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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第二部 迷宮エア編 一層

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第100話「近づいた黄、届かなかった声」

マランの世界、毎日投稿中です。

ストックが少なくなってきたので

当面、3話投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

板の上、黄色い四角が、静かに、光っていた。


赤も、青も、すでに、越えている。


残る色は、まだ、いくつも、あった。


「今日は、黄、でござるな」


ワングが、板を、覗き込みながら、言う。


「うん」


カインが、頷いた。


---


歩きながら、ネリスは、少し、離れた場所を、見つめていた。


(黄色い場所にも、何か、いるんだろうか)


漠然とした、不安が、胸の奥に、あった。


理由は、自分でも、はっきりとは、言葉に、できなかった。


---


深層のどこかにいる、という噂。


ずっと、記録を、集め続けてきた。


似た特徴の魔物の話を見るたび、心臓が、跳ねた。


その正体を、ネリスは、まだ、誰にも、話していない。


「お金のため」


パーティのみんなには、そう言ってある。


嘘では、なかった。


だが、それだけでも、なかった。


---


兄は、ネリスより、五つ、年上だった。


エアに潜ったまま、帰ってこなかった。


もう、何年も、前のことだ。


---


生きているとは、思っていない。


それでも、確かめたかった。


どんな形であれ、兄が、どこかに、いるなら。


その事実だけは、知りたかった。


---


ワングの、旧知の姿が、モンスターとなって、現れた時。


あの日から、ネリスの中で、何かが、変わっていた。


死んだ者が、いずれ、モンスターとして、生まれ変わる。


教義でしか、なかった話が、目の前で、確かに、起きていた。


---


だから、ミラとノリアが、二人だけで、九層に、潜った時。


あれほど、強く、怒ってしまった。


(誰かを、失うかもしれない場所に、勝手に、行かないでほしい)


その思いが、抑えられなかった。


---


「ネリス、大丈夫か」


ダダの声に、我に返る。


「大丈夫」


短く、答えた。


いつもの、短いやり取りだった。


ダダは、それ以上、聞いてこなかった。


---


やがて、通路の先、開けた広間が、見えてきた。


その中央に、これまでにない、巨大な影が、立っていた。


「あれ……」


ミラが、思わず、息を、呑む。


---


見上げるほどの、大柄な獣人。


その左右に、もう二体、小柄な獣人が、控えていた。


「三体……」


カインが、剣の柄に、手を、かける。


「大きい方は、間違いなく、格上でござるな」


ワングが、静かに、言った。


「獣人族……」


ネリスが、小さく、呟く。


三体とも、纏う気配が、これまで戦ってきた魔物とは、明らかに、違っていた。


同じ、種族の、姿をしていた。


---


「ダダ、ワング、大きい方を」


カインが、素早く、指示を、出す。


「ミラ、ネリス、残りの二体を」


「了解!」


ダダが、盾とハンマーを、構え直す。


---


「私と、ネリスで」


ミラが、静かに、頷く。


「うん」


ネリスも、爪を、構えた。


その視線が、二体のうちの、一体に、吸い寄せられていた。


---


戦いが、始まる。


ダダが、巨大な獣人の前に、立ちはだかった。


「重い……!」


一撃を、盾で、受け止めながら、低く、唸る。


その隙に、ワングが、横合いから、刀を、振るった。


---


ミラが、小柄な一体へ、迷いなく、踏み込む。


ロングソードが、正確に、その胸を、貫いた。


「一撃……!」


心臓の位置を、寸分違わず、捉えていた。


崩れ落ちる、その体を、ミラは、静かに、見送った。


---


「雷殺」


ノリアの声が、響く。


雷が、巨大な獣人を、正確に、貫いた。


「ひるんだ、今!」


ダダが、叫ぶ。


ウォーハンマーが、巨体へ、深々と、打ち込まれた。


---


「はあっ!」


ワングの刀が、胴を、鋭く、払う。


巨体が、大きく、揺らいだ。


---


だが、その一方で。


ネリスは、動けずにいた。


残るもう一体の、獣人と、見つめ合ったまま。


---


その獣人は、攻撃を、仕掛けてこなかった。


ただ、じっと、ネリスを、見つめていた。


その目に、見覚えが、あった。


---


「ネリス……」


低く、唸るような、声が、聞こえた。


言葉に、なりきらない、掠れた響き。


それでも、確かに、その名を、呼んでいた。


---


「兄、さん……?」


ネリスの唇から、震える声が、こぼれた。


爪を、構えたままの手が、動かなくなっていた。


記憶の中の、兄の声と、重なる。


低く、優しい、あの響き。


会うことは、二度と、ないと、思っていた。


---


「ネリス!」


ミラの声が、遠くで、響く。


だが、その声すら、今のネリスには、届いていなかった。


---


巨大な獣人が、大きく、傾いた。


ダダとワングの、最後の一撃が、決まったのだと、後になって、わかった。


崩れ落ちる、巨体。


それと、同時に。


---


ネリスと、見つめ合っていた、人影が、静かに、消えた。


言葉も、姿も、何一つ、残さずに。


---


「ネリス、大丈夫!?」


ミラが、駆け寄る。


だが、ネリスは、答えなかった。


伸ばした手の先には、もう、何も、残っていなかった。


---


「今の……」


カインが、恐る恐る、聞く。


誰も、すぐには、言葉を、継げなかった。


ワングの脳裏に、以前、自らの旧知の姿と、対峙した日のことが、よぎっていた。


死んだ者が、いずれ、モンスターとして、生まれ変わる。


あの日、目の当たりにした、教義の、現実。


「今のは、恐らく」


ワングが、静かに、口を、開く。


「拙者が、以前、見たものと、同じでござろう」


---


ネリスの耳が、伏せたまま、動かない。


その視線は、獣人が、消えた場所から、離れなかった。


「ネリス」


ダダが、静かに、声を、かける。


「今の、なんだったんだ」


---


しばらくの、沈黙の後。


ネリスが、ようやく、口を、開いた。


「兄さん……だと、思う」


その声は、いつものネリスとは、明らかに、違っていた。


肩が、小さく、震えていた。


長年、抱え続けてきた、問いの答えが、ようやく、目の前に、現れた。


それでも、確かめる間もなく、消えてしまった。


その事実が、ネリスの中で、まだ、うまく、消化できていなかった。


---


「兄さん、って」


ミラが、静かに、聞く。


「私が、迷宮に、潜ってる理由」


ネリスが、皆を、見回す。


「エアから、帰ってこなかった、兄を、探すため」


「ずっと、それで……」


ダダが、低く、呟く。


「気づいてなくて、悪かった」


「気づかれないように、してた。だから」


ネリスが、静かに、首を振る。


「謝らないで」


---


誰も、それ以上、すぐには、何も、言えなかった。


「今日は……」


カインが、皆を、見回しながら、言う。


「今日は、ここまでにしよう」


「賛成」


ダダが、静かに、頷いた。


誰も、それ以上、言葉を、続けなかった。


---


六人は、来た道を、静かに、戻り始めた。


ネリスだけが、何度も、後ろを、振り返っていた。


そこには、もう、何も、なかった。


---


クロスロードへ戻る道すがら、誰も、多くを、語らなかった。


ただ、ダダだけが、ネリスの隣を、黙って、歩き続けていた。


「話さなくても、いい」


ダダが、ぽつりと、言う。


「話したくなったら、いつでも、聞くから」


「うん」


ネリスが、小さく、頷いた。


---


「ごめん」


ネリスが、ふいに、口を、開く。


「ミラとノリアに、怒った時、私、必要以上に、感情的だった」


「そうだったのか、って、今なら、わかる」


カインが、静かに、答えた。


「誰も、責めてない」


---


「私も」


ミラが、静かに、続ける。


「あの時、ネリスが、あんなに、怒った理由、少し、わかった気がする」


「危ないことするな、って。ただ、それだけじゃ、なかったんだよね」


ノリアも、静かに、言う。


---


「見つかって……よかったのか、悪かったのか」


ネリスが、静かに、呟く。


「わからない。でも」


「わからないなら、わからないままで、いい」


カインが、静かに、答えた。


「今日、わかったことだけ、抱えて、また、明日、考えよう」


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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