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聖寓意譚  作者:
創世I
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4/11

創世I-④

◆ ◆ ◆


「……”二人”を邪魔する気? まあ、いいけど。出れなくなっても知らないよ?」


 アリスが壁沿いを走っていくのを、怪物はミルミルと対峙しながら横目で見ていた。ミルミルはお構いなしに怪物に剣を振るう。狙いはその赤い目だ。


 そして怪物も、ミルミルが自分の目を狙うことをよく分かっていた。ミルミルの剣の切っ先が自分の目に向く度に、ひらりと躱した。


「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」


「無理」


 やっていることはお互い命懸けの戦いであるはずなのに、会話は子供同士の喧嘩のようだった。ミルミルが剣を再び振り上げたのを見て、怪物は目を細めた。それから、覗き込むようにしてミルミルの顔に自分の顔を寄せた。


 その動作に、ミルミルは思わず固まった。一拍分。しかし、すぐに我に返って剣を振り下ろそうとした。その時、怪物は怯みもせず口を開いた。


「ねえ、ずっと二人でいられるのって幸せだと思わない? 二人きりで」


「は……」

 

 剣先が怪物のこめかみに触れるであろう瞬間だった。剣を振り下ろす手がぴたっと止まる。ミルミルは一瞬目を見開いたが、すぐにその赤い瞳を睨みつけるように見た。


 「二人」。「二人きり」。さっきからこの怪物はそればかり言っている。……この怪物にとって重要なところなのだろうか。だからあの二人を閉じ込めた? 二人きりにするため? 二人きりにして、その先に何を求めていた?


 何より、「ずっと二人きりが幸せではないか」ということの答えを、ミルミルは持ち合わせていなかった。──分からなかった。


「『二人』、ね……知らないわよ、そんなこと」


 ミルミルは剣を握る手に力を込めて、そのまま怪物のこめかみに切っ先を滑らせた。怪物のこめかみが僅かに割れ、蟠を巻くように黒い影が溢れ出る。


「知らないかあ。君、そう思える人がいないの? 一緒に来てたあの男は違う?」


 ミルミルは一瞬で思考を巡らせた。一緒に来てたあの男……まさか、アリスのことか?


「違う!」


 一刀両断。断じて違かった。ミルミルにとって一番勘弁してほしい勘違いだったかもしれない。ミルミルはそのまま怪物のこめかみから目にかけて剣を滑らせようとした。


 怪物はその返事の勢いの良さにくつくつと笑いながら、頭の角度を変えて剣の軌道をずらした。こめかみから頭のてっぺんにかけて剣が入っていく。斬られた部分からは黒い影がどくどくと流れ出ていた。


「あーあ、危ない危ない」


 怪物はそう言いながら、数歩分後ろに下がった。横目で壁の方を一瞥して、すぐにミルミルに視線を戻した。


 ミルミルもまた、少しばかり後退した。目を狙うことには変わりはないが、そろそろ他に方法を取るべきだと考えた。……足、腕、胴体。何でもいい。どこか斬り落として、奴の動きを少しでも封じてから目を狙おうか。


 ミルミルはそっと目を閉じた。何かの声を聞くように、耳をすませる。それから、小さく口を開いた。


「──ヘラ」


 神々の女王の名。静かに、けれどはっきりと告げるように呼んだ。


 その瞬間、透き通るような、溶かされたような幾層ものヴェールが天から降り注ぎ、怪物とミルミルを囲うようにしてきらりと現れた。怪物はその光景を目にして、一層笑みを深くした。

 

「……ああ、これが”神剣”の力ね」


 ミルミルは怪物の言葉に答えることなく、ヴェールの間を縫うようにして怪物に向かっていった。これがミルミルの持つ”神剣”の力の一つだった。ヴェールの中で攻防を繰り広げて、怪物の行動を少しでも封じる。そういう算段だった。


「いいよ、おいで。……二人きりだね」


 怪物は透けるヴェールの向こうで、その黒い影を揺らしながらくつくつと笑った。


◆ ◆ ◆


 その頃、壁の中。イヴァとヴィヌは文字通り彷徨っていた。ヴィヌの左隣で、イヴァは右手に剣を持ちつつ後ろで手を組みながらゆったりと歩いている。そのゆったり具合に、ヴィヌは小さくため息をついた。ため息の数を数えることはやめた。


 歩いても歩いても道は続いていた。時折二手に分かれる道があっては、イヴァが「こっちに行こうか」と言って指を差していた。おそらく勘だ。いや、確実に。


「はあ……早く出なければならないのに……」


 ヴィヌは相変わらずつかつかと急くようにして歩いている。その額に僅かに汗が滲んできているのを、イヴァが見逃すわけがなかった。けれど、顔色は良い。やっぱり今日は大丈夫な日だ、と一人で納得していた。


「それにしても、長いね。結構歩いたと思うんだけれど」


「ああ、本当に。壁を壊せたら話は早いのだが……」


 ヴィヌは歩きながら、こつん、と壁を軽く叩いた。やはり壊せそうにない。石造りの建築物の頑丈さは舐めてはいけなかった。


 イヴァはそれを傍目に、ふふ、と小さく微笑んだ。──もう少しこのままでもいいな、と思った。思ったが、そんな気持ちはすぐに、綺麗に蓋をした。今は怪物をどうにかしなければならないという正当な思考と、もし二人で彷徨い続けることになったらどうなるのかという淡い何かが、上手く閉じ込めてくれた。


 ヴィヌが”先”を見据えるように歩き、イヴァがその隣で微笑みながら後を追う。イヴァのその目は庇護という名の皮を被っていた。──分かっていてやめられないのだから、たちが悪いな、と思った。


 その時。がりがり、という音が微かに聞こえてきた。がりがり。どんどん音は大きくなってくる。とにかくがりがり音がこちらに近づいてきている。


「……? 何の音だ、”禍”か……!?」


「削ってるみたいな音だね。何だろうね」


 左手を口元に宛てがって、くすり、と笑うイヴァの隣で、ヴィヌは剣を握る右手に力を込めた。軽く剣を構える。


 そして──暗い道の先から、飛び出してきた。アリスが。勢いのままに、ヴィヌの額とアリスの額がごつん、とぶつかる。


「「……った──!」」


 激突した衝撃で、ヴィヌとアリスの体が軽くよろめいた。後ろによろけたヴィヌに、イヴァは触れるか触れないかの具合でさっと腰に腕を添えた。アリスもアリスで後ろに倒れ込みそうになったが、なんとか踏ん張って持ち堪えた。二人とも体勢を崩しながら、手に持つ剣は手放さなかった。こんなところで騎士としての意地が垣間見える。


「……すまないね、公爵君。止まれなくて。でも、君たちを見つけることができて良かったよ。無事で何よりだ」


 アリスは額を右手で押さえながら、イヴァとアリスを順番に見た。それから、くす、と微笑んだ。ヴィヌもまた左手で額を押さえ込んで軽く歯を食いしばっていたが、すぐに気を取り直した。


「アリスさん……! どうして……どうやって……」


 矢継ぎ早に質問しそうになったことを自覚して、ヴィヌははっと口を閉じた。イヴァはそれを隣で目を細めるようにして見て、アリスの方に視点を向けた。にこり、と微笑んで小首を傾げる。アリスは額を押さえていた右手をひらり、と退けて口を開いた。


「大きな音を聞いてね、ミルミルさんと駆けつけてきたんだよ。やはり”禍”だったね。こんなものまで造るなんて、よく出来たものだ」


 アリスは左手に持つ剣の先で壁を小突いた。その剣先あたりから、道の奥に向かって一本の細い溝が続いている。がりがりしながら来た成果である。イヴァはそれを目で捉えながら言った。


「……やっぱり、出口があったんだ。それで、壁を削りながら来てくれたんですか? ふふ、アリスさんらしいなあ」


 小首を傾げたまま、くすり、と微笑む。ヴィヌも壁に刻まれたその傷跡を見て、なるほど、あの音はそういうことだったのか、と呟いた。それから、アリスの方に視線を戻して言った。


「……奴は、”禍”は」


「ああ、外でミルミルさんが構ってくれているよ。さあ、早くここから出よう。私たちも構ってあげないとね」


 アリスは悪戯っぽく笑みを浮かべて、くるり、とイヴァとヴィヌに背を向けた。それから少しばかり振り返って。


「私に着いておいで。遅れないようにね」


 アリスはそう言うと、力強く地面を蹴った。弾けるようにして駆けていく。一応二人が追いつけるであろう速さで。その後ろ姿を見て、イヴァとヴィヌもアリスの後を追った。


◆ ◆ ◆

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