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聖寓意譚  作者:
創世I
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15/19

創世I-⑮

◆ ◆ ◆


 パリのありふれたような民家の一室。アリスは暖炉に薪を焼べて、火の前でしゃがみこみながら暖まっていた。ゆらゆらと揺れる火を眺めながら。橙色の灯りが、アリスの紫の瞳を染め上げた。


 木調のテーブルの上には、一口、二口分ばかりだけ減ったパンが皿の上に乗せられて置いてあった。この男は日頃からあまり食が進まないのだが、今日は特に”そういう日”らしかった。


「……困ったものだね」


 アリスはテーブルの上のパンを一瞥して、自嘲するようにくす、と笑った。この男のことなので、本当に「困った」と思っているのかは少々判断に迷うものだった。ふっと暖炉の火に視線を戻す。


 それから、アリスは暖を取ろうと両手を掲げかけて……右手は別に意味ないか、と思って、左手だけ火にかざした。ぱちぱち、と火の爆ぜる音を聴きながら、頭の中は”演技”のことでいっぱいだった。


 明日は何を演じよう。どんな物語を創ろう。──この男にとって、思考をする自分の脳は舞台装置そのものだった。


「……ふふ、明日も楽しみだね」


 アリスの中で「明日の舞台」が決まったらしい。アリスは右手の人差し指を下唇にそっと宛てがいながら、薄ら笑みを零した。


 ……ふと、アリスはこの前の劇のことを思い返した。椅子を蹴ったあの男。──あの男、明らかに「不満」を露わにしていた。──自分の”演技”が気に入らなかった。少なくともアリスはそう思っていた。


 アリスにとって、自分という存在は”演技”そのもので、世界の全ては”自分のための舞台”だった。それを崩そうとしてくる人間は”敵”なのだ。アリスの中では恐ろしいほど理屈が通りまくっていた。──誰にも、何にも邪魔させない。自分の”演技”と創り上げた”舞台”を見ろ。そして──


「さて……」


 アリスはすっと立ち上がると、窓辺の方に歩み寄った。こつこつ、と部屋に足音が響く。窓の外では空が藍色に染まりかけていた。夕方と夜の境目。


 もうすっかりパリでの暴動は収まっていた。国王が勝利宣言をした日、アリスはいつも通り劇場にいたので詳しくは知らない。そもそもアリス自身そんなに興味のある話ではなかったのだが、「王が国を完全に支配する」という構図は、何かの演目に使えそうだ、と思った。──それこそが自分の求めているものかもしれない、とも。そして、そう考える度に胸が昂った。


 アリスはしばらく街を眺めてから、テーブルの方に向かってふと踵を返した。テーブルと同じ、木調の椅子を引いてから少し浅めに座る。


「もう少し食べておこうかね」

 

 アリスは皿の上のパンを左手に取ると、小さく一口齧った。ゆっくりと咀嚼をする。味はある。感じられる。……だが、胃は受け付けてくれそうになかった。


「……」


 アリスは、今はもう無理だ、と察してパンを皿の上に戻した。後でまた食べよう、と決めた。決めたが、実行するかどうかは別ではあった。


 それから、アリスはテーブルの上に左手で頬杖をつきながら、ぼんやりと右手を眺めた。黒い。これはもう変わらないことだった。金属の手。この手を扱うのも、もう慣れたものだ。


 ──それは複雑だった。でも、確かに奥底では心地よく感じられた。快感に近しい”何か”。そんな”何か”が、ずっと入り交じっている。そのことに、アリスは気づいていた。気づいているからこそ、”自分”は止まらない。


 その日、やはりパンは減らなかった。


◆ ◆ ◆

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