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聖寓意譚  作者:
創世I
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3/12

創世I-③

◆ ◆ ◆


「──おやおや、随分と荒らしてくれたようだね」


 アリスは左手に剣を持ち、大通りに散乱する瓦礫を踏み散らかしながら、広場に向かって走っていた。先程の轟音を、この男も聞いていた。


 そしてミルミルもまた、同じだった。右手に剣を握りながらアリスに追いつかんとばかりに走っている。……この男、本当に足が速い。おそらく自分がギリギリ追いつける速さで走っているのだろうが、それでも結構厳しかった。


「……それより、何なのあれ。あの高い壁」


 ミルミルは広場の方にそびえる高い壁に視線をやりながら言った。あんなもの、パリには無かったはずだ。あってたまるか。


「さあ、何だろうね。……何にせよ、”禍”の仕業だろう」


 そう言うと、アリスは突然止まった。後ろを走っていたミルミルは案の定アリスの背中に激突した。


「ちょっと、何!? 急に止まらないでよ!」


「ああ、すまないね。……少し失礼するよ」


 アリスはくるり、とミルミルの方に体を向けると、ミルミルの背と膝裏に腕を回して、軽々しくミルミルを抱き上げた。左手にある剣がミルミルに触れないように。無駄に器用な男だった。


 ──は? あまりの突然の出来事に、ミルミルは目を丸くした。何か抗議をしようとしたが、ミルミルに口を挟ませる間もなく、先にアリスが口を開いた。


「この方が早いだろう? さあ、行こう。しっかり掴まって」


 ……やはりこの男、自分に合わせて走っていた。ミルミルは悔しいのか何なのか分からなかったが、確かに判断としては合っていたかもしれなかったので、抗議することを諦めた。代わりに、右手の剣がアリスの足に当たらないように気を遣った。仕方なく。


 ──そして、この男は本当に早かった。足元には瓦礫が散っているというのに、飛ぶように大通りを駆け抜け、少しも経たないうちに広場に到着した。


「ほら、着いたよ。私の言った通り、早かっただろう?」


 アリスは広場に着くなりミルミルをそっと地面に降ろして、くす、と微笑んだ。確かに早かった。早かったし、全く息が上がっていそうにない。これはアリスの”神剣”の力の一つだ。


「アンタね……」


 もはや呆れを通り越していた。ミルミルは、はあ、と息をつくと、壁の方に目をやった。……高い。本当に何なんだこの壁は。


 その時、壁の角から黒い影がゆらり、と現れた。地の底から這い上がってきたかのような影。アリスとミルミルは剣を握る手に力を込めた。直感したのだ。……”禍”。


 ”禍”──怪物はアリスとミルミルにゆったりと近づきながら、赤い瞳を這わせ、アリスとミルミルの姿を見定めるようにして見た。それから、ふ、と口元を弛ませた。


「……君たちも”御使い”だね。調子はどう?」


 君たち「も」。つまりすでに”御使い”が来ている。イヴァとヴィヌだろう。ミルミルは目線だけで周りを見渡した。……だが、姿は見えない。


 アリスもまた周囲に目をやったが、二人の姿は見当たらない。黒い右手を口元に宛てがい、怪物の方に目を向けて小首を傾げた。


「君たち『も』、ね。調子? 絶好調だよ。それで、この壁は何だい? 石の劇場でも作ったのかい?」


 アリスは左手で剣をくるり、と一回転させながら言った。本当に石の劇場として作ったのなら色々な意味で厄介なことになる、とミルミルは察した。幸いなことに、回収した仮面はまだ自分の懐にある。あの時仮面を回収したのは賢明な判断だった。


「劇場? ああ、劇場かもね。二人きりの死の舞台」


 怪物はくつくつと笑いながら言った。二人きり、の部分にやけに力が込もった。


「『二人きり』……」


 ミルミルは壁を一瞥し、言葉を小さく反芻させた。──二人はこの壁の中にいるのか? 中はどうなっている? 無事なのだろうか?


 それからミルミルは怪物の方に目をやり、姿をまじまじと見つめた。角。牛頭。人間の体。──ミノタウロスか。ということは、この壁は迷宮か?


 そして、アリスもまた同じことを考えていた。ミノタウロス。迷宮。イヴァとヴィヌの二人がこの中にいるとしたら、出口を探して彷徨っているのかもしれない。


「……ミルミルさん、少し時間を稼げるかい? 私があの壁の中に入って、二人を助け出すよ。私の足なら、壁の中をすぐに移動できる」


 アリスはミルミルの方に少し身を屈めて、こっそり耳打ちした。ミルミルは、こくり、と頷いて、両手で剣を構えた。それから右足を後ろに下げ、思いっきり地面を蹴って怪物の方に走り出した。


「あれ、早いね。もう戦う気なんだ」


 怪物はそう言いながら、数歩ミルミルに詰め寄った。ミルミルが剣を怪物に振りかざす度、それを軽やかに避けていく。


 アリスはその姿を見てミルミルの方に足を進めそうになったが、小さく首を横に振って、壁の方に走った。壁に沿いながら駆け抜けるように走る。──どこか入れる場所があるはずだ。つまりそれは出口でもある。


 アリスが壁沿いを走りながら角を二回ほど曲がると、やはり、あった。四角く無機質にくり抜かれたような穴。その先は薄暗くてよく見えないが、ここが入口であり出口なのだろう。


「……私まで迷ってしまったら意味がないからね。さて……」


 アリスは右手の人差し指を下唇に添えながら、少し考えた。少し考えて、小さく頷いた。それから、左手の剣を強く握り直す。


「……うん、名案だ。さあ、すぐに行くからね」


 独りでにそう呟くと、アリスは壁の中に一歩足を踏み入れた。それから、剣の先を壁に力強く押し付けた。そしてそのまま飛ぶように、弾かれたように走り出した。剣の先が壁にがりがり当たって傷をつける。耳に優しくない音ではあった。


 なんと、壁に傷をつけながらイヴァとヴィヌを見つけ出す算段だった。見つけ出して、壁の傷を辿れば出られるだろう、という単純明快な発想。完全にその場で思いつきました、的な発想に思えなくもない。だが、そこがこの男の強みでもあった。


 アリスは地面を蹴るごとに、剣を握る手により一層力を込めながら、薄暗い壁の中を軽やかに進んでいった。


◆ ◆ ◆

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