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聖寓意譚  作者:
創世I
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13/19

創世I-⑬

◆ ◆ ◆


「──うんっ、えらいえらい」


 それから数日が経った頃。ラドはマドリードの王宮の自室のベッドで、うつ伏せになって横たわっていた。無邪気に両足を宙でぷらぷらさせ、両手で頬杖をついて。


 ラドの目の前にはチェスの盤があった。いくつかの駒が盤の上に無造作に倒され、他の駒はそれを取り囲むように散乱している。この男はチェスのルールを知らないのだが、時折盤と駒を引っ張り出してきては一人で駒を散らかしていた。それがこの男なりのチェスの遊び方だった。


 ──「えらい」というのも、ボルドーに辿り着いたスペイン軍は思い通りに事を運んでくれていた。「自分と手を組んでくれるのなら、スペインの軍をパリに寄越してやる」ということ、「自分がボルドーを治めることができれば、豪商の動きを封じてやる」ということを軍の長に投げかけさせ、ボルドーの貴族をしっかり手中に収めたのだ。


「ね、ぼくの言ったとおり。ボルドーの奴らってば単純〜」


 ラドはくすくす、と笑いながら、左手でポーンを一つ手に取って、盤の上にこん、と置いた。位置は適当。ルールは理解していないし、そもそも理解する気がなかった。ただ、駒の種類だけは把握していた。


「ついでにこのままボルドー取れたらラッキーだね〜。……まぁ、それは今回”いちばん”じゃない」


 置いたポーンをそのまま人差し指で弾き倒す。置かれたばかりなのに倒されるポーンの気持ちを考えると不憫でならなかったのだが、ラドにとっては全く関係がない。


 ──エルネに関する情報を握る。言わずともそれがラドの一番の目的になっていた。……どんなに小さなことでもいい。掴んでやる。


「……さ、ここからが本番だけど〜……」


 ラドは自分の胸元に転がっていたキングの駒を手に取った。盤の中央にこんっ、と力任せに置く。と同時に、くすくす、といつもの軽やかな笑い声が部屋に響いた。くすくす笑いはもはやこの男の専売特許だった。それから、頬杖をつき直して頭をゆらゆらと揺らし始めた。贈り物を待つ子供のように。


「パリ。予定通りこのまま変装させていこうかな〜。簡単に見破られてもおもしろくないもんね~」


 ラドはスペイン軍に貴族風の装いをするように命じていた。別に軍の服装のままボルドーにもパリにも侵攻してよかった。だが、あからさまに攻撃するのは「おもしろくない」。少なくともこの男の中で理屈は通っていた。


 左手でキングの駒をゆっくりと動かす。左右に、前後に。それはもう丁寧に。黒の瞳孔がその軌跡をじっくりと這うように追った。まるで聖なるものを見ているかのように口元の弧が深まる。


「向こうの貴族には~……」


 ラドはキングを再び盤の中央にゆっくりと戻して、駒から少しだけ手を離した。ほんの少し。


 パリの貴族からは、スペイン軍が後ろに着くということを指し示しながら、王への不満を引き出す。暴動だけじゃない、日常的な不満をパリの貴族は抱えているはずだ。パリに侵攻しながら、そこを突く。


 ラドはスペイン軍への指示書に書いていた。ボルドーの貴族に対しては力を提示しろ、パリの貴族に対しては同情をしろ。……やり方は違うのに、導かれるべき場所は同じだ。滑稽だ、と思った。


 ……もしエルネの情報を握れたらどうしてやろうか? 何が握れるのか? 権威を削げるものなのか? ……それだけでは「おもしろくない」。もっと「おもしろい」のは、もっと──崩せるような、”何か”。


 ──そうだ、それがいい。それがほしい。”鏡”を向けるための。突きつけるための──


「──っ」


 自分の左手の小指とキングの駒がぶつかり、ことん、と倒れた。その音で、ラドははっと我に返った。


 一拍。ラドは倒れたキングを見て、くすくす、と笑いだした。小さく肩を震わせながら。


「……あ〜あ」


 ラドはまた足をぷらぷらとさせ始めた。両手で頬杖をついて小首を傾げながら、倒れたキングを眺める。慈しむように。それでいて、煮え滾るような──黒い”何か”が心を満たしていた。ラドはその感覚に薄ら気づいていた。気づいていて、止める気もなかった。


 キングは、倒れたままだった。


◆ ◆ ◆

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