第105話「黒に宿る影、突きつけられた選択」
マランの世界、連日投稿中です。
当面、毎日2話投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
エアの門をくぐると、いつもの、少し軋むような静けさが六人を迎えた。
数日前まで、ノアの氾濫と向き合っていたことが、嘘のようだった。
同じ通路、同じ光、同じ緊張感。
「ノアのあれ、遠い昔みたいに感じるでござるな」
ワングが、刀の柄に手をかけながら呟く。
「本当に」
ミラが、静かに頷いた。
現れた魔物の群れを、六人は、いつも通りの手順で片付けていく。
ダダが受け、カインが突き、ネリスが仕留める。
危なげない、見慣れた光景だった。
だが、カインだけが、どこか上の空だった。
「カイン、集中」
ネリスの声に、我に返る。
「悪い」
短く謝りながらも、頭の隅に、何かが、ずっと引っかかっていた。
あの日、ガラントが漏らした一言。
「呼ばれた気がした」
理由のわからないその言葉が、耳の奥に、こびりついたまま離れなかった。
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「今日は、黒だけ」
先頭を歩くネリスが、迷いなく言う。
「遠回りみたいだけど、それが一番近い」
「案内、頼む」
カインが、頭を切り替えるように答えた。
通路は、いつものように、姿を変え続けていた。
石の壁が、途中で鉄格子になり、また石に戻る。
「黒って、どんな場所なんだろうね」
ミラが、不安げに呟く。
「行けば、わかる」
ノリアが、素っ気なく返した。
長い迂回の末、たどり着いた先は、これまでのどの部屋とも違っていた。
光源がない。
それなのに、周囲は、うっすらと見渡せた。
壁も、床も、闇そのものでできているようだった。
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部屋の中央に、蹲る影があった。
黒い毛並み。
丸い耳。
金色に見えた瞳は、よく見ると、濁った赤だった。
「エランド……?」
ネリスが、思わず、声を漏らす。
「違う」
ノリアが、即座に否定した。
「あれは、エランドじゃない」
影が、ゆっくりと、頭をもたげる。
その瞬間、影が、二つに、三つに、増えた。
「増えた!?」
ダダが、盾を構え直す。
四体の黒猫が、同時に、こちらを見た。
どれも、同じ姿。
同じ気配。
どれが本物か、見分けがつかなかった。
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「囲まれるぞ、散開!」
カインの声に、六人が、跳ぶ。
一体が、ワングへ跳びかかった。
刃が、影を斬る。
だが、手応えがなかった。
斬った影が、煙のように崩れ、また元の姿に戻る。
「幻でござるか」
「本体は、一体だけのはず……!」
ミラが、丸盾を構えながら叫ぶ。
「業火弾!」
ノリアの炎が、二体を同時に飲み込んだ。
一体は、悲鳴を上げて消えた。
もう一体は、何事もなかったように、平然としていた。
「今の、当たったのに……!」
「本体じゃない、ってことか」
ダダが、歯を食いしばりながら言う。
四体の猫は、絶えず位置を入れ替え、六人を翻弄し続けた。
爪が、影を裂く。
刃が、幻を斬る。
だが、本物には、なかなか届かなかった。
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「終焉!」
ノリアの声が、響く。
灼熱の光が、二体を、跡形もなく消し去った。
「まだ、二体……!」
肩で息をしながら、次を、すぐに唱える。
「終焉!」
二度目の光。
一体が、消える。
だが、最後の一体だけは、光の中を、すり抜けるように逃げた。
「あれが……」
ノリアの膝が、震えていた。
チャージの残りが、もう、わずかしかない。
「拙者が、押さえるでござる!」
ワングが、刀を構え、最後の一体へ、間合いを詰める。
金縛りが、届かない。
いなしても、いなしても、次の爪が、絶えず襲ってくる。
「浄光!」
ミラの光が、疲れの見え始めたワングを、すぐに包んだ。
「感謝!」
礼を言う間もなく、次の攻防が始まる。
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「見分けが、つかない……」
カインが、荒い息の合間に、呟く。
その時、脳裏に、閃くものがあった。
第四階梯、真贋の瞳。
まだ一度も、使ったことのない、最後の一枠。
「真贋の瞳!」
唱えた瞬間、視界が、一変した。
四体に見えていた影のうち、三体が、輪郭を失い、薄れていく。
残る一体だけが、確かな実体を持って、そこにいた。
「そこだ、右!」
カインが、叫ぶ。
「そこでござるな!」
ワングの刀が、初めて、確かな手応えを返した。
「終焉!」
ノリアが、最後の力を振り絞る。
三度目の光が、黒い影を、大きく飲み込んだ。
崩れ落ちる寸前、猫は、なおも、逃げようともがいた。
「決める!」
カインが、地を蹴る。
一直線に、剣を突き入れた。
刃が、確かな肉を、貫く感触があった。
黒い影が、大きく、震える。
やがて、闇に溶けるように、消えていった。
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静寂が、戻ってきた。
六人は、しばらく、立ち尽くしたまま、動けなかった。
「終わった……のか」
ダダが、盾を下ろしながら、呟く。
「終わった」
ネリスが、短く答えた。
奥に、これまでの部屋と同じ、小さな建物が見えた。
黒い扉が、静かに開いている。
六人は、疲れた足を、そこへ向けた。
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扉をくぐった先、部屋の中央に、それは、いた。
黄金の毛並みを持つ、あの猫。
本物の、エランドだった。
「ここまでよく来た」
静かな声が、部屋に響く。
「二層への鍵を渡す」
差し出された前脚の下に、羊皮紙の地図が、ふわりと浮かんだ。
一層の入り口にあったものと、よく似た模様が、描かれている。
「それがあれば、直接、二層に飛べる」
エランドが、続ける。
「そして、今後、探すべきものを探す一助になるだろう」
「探すべきもの、って……」
カインが、聞き返す。
エランドは、答えなかった。
代わりに、金の瞳を、まっすぐ、カインへ向けた。
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「カイン。お前には、話がある」
名指しされ、カインの背筋が、伸びた。
「万能士は、何でもできる。だが、レベルの上がり方は、著しく遅い。これは、どうにもならない」
淡々とした声だった。
「万能士をやめて、他職に転職するか」
「ただし、レベルも下がる。今から転職すれば、皆の足を、引っ張ることになるだろう」
「もう一つの道は」
エランドが、続ける。
「各自の能力に応じた、スキルの獲得だ」
「カイン、お前には、面白い才能がある」
「他者との繋がりを作り、活用する能力だ」
その言葉に、カインは、息を呑んだ。
繋ぐこと。
それは、ずっと、自分の型だと思ってきたものだった。
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「そのために、スキル発現の準備が、すでに進められている」
「新しい魔法の習得は、もう、できなくなっているはずだ」
「代わりに、他者への働きかけは、以前より、強くなっているだろう」
ずっと止まっていたレベル。鑑定士が「あまり例のないこと」と首をひねった、あの日から。
増えなかった呪文。
その理由が、今、初めて、繋がった。
「その、他者との関わりを強化するスキル」
エランドが、言葉を切る。
「それは、『召喚』と呼ばれるものだ」
カインは、理解が、追いつかなかった。
「『召喚』を獲得すれば、条件を満たした魔物を呼び出し、ともに戦うことができる」
「ただし、万能士としてのレベル向上は、さらに困難になるだろう」
「まさに、究極の選択だ」
万能士のまま、遅い成長を受け入れるか。
他職へ転じ、皆に遅れるか。
未知のスキル、『召喚』に、賭けるか。
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「……時間、もらえるか」
カインが、絞り出すように、言う。
「時間は、ない」
エランドが、静かに、答えた。
「今、ここで、決めろ」
五人の視線が、カインに集まる。
長い沈黙が、落ちた。
誰も、口を挟まなかった。
これは、カイン自身が、決めるべきことだと、皆、わかっていた。
「……決めた」
カインが、顔を上げる。
「『召喚』を、取る」
迷いのない声だった。
「一人で、何でもやることに、こだわりはない」
「繋げる力があるなら、それを、伸ばしたい」
エランドの瞳が、わずかに、細まった。
「良い、選択だ」
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「では、おまけを、一つ」
エランドが、続ける。
「召喚の対象は、特定の魔物に限られる」
「戦う相手が対象かどうかは、お前自身が、感じ取れるようになるはずだ」
「例えば」
エランドの目が、静かに、ネリスへ向いた。
「そこにいる、ネリスの兄なんかも、そのうちの一つだ」
「……え?」
ネリスの声が、凍りついた。
「兄、さん……?」
カインも、言葉を失う。
その名を、この場で聞くとは、思っていなかった。
混乱するネリスと、カイン。
その二人を、エランドは、ただ静かに、見つめていた。
「では、さらば」
言い終えると、その姿は、光の粒となって、かき消えた。
黒い部屋に、六人の荒い息だけが、残された。
いかがでしょうか?
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