創世I-⑪
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「──ね、エルネ今困ってると思う〜?」
マドリード中心部。黒い壁に金の装飾が音もなく煌めく王宮の一室。ラドは手を後ろに組み、窓辺に立って窓の外を眺めながら、照らしつけてくるような太陽の光に僅かに目を細めていた。秋も終わりに近づいてきているというのに、やけに陽が強い。
「困ってないよね〜。エルネのことだから、どうせたのしそうに笑ってるよね〜。おもしろくない」
自問自答だった。この私室には今ラド一人しかおらず、当たり前に誰も返事をする人がいない。つまり独り言。独り言が激しい男だった。
フランス国内で暴動が起きている、というのをラドは耳に入れていた。フランスの貴族から他国の貴族に話が回り、国を跨いで広まっていたのだ。そしてしっかりこの厄介な男にも届いてしまったのである。
「……でも、おもしろい」
「おもしろくない」はすぐに塗り替えられた。暴動の理由を一言で言えば、フランス国王への反発だ。そもそもラドにとってはそれ自体が「おもしろい」のだが、つまりここで国家間の力関係を崩せるかもしれなかった。スペインが加担することでフランスの優位を削げば、スペインが覇権を握れるだろう。
ラドは後ろで組んでいる手の指先を遊ばせながら頭を働かせた。フランスのこの状況に、他の国が黙って見ているだろうか? まず考えたのはイギリスだった。あの国は、フランスと前々から敵対している。
ただ、貿易の状況をラドは容赦なく見抜いていた。海を支配していたのはイギリスやオランダだけではなかった。イギリスは今、オランダを食い止めようとしている。そんな中、フランスのことも同時に抑える気でいるか? あの男がそれを選ぶか? そもそも、あの男はエルネを敵視しているだけではない。その「敵視」の中には「評価」も入っていることまで、ラドは読み取っていた。
オランダはイギリスの一手に対して、どう動くべきか考えているだろう。フランスを抑え込めたら抑え込みたいだろうが、あの総督がイギリスに対応しながらフランスを打ち砕くなどという強硬的な手段を取れるかと言われたら、取れないと断言できた。
神聖ローマ帝国は今、条約締結前の戦争によって崩れかけているし、さらに条約が締結されたことによって不安的な状態だ。あの皇帝は確実に自国の立て直しを優先するだろう。そして教皇はそれに着いていく。スイスは中立を保とうとするだろう。あの男はそういう男だ。
「……なにかないかな〜」
ラドは左手の指先で髪をくるくると遊ばせ始めた。正直なところ、軍事力では若干劣る。やり合うにはもう少し力が必要だった。
──そして、「おもしろい」をどこまでも追求する男だった。気づかなくていいことに気づいてしまった。
「──パリ。貴族。王との距離が近い存在」
言葉と言葉を結びつけるように呟いた。この状況を利用してパリの貴族に近づく。──もしかしたら、エルネのことについて何か「おもしろい」ことを知る機会になるかもしれない。
ラドはくすり、と笑った。目的がさらに明確になった瞬間だった。
「ミルミルに色仕掛けでもさせようかな〜。あの女、そういうの得意だろうし……」
髪を弄んでいた指先で自分の頬をつんつん、と軽やかにつつきながら。あの女ならその類のことは得意分野だろう。だが、素直に従うとは到底思えない。つまり半分くらいは冗談だった。逆に言えば半分くらいは本気だった。
「……ま、いいや。あの女にはまた今度遊んでもらうとして〜……」
ラドはくるり、と窓辺から引き返して自分の机に向かった。ちょこん、と椅子に座って紙と羽根ペンを手に取る。書くのは自国の軍への指示書。
「さて、エルネには、ぼくとちょっと遊んでもらお〜っと」
──スペインからフランスに軍を入れる。選んだ地はパリではなくボルドーだった。ボルドーでも同様の暴動が起こっていることを知っていた。もちろん、最初からパリの貴族に肩入れをしてもよかった。エルネの情報を引き出す、という目的だけならその方が手っ取り早い。ただし、この男は”先”を見ることができる人間だった。
ボルドーはワインや砂糖などを取り扱い、かなり潤っている。ラドが目をつけたのはその豪商。潤いきった豪商が求めるものは「立場」だ。さらに上へ。そして、その目が追うのは貴族。ラドの狙いはそこだった。
豪商から立場を狙われていることに、ボルドーの貴族はもちろん気づいているだろう。そこを手玉に取るのだ。もし自分と手を組んでくれるのなら、スペインの軍をパリに寄越してやる。そして、自分がボルドーを治めることができれば、豪商の動きを封じてやる、と投げかける。
フランス国王への反抗心と、ボルドーの豪商の脅威の両方に対する甘い罠を仕掛け、ボルドーの貴族をこちら側につける算段。そうすれば軍の数も補える。それからパリに動かす。
しかも、ボルドーは買い入れた商品を帝国やオランダに向けて売る中継貿易も担っていた。もしボルドーを制して自国の領土にするまで持ち込めれば、その貿易を独占することができる。つまるところ、わざわざ手始めにボルドーを狙っておいて損をすることはないのだ。
「……うん、これでいい」
パリの貴族をこちら側につけるのは、ボルドーをこちらに引きずり込んでからでいい。パリの貴族であれば、国王への反感はさらに強いだろう。それなら、スペインが味方につくと言えばすぐにこちらに転がってくるはずだ。そこから何かしら引き出させる。
ラドは一通り指示書を書き終えると、羽根ペンを放るようにペン立てに戻した。──さあ、どうなるか。
「──もっとおもしろくしてあげる」
ラドは、親を待つ子供のように体をゆらゆらと揺らし始めた。くすくす、と無邪気な笑い声だけが部屋に響いていた。
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