第101話「再びの黄、示された行方」
マランの世界、毎日投稿中です。
ストックが少なくなってきたので
当面、3話投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
六人にしか見えない板の上で、赤・青・緑の四角には、もう色濃く光が宿っている。
四つ目、黄の四角だけが、まだ淡いままだった。
その先には、白と黒が残っている。
六色すべてに触れるまで、まだ道のりは長い。
「今日は黄を目指す」
カインが板を懐にしまいながら言う。
「賛成」
六人の声が揃った。
「白と黒は、まだ遠いんだよな」
ダダが板を覗き込みながら聞く。
「遠い。でも、順番に、でいい」
ネリスが答える。
「一つずつ、確かめていけば、いつかは全部、分かる」
以前、誰かが言った言葉を、ダダが繰り返した。
「よく覚えてるな、そんなの」
カインが軽く笑う。
「忘れる方が、難しいだろ」
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エアの門をくぐると、いつものように板の質感が柔らかく変わる。
丸い印が、黄の方角を示していた。
だが、通路の景色に、見覚えはない。
石造りだった壁が、少し進むと木の板張りに変わっている。
「今日も、勝手に作り替わってるでござるな」
ワングが、壁に軽く触れながら呟く。
「毎回だろ、それは」
ダダが返す。
分かれ道に差しかかるたび、ネリスが迷いなく方向を選んでいった。
「こっち」
「よく、それで分かるな」
カインが感心したように言う。
「分かる。前より、はっきり」
加護をもらってから、迷ったことは一度もない。
板の丸い印は、ネリスが選ぶ方向と、いつもぴたりと重なっていた。
「道案内、様々だね」
ミラが、小さく笑う。
構造がどれだけ入れ替わっても、迷わず進める。
それだけで、探索の重さが、以前とはまるで違っていた。
「加護なしの頃、よく毎回、迷わず戻れてたな、俺たち」
ダダが、ふと思い出したように言う。
「戻れてない日も、あったでござろう」
ワングが、静かに訂正する。
「……そうだったな」
ダダが、苦笑いした。
天井の高さが、また唐突に変わる。
石造りだった通路が、いつの間にか、金属の壁に囲まれていた。
「ここまで変わると、さすがに落ち着かないね」
ミラが、壁に触れながら言う。
「落ち着く必要、ない。進むだけ」
ネリスが、前を向いたまま答えた。
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やがて、黄の壁に囲まれた部屋にたどり着く。
これまでの赤や青、緑の部屋とは、また違う造りだった。
床には、幾何学模様が、淡く発光しながら広がっている。
部屋の中央に、影がひとつ、そそり立っていた。
馬の胴。その上に、女性の上半身。
両手にはそれぞれ、大きな斧。
「この型は、初めて見るでござるな」
ワングが、刀の柄に手をかける。
「見たことなくても、やることは同じ」
ネリスが短く言った。
問答をしている暇はなかった。
魔物が、地を蹴る。
「散開!」
カインの声に、六人がそれぞれの位置へ跳ぶ。
ダダが正面で盾を構え、斧の一撃を受け止めた。
金属同士がぶつかり、耳障りな音が響く。
「重いな、こいつ」
歯を食いしばりながら、ダダが押し返す。
その隙に、ワングが左から、ミラが右から斬りかかった。
魔物は両手の斧を返し、二人の刃を同時に払う。
いなす、というより、力任せに弾く動きだった。
ミラの丸盾が、衝撃で腕ごと押し上げられる。
「まだまだ」
体勢を立て直しながら、ミラがすぐに間合いを詰め直した。
ワングは、逆に一歩下がって間合いを測り直す。
「力押しは、拙者たちの型ではないでござるな」
呟くように言って、刀を低く構え直した。
正面から受けず、軌道の端をなぞって流す。
そのやり方に、少しずつ魔物の動きが乱れ始めていた。
(あの動き、癖がある)
ネリスは、魔物の腰から下、馬の胴の付け根あたりを見ていた。
斧を振るうたび、上半身がわずかにねじれる。
そのねじれが戻る一瞬、脇腹ががら空きになる。
二度、三度と、同じ間合いを見た。
魔物が斧を振り上げる。
「来る」
短く声をかけると、ダダが体ごと割り込んだ。
盾に受けた斧が、床を大きく削る。
その反動で、魔物の上半身がまた、わずかにねじれた。
「今」
短く言って、地を這うように踏み込む。
爪が、胴に食い込んだ。
魔物が大きく揺れる。
「雷殺!」
ノリアの声とともに、雷が魔物を貫いた。
「カイン、決めて」
「了解」
体勢を崩した魔物へ、カインが畳みかける。
一撃、また一撃。
崩れ落ちるまで、そう時間はかからなかった。
六人の息が合っていた。
誰も声を掛け合わなくても、次に何をすべきかが分かる。
そういう戦い方に、いつの間にかなっていた。
「これで、片付いたでござるな」
ワングが刀を鞘に収めながら言う。
「ああ。にしても、初見にしちゃ、いい動きだったな、みんな」
カインが、周囲を見渡しながら呟いた。
魔物が消えたあとには、光の粒も、ドロップも残らなかった。
「今回は空振りか」
「別に、毎回何か落ちるわけじゃない」
ノリアが、素っ気なく返す。
その時だった。
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魔物が消えたあとの部屋は、静けさだけが残っていた。
姿は見えない。
だが、気配がある。
空気の密度が、わずかに変わった気がした。
「ネリス」
聞き覚えのある声。
黄金の猫、エランドのものだった。
ネリスの体が、こわばる。
「君の兄は、このエアに捕らわれている」
「死んでいるとも、生きているともいえる状態だ」
言葉が、すぐには頭に入ってこなかった。
「君たちなら、その状態から救うことが可能かもしれない」
「兄さんを……」
声が、かすれた。
続きが出てこない。
ダダが、隣でそっと肩に手を置いた。
何も言わずに。
気配は、それだけでは終わらなかった。
「他の五人も、私に聞きたいことはあるだろう」
「だが、今は答える時ではない」
ミラが、何か言いかけて、口を閉じる。
ノリアの視線が、一瞬カインに向いた。
「まあ」
声の調子が、わずかに変わる。
面白がっているような響きが混じった。
「カインの疑問は、もうすぐ解けるだろうが」
カインだけが、その意味を測りかねていた。
自分に、何が向けられているのか。
「待ってくれ、それはどういう」
問い返そうとしたが、遅かった。
気配は、すでに薄れ始めている。
声も、消えた。
部屋の中に、六人分の息づかいだけが残る。
「カイン、大丈夫でござるか」
ワングが、横から覗き込む。
「ああ、ちょっと考え事」
自分に向けられた「疑問」が、何を指しているのか。
心当たりが、まるでない。
(呪文が伴わないレベルアップ、のことか)
そこまで考えて、頭を振った。
今、答えの出ることではない。
「珍しいな、お前が黙り込むの」
ダダが茶化すように言う。
「うるさい」
軽く言い返しながらも、カインの目は笑っていなかった。
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しばらく、誰も口を開かなかった。
「捕らわれてる」
やがて、ネリスが誰にともなく呟く。
「それだけじゃ、どこにいるかも分からない」
「うん」
ミラが、静かに頷いた。
「それでも」
「それでも、生きてるかもしれない、ってことは分かった」
ネリスが、自分の言葉を確かめるように、繰り返した。
「わからないことの方が、まだ多い」
ノリアが、板を見下ろしながら言う。
「エアそのものが、そういう場所だからな」
カインが、静かに続けた。
「わからないまま、進むしかない」
「今までも、そうだったでござる」
ワングが、刀の柄に触れながら言った。
「今日、初めて分かったことが、ひとつだけあった」
「それだけで、十分」
ダダが、短く言い切る。
反対する者は、誰もいなかった。
ネリスは、しばらく黄の壁を見上げていた。
「五歳、上だった」
ぽつりと、独り言のように漏らす。
「昔は、やたら飯を食う奴だった」
誰かに聞かせるための言葉ではなかった。
それでも、六人全員に届いていた。
ミラが、ネリスの背に、そっと手を添える。
何も言わずに。
黄の壁を背に、六人は歩き出す。
板の上には、まだ白と黒の色が、淡く残っていた。
行き先は、今日も、歩いてみるまで分からない。
それでも、迷う足取りはなかった。
道案内の加護がある限り、迷いはしない。
だが、辿り着いた先に何があるかまでは、加護も教えてくれなかった。
それを確かめるのは、結局、自分たちの足しかない。
六人は、変わり続ける通路の中を、また静かに進み始めた。
いかがでしょうか?
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