノリアが、腕を組みながら言う。


「あくまで、推測だけどな」


「今度、鑑定所で、聞いてみる価値、あると思う」


ノリアが、続ける。


「賛成」


ミラも、頷いた。


---


「二層に行く前に、もう少し、慣れておきたい」


カインが、六人を見回して、提案する。


「一層なら、危険も少ないでござるしな」


ワングが、同意した。


「賛成」


ネリスも、短く応じる。


そうして、六人は、もう一度、一層へ潜ることにした。


門の前で、カインが、六人を見回す。


「そういえば、名前、聞いてなかった」


「名前?」


ネリスが、聞き返す。


「呼ぶたびに、『対象』じゃ、味気ないだろ」


カインは、そう言って、手を掲げた。


光とともに、あの輪郭が、姿を現す。


「聞いていいか。お前の、名前」


しばらく、間があった。


「スル」


短く、返ってきた。


「スル」


ネリスが、小さく、繰り返す。


その響きを、確かめるように、もう一度。


「スル……」


胸の奥が、締めつけられるような、声だった。


門の前で、六人が、それを、静かに見守っていた。


---


「スル」


カインが、呼びかける。


「ナンダ」


短く、返ってきた。


言葉は、途切れがちで、どこか、機械的だった。


「戦い方、合わせたい。頼めるか」


「ワカッタ」


意外にも、すんなりと、意思は通じた。


だが、ネリスが、隣から、声をかけると。


「兄さん」


スルの反応は、名前を、ただ、繰り返すだけだった。


「ネリス」


それ以上の言葉は、返ってこなかった。


「他に、何か、話せない?」


ネリスが、食い下がる。


だが、スルは、ただ、彼女の名を、もう一度、口にするだけだった。


「ネリス」


ネリスの表情が、わずかに、曇る。


「私には、ここまでしか、話せないみたい」


「……そうか」


カインは、それ以上、踏み込まなかった。


「悪気があって、黙ってるわけじゃ、なさそうだ」


ミラが、ネリスの肩に、そっと、手を添える。


「うん」


ネリスは、小さく頷いたが、視線は、まだ、スルから、離れなかった。


---


一層の奥、獣型の魔物が、複数、現れた。


「スル、頼む」


指示すると、スルが、前へ、静かに、歩み出た。


「挑発」


短い言葉とともに、獣の視線が、一斉に、スルへ向く。


爪が、幾度となく、振るわれた。


だが、どれも、空を切る。


かすりもしない。


「なんだ、あの動き……」


ダダが、目を丸くする。


紙一重で、すべてをかわしていく。


体をひねり、半歩だけ引き、また、詰める。


まるで、次の一手が、最初から見えているようだった。


爪が、頬をかすめても、髪の一筋すら、乱れなかった。


「魔法以外、全部、避けてるでござるな」


ワングが、感心したように言う。


「大した、動きだ」


自分の刀の腕にも、自負のあるワングが、素直に、そう漏らした。


「一発も、当たってない、な」


ノリアも、目を細めながら、その動きを、追っていた。


少し離れた場所で、ネリスが、その動きを、じっと、見つめていた。


昔から、兄は、身のこなしが、誰よりも軽かった。


その記憶と、今、目の前にいる姿が、静かに、重なっていく。


「これじゃ、俺の出番がないな」


ダダが、苦笑いする。


「商売上がったりだ」


笑いながらも、隙を見て、ウォーハンマーを、思い切り叩きつけた。


「そっちは、任せた!」


盾役としてではなく、殴り役として、次々と、獲物を沈めていく。


一体、また一体と、群れが、数を減らしていく。


それでも、スルへの攻撃は、最後まで、一発も、当たらなかった。


「なんか、新鮮でござるな、この光景」


ワングが、笑いながら言った。


「私の出る幕、なさそうだ」


ネリスも、少し呆れたように、爪をしまう。


その後、別の一団が、詠唱とともに、光弾を放ってきた。


「今度は、ゴーレムだ」


カインが、切り替える。


スルが、光とともに、静かに、消えていった。


代わりに、あの巨躯が、姿を現す。


分厚い体が、飛んでくる光弾を、正面から、受け止めた。


「魔法は、こっちが、頼りになるでござるな」


ワングが、頷く。


「向き不向き、はっきりしてるでござるな」


「魔法系はゴーレム、物理系はスル。使い分ければ、いい」


カインが、まとめるように言った。


戦いを重ねるたび、その切り替えは、少しずつ、滑らかになっていった。


---


戦いが、落ち着いた頃。


六人は、一旦、休息を取ることにした。


岩陰に腰を下ろしながら、カインは、スルを、もう一度、呼び出した。


「少し、聞いていいか」


「ナンダ」


短い返事が、返ってくる。


「スルは、人間に戻ることは、できないのか」


しばらく、沈黙が、続いた。


風もない場所で、スルの輪郭だけが、かすかに、揺れていた。


「ソレハ、ナガイハナシニナル」


短く、そう答える。


「長い話……」


カインが、繰り返す。


「聞かせてくれないか」


「イマハ、ムリダ」


「なんで」


「ウマク、コトバニ、デキナイ」


もどかしそうな、間があった。


少し離れた場所で、ネリスが、黙って、二人のやり取りを、見つめていた。


その横顔には、期待と、不安が、入り混じっていた。


「二層に、何かあるのか」


カインが、重ねて聞く。


「ワカラナイ。デモ、カギハ、ソコニアル」


それだけ言うと、スルは、また、静かに、光の中へ、消えていった。


「カギ、か」


ダダが、腕を組みながら、呟く。


「行けば、わかることも、あるでござろう」


ワングが、静かに、言葉を添えた。


---


ネリスが、その光の残滓を、じっと見つめている。


「二層、か」


呟く声に、これまでとは違う、確かな決意が、滲んでいた。


「行けば、何か、わかるかもしれない」


カインが、隣に、並んだ。


「わかるよ、きっと」


ネリスは、何も言わず、ただ、小さく、頷いた。


その横顔に、迷いは、もう、なかった。


「よし」


ダダが、立ち上がりながら、声を張る。


「準備、整えて、二層に行くぞ」


六人は、それぞれ、頷き合った。


新しい仲間と、新しい階層。


その両方が、すぐそこに、待っていた。


歩き出しながら、カインは、自分の手のひらを、もう一度、見つめた。


一人で、何でもこなす万能士から、誰かの力を、借りて戦う召喚師へ。


その変化は、まだ、始まったばかりだった。


戸惑いも、まだ、消えたわけではない。


それでも、隣を歩く仲間たちの顔は、以前と、何も、変わっていなかった。


それだけで、十分だと、カインは、思った。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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