第107話「重ならぬ影、遠い言葉」
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戦いの余韻も冷めやらぬうち、異変に気づいたのは、ダダだった。
「おい、ゴーレムが……」
振り返ると、傍らにいたはずの巨躯が、光の粒となって、消えかけていた。
「え……」
カインが、慌てて手を伸ばす。
だが、間に合わなかった。
ゴーレムは、跡形もなく、消えてしまった。
まだ、戦いを、終えたばかりだった。
礼を言う暇すら、なかった。
「代わりに……」
ネリスの視線の先、崩れかけていた人影が、はっきりとした輪郭を、取り戻していく。
「一度に、一体しか、呼べないでござるか」
ワングが、顎に手を当てながら言う。
「そうみたいだ」
カインが、頷く。
自分の中の感覚を、そっと、確かめる。
たしかに、二つの気配を、同時には、留めておけなかった。
「じゃあ、呼んでない方は、どこにいるんだ」
ダダが、首をひねった。
「気配は、どっかにある。消えたわけじゃ、なさそうだ」
カインが、答える。
「異空間、とか」
ノリアが、興味深そうに、呟く。
「どこかで、休んでる、みたいな感じか」
カインが、自分に、言い聞かせるように呟いた。
その方が、少なくとも、気は楽だった。
「傷ついてる感じは、なかった。消えるとき、苦しそうでもなかったし」
ミラが、思い出しながら、付け加える。
「なら、多分、大丈夫だと思う」
ノリアが、腕を組みながら言う。
「あくまで、推測だけどな」
「今度、鑑定所で、聞いてみる価値、あると思う」
ノリアが、続ける。
「賛成」
ミラも、頷いた。
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「二層に行く前に、もう少し、慣れておきたい」
カインが、六人を見回して、提案する。
「一層なら、危険も少ないでござるしな」
ワングが、同意した。
「賛成」
ネリスも、短く応じる。
そうして、六人は、もう一度、一層へ潜ることにした。
門の前で、カインが、六人を見回す。
「そういえば、名前、聞いてなかった」
「名前?」
ネリスが、聞き返す。
「呼ぶたびに、『対象』じゃ、味気ないだろ」
カインは、そう言って、手を掲げた。
光とともに、あの輪郭が、姿を現す。
「聞いていいか。お前の、名前」
しばらく、間があった。
「スル」
短く、返ってきた。
「スル」
ネリスが、小さく、繰り返す。
その響きを、確かめるように、もう一度。
「スル……」
胸の奥が、締めつけられるような、声だった。
門の前で、六人が、それを、静かに見守っていた。
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「スル」
カインが、呼びかける。
「ナンダ」
短く、返ってきた。
言葉は、途切れがちで、どこか、機械的だった。
「戦い方、合わせたい。頼めるか」
「ワカッタ」
意外にも、すんなりと、意思は通じた。
だが、ネリスが、隣から、声をかけると。
「兄さん」
スルの反応は、名前を、ただ、繰り返すだけだった。
「ネリス」
それ以上の言葉は、返ってこなかった。
「他に、何か、話せない?」
ネリスが、食い下がる。
だが、スルは、ただ、彼女の名を、もう一度、口にするだけだった。
「ネリス」
ネリスの表情が、わずかに、曇る。
「私には、ここまでしか、話せないみたい」
「……そうか」
カインは、それ以上、踏み込まなかった。
「悪気があって、黙ってるわけじゃ、なさそうだ」
ミラが、ネリスの肩に、そっと、手を添える。
「うん」
ネリスは、小さく頷いたが、視線は、まだ、スルから、離れなかった。
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一層の奥、獣型の魔物が、複数、現れた。
「スル、頼む」
指示すると、スルが、前へ、静かに、歩み出た。
「挑発」
短い言葉とともに、獣の視線が、一斉に、スルへ向く。
爪が、幾度となく、振るわれた。
だが、どれも、空を切る。
かすりもしない。
「なんだ、あの動き……」
ダダが、目を丸くする。
紙一重で、すべてをかわしていく。
体をひねり、半歩だけ引き、また、詰める。
まるで、次の一手が、最初から見えているようだった。
爪が、頬をかすめても、髪の一筋すら、乱れなかった。
「魔法以外、全部、避けてるでござるな」
ワングが、感心したように言う。
「大した、動きだ」
自分の刀の腕にも、自負のあるワングが、素直に、そう漏らした。
「一発も、当たってない、な」
ノリアも、目を細めながら、その動きを、追っていた。
少し離れた場所で、ネリスが、その動きを、じっと、見つめていた。
昔から、兄は、身のこなしが、誰よりも軽かった。
その記憶と、今、目の前にいる姿が、静かに、重なっていく。
「これじゃ、俺の出番がないな」
ダダが、苦笑いする。
「商売上がったりだ」
笑いながらも、隙を見て、ウォーハンマーを、思い切り叩きつけた。
「そっちは、任せた!」
盾役としてではなく、殴り役として、次々と、獲物を沈めていく。
一体、また一体と、群れが、数を減らしていく。
それでも、スルへの攻撃は、最後まで、一発も、当たらなかった。
「なんか、新鮮でござるな、この光景」
ワングが、笑いながら言った。
「私の出る幕、なさそうだ」
ネリスも、少し呆れたように、爪をしまう。
その後、別の一団が、詠唱とともに、光弾を放ってきた。
「今度は、ゴーレムだ」
カインが、切り替える。
スルが、光とともに、静かに、消えていった。
代わりに、あの巨躯が、姿を現す。
分厚い体が、飛んでくる光弾を、正面から、受け止めた。
「魔法は、こっちが、頼りになるでござるな」
ワングが、頷く。
「向き不向き、はっきりしてるでござるな」
「魔法系はゴーレム、物理系はスル。使い分ければ、いい」
カインが、まとめるように言った。
戦いを重ねるたび、その切り替えは、少しずつ、滑らかになっていった。
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戦いが、落ち着いた頃。
六人は、一旦、休息を取ることにした。
岩陰に腰を下ろしながら、カインは、スルを、もう一度、呼び出した。
「少し、聞いていいか」
「ナンダ」
短い返事が、返ってくる。
「スルは、人間に戻ることは、できないのか」
しばらく、沈黙が、続いた。
風もない場所で、スルの輪郭だけが、かすかに、揺れていた。
「ソレハ、ナガイハナシニナル」
短く、そう答える。
「長い話……」
カインが、繰り返す。
「聞かせてくれないか」
「イマハ、ムリダ」
「なんで」
「ウマク、コトバニ、デキナイ」
もどかしそうな、間があった。
少し離れた場所で、ネリスが、黙って、二人のやり取りを、見つめていた。
その横顔には、期待と、不安が、入り混じっていた。
「二層に、何かあるのか」
カインが、重ねて聞く。
「ワカラナイ。デモ、カギハ、ソコニアル」
それだけ言うと、スルは、また、静かに、光の中へ、消えていった。
「カギ、か」
ダダが、腕を組みながら、呟く。
「行けば、わかることも、あるでござろう」
ワングが、静かに、言葉を添えた。
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ネリスが、その光の残滓を、じっと見つめている。
「二層、か」
呟く声に、これまでとは違う、確かな決意が、滲んでいた。
「行けば、何か、わかるかもしれない」
カインが、隣に、並んだ。
「わかるよ、きっと」
ネリスは、何も言わず、ただ、小さく、頷いた。
その横顔に、迷いは、もう、なかった。
「よし」
ダダが、立ち上がりながら、声を張る。
「準備、整えて、二層に行くぞ」
六人は、それぞれ、頷き合った。
新しい仲間と、新しい階層。
その両方が、すぐそこに、待っていた。
歩き出しながら、カインは、自分の手のひらを、もう一度、見つめた。
一人で、何でもこなす万能士から、誰かの力を、借りて戦う召喚師へ。
その変化は、まだ、始まったばかりだった。
戸惑いも、まだ、消えたわけではない。
それでも、隣を歩く仲間たちの顔は、以前と、何も、変わっていなかった。
それだけで、十分だと、カインは、思った。
いかがでしょうか?
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