第104話「潜り抜けた牙、届いた一投」
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一方、クロスロードの最前線では、三人が、抜けてくる魔物を捌き続けていた。
「来るぞ!」
カインの声に、ダダが盾を構え直す。
甲殻型が、木柵の隙間から、身をよじって現れた。
「そこ!」
ネリスが、低く踏み込む。
爪が、関節を正確に捉えた。
崩れ落ちる敵を跨いで、すぐ次の敵へ向き直る。
背後から迫っていたもう一体を、カインの剣が、間一髪で切り払った。
「危なかった、それ」
ネリスが、振り返らずに言う。
「言われなくても、わかってる」
軽口を返す余裕は、まだ残っていた。
数は、それほど多くない。
途切れることなく、次から次へ、というほどでもない。
それでも、休む暇は、一切なかった。
「一体、片付いたと思ったら、もう次か」
カインが、剣についた黒い体液を払いながら呟く。
「文句言う暇、あるのか」
ダダが、盾越しに返す。
「ないな」
短く答えて、剣を構え直した。
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擬態型が、木柵の陰から、飛びかかってきた。
「上!」
ネリスの声に、カインが咄嗟に剣を構える。
刃が、宙で敵を捉え、地面に叩き落とした。
「助かった」
「礼はいい。次来る」
短いやり取りの間にも、次の影が、木柵の隙間から滲み出てくる。
ダダが、正面から二体を、盾で押し止めた。
「重いな、地味に」
呟きながらも、足は下がらない。
その脇を、ネリスが低く駆け抜け、敵の側面を切り裂いていく。
三人の連携は、乱れていなかった。
ダダが受け止め、カインが確実に急所を突き、ネリスが二人の間をすり抜けてこぼれた敵を仕留める。
代わり映えのしない繰り返しだったが、その繰り返しこそが、これまで積み上げてきた型だった。
ただ、疲労だけが、じわじわと積み重なっていく。
「魔法があれば、少しは楽なんだけどな」
カインが、汗を拭いながら呟く。
「言うな。ないもんは、ない」
ダダが、盾を構え直しながら答えた。
「わかってる」
苦笑いする間もなく、次の敵が、木柵の隙間から現れる。
そのやり取りを、何度、繰り返しただろうか。
腕の感覚が、少しずつ、鈍くなっていくのがわかった。
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その時だった。
木柵の向こう、ノアの入り口が、大きく軋んだ。
「なんだ、あの音」
ネリスが、耳を伏せる。
軋みは、次第に大きくなり、やがて、入り口そのものが、内側から押し広げられた。
現れたのは、これまでとは、比べものにならない巨躯だった。
分厚い甲殻。
節くれ立った長い胴体。
「あれは……」
カインの声が、掠れた。
「グラヴォル」
ダダが、低く呟く。
「いや」
ネリスが、首を振る。
「あの日のとは、違う。深層で、見たやつだ。しかも、でかい」
三人の間に、緊張が走った。
以前、三層で、五人がかりで、辛うじて仕留めた相手だった。
その記憶が、まざまざと蘇る。
「あの狭い入り口、どうやって……」
カインが、呟く。
答えは、誰にもわからなかった。
「考えるのは、後だ!」
ダダが、盾を構え直しながら叫んだ。
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グラヴォルの一撃が、地面を割った。
三人は、辛うじて散開する。
「デカい分、遅い。狙える!」
カインが、隙を突いて、剣を突き入れる。
刃は、甲殻の継ぎ目を捉えた。
だが、浅い。
「硬い……!」
「こっちも!」
ネリスが跳び、関節を狙って爪を振るう。
手応えはあった。
だが、致命傷には、程遠かった。
長い胴体が、しなるように振り回される。
「潜られるぞ、気をつけろ!」
ダダが、叫ぶ。
以前、三層で相まみえた個体は、地面に潜って不意を突いてきた。
その記憶が、三人の頭を、一瞬よぎる。
だが、今回のグラヴォルは、潜らなかった。
代わりに、太い尾が、地を這うように薙いできた。
「跳べ!」
カインの声に、三人は、辛うじて飛び退く。
尾の先端が、木柵の一部を、易々と粉砕した。
「これ、前より、力が上でござる……いや、まずいな」
ダダが、思わず口走る。
「今、拙者っぽかったぞ」
カインが、緊張の中でも、軽口を挟む。
「うるさい、今はそれどころじゃない」
言い返しながらも、盾を構え直す手は、止まらなかった。
相手の攻撃は、三人に届いていない。
三人の攻撃も、相手に十分には届いていない。
睨み合いに近い、消耗戦だった。
じりじりと、間合いだけが、詰まったり離れたりを繰り返す。
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「やっぱり、前衛だけで魔法がないのは、きついな……」
カインが、荒い息の合間に、本音を漏らす。
「今更、言うな」
ダダが、盾で一撃を受け止めながら、答える。
衝撃が、腕から肩へ、鈍く突き抜けた。
何度目かの受け止めで、盾を持つ腕が、明らかに震え始めていた。
「ダダ、代わろうか」
カインが、気づいて声をかける。
「まだ、大丈夫だ」
強がりだと、自分でもわかっていた。
それでも、足は、前から動かさなかった。
グラヴォルが、上体を大きく持ち上げる。
次の一撃が、これまでで一番、重いことは、構えの角度でわかった。
「来る、踏ん張れ!」
ダダが、盾を両手で支え直す。
踏ん張った足が、地面の血だまりで、大きく滑る。
「うわっ……!」
体勢が、大きく崩れた。
「ダダ!」
ネリスの声が、裏返る。
グラヴォルの太い前脚が、崩れたダダへ向けて、振り下ろされようとしていた。
間に合わない。
誰の目にも、そう見えた。
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その時、背後から、鋭い風切り音が走った。
一直線に伸びた槍が、グラヴォルの右目を、深々と貫いた。
「グワァァ!!!」
聞いたことのない甲高い悲鳴が、あたりに響く。
巨躯が、大きくのけぞった。
「今だ!」
カインが、叫ぶ。
見えない側からの一撃に、グラヴォルの反応が、明らかに遅れていた。
「くらえ!」
ダダが、体勢を立て直し、盾ごと体当たりする。
「そこ!」
ネリスが、露わになった脇腹へ、深く爪を打ち込んだ。
「決める!」
カインの剣が、痙攣する首元を、一直線に貫いた。
巨躯が、大きく震え、やがて、ゆっくりと崩れ落ちていく。
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静けさが、戻ってきた。
三人は、荒い息のまま、しばらく動けなかった。
「今の、槍……」
カインが、振り返る。
木柵の向こう、酒場の方角から、大股でこちらへ歩いてくる、大柄な影があった。
「ガラントさん!?」
ダダが、目を丸くする。
「よう。派手にやってるな」
ガラントが、軽い調子で、片手を上げた。
その足取りには、緊迫した戦場に不釣り合いなほどの、余裕があった。
「今の、あんたが……」
ネリスが、倒れたグラヴォルと、ガラントを、交互に見る。
「たまたま、通りかかっただけだ」
ガラントが、あっさりと言う。
「たまたまで、あの一投は、無理でしょう」
カインが、食い下がる。
「あの距離、あの一瞬で、右目一点。素人の槍じゃない」
「たまたま、って顔じゃなかったな、さっき」
ダダも、横から言葉を重ねる。
ガラントは、一瞬、言葉に詰まった。
「……妙に、胸騒ぎがしてな」
自分でも要領を得ないという顔で、続ける。
「酒場で片付けものをしてたら、いきなり、誰かに呼ばれた気がした」
「呼ばれた?」
カインが、聞き返す。
「さあな。声が聞こえたわけじゃない。ただ、体が先に動いてた」
ガラントが、自分の手のひらを、不思議そうに見下ろす。
「柄にもなく、奥から槍を引っ張り出して、走ってた。理由は、自分でも、よくわからねえ」
それ以上は、深く考えないというように、話を切り上げる。
「昔取った杵柄、ってやつだよ」
ガラントは、それだけ言って、崩れた敵の傍らに落ちた槍を、拾い上げた。
槍を握るその手つきに、酒場の店主のものとは思えない、確かな重みがあった。
指の掛け方、重心の乗せ方、どれも、慣れた者だけが持つ滑らかさだった。
「昔って、どれくらい昔ですか」
ダダが、恐る恐る聞く。
「さあな。忘れた」
軽く流されて、それ以上、踏み込めなかった。
「追いますか?」
ダダが、話を変えるように聞く。
「今日のところは、これでいい」
ガラントが、槍を、ひょいと肩に担ぐ。
「お前らが、よく凌いだ。それで十分だ」
その一言に、三人の張り詰めていた肩から、力が抜けた。
「助かりました、本当に」
ネリスが、素直に頭を下げる。
「礼はいらねえよ。それより、飲みに来い。奢ってやる」
その笑顔は、いつもの「酒場の親父」のものに、戻っていた。
だが、ほんの一瞬だけ見えた槍捌きが、三人の記憶に、深く焼きついていた。
「ガラントさん、あなたは、一体……」
カインの問いに、ガラントは、答えなかった。
ただ、崩れ落ちたグラヴォルの巨躯を、少しだけ、遠い目で見つめていた。
その横顔が、いつもの陽気な店主とは、別人のように見えた一瞬を、三人とも、はっきりと覚えていた。
いかがでしょうか?
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