創世I-⑩
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「──いやぁ、参った♩」
それから数日が経った。エルネは、パリより南西に少し外れた宮殿……ではなく、パリのセーヌ川右岸に位置する宮殿の方の執務室にいた。壁と天井を埋め尽くすようにして、豪華絢爛な装飾が施されている。その装飾の金が、太陽の光を受けて眩いばかりに照っていた。
エルネは執務机に向かい、椅子に腰掛けていた。机の上には書類の山。量は別にいつも通りなのだが、その内の数枚の内容が内容だった。抗議文。今回の事の発端は増税だった。エルネは条約締結前、戦争下にあった時に貴族と民衆に増税していた。理由は単純。軍事力の強化。
今パリで起こっていることは、「参った」では済まされないようなことではあった。すでにここ数日、パリの市民が何箇所かで暴動を起こしていた。いや、正直なところパリだけではなかったのだが。増税当初から貴族と民衆から批判はあったのだが、ついにそれが「暴動」という形となっていたのだ。ただエルネ自身、これは分かりきっていたことだった。増税する、と言って全ての国民が従順に応じる国があったら教えてもらいたい。
しかし、絶好調のこの男にとって、この状況はもはや面白く感じられた。今のこの男に対して、面白くないだろう、と一喝できる人間がいるなら連れてきてほしかった。
──ただし、「絶好調」と「ご機嫌」は両立しないこともあるらしい。この暴動の理由は、増税だけではなかった。エルネは両腕を組み、机の下で組んでいる足を微かに揺らしていた。
「……そうか」
文書に並べられた文字を目で追いながら、誰に聞かせるまでもなく小さく声を漏らすように言った。右手の人差し指が、左肘のあたりをとん、と軽く叩いた。
抗議の内容を大きく分けると、三つ。一つは増税。それは暴動の引き金となっただけ。二つ目。中央集権化──つまり国の権力を一点に集中させていることへの貴族からの反発。そして──残るたった一つが、この男の「絶好調」と「ご機嫌」の両立を妨げていた。
──三つ目。「宰相が異国人である」こと。これは度々言われていたことだった。エルネが幼かった頃は……聞かされたことはないが、おそらくミエルがエルネの宰相になった当初からだろう。
確かにミエルはピシーナの出身だった。ローマから北西に位置する場所。しかも、貴族の出ではあるがそこまで力のある家系ではない。むしろ弱い。そこも他からしたら問題なのだろう。──だが、エルネにとってそれは何の問題もなかった。この自分が認めているのだから、それでいいだろう。──隣にいるのは他でもない、自分なのだから。
「ミエル」
エルネは自分の少し斜め後ろあたりに立っているミエルの名を呼んだ。視線は机の上の紙に落としたまま。静かな声だった。
「……はい、殿下」
ミエルは、普段通りの落ち着いた声で返事をした。エルネの声がする方に顔を向ける。頭の後ろで結ばれた布の結び目が、ゆらりと揺れた。
「王というものは権威の象徴だ。そして私は王だ。つまり、私は権威そのものだ♩」
なかなか暴力的な三段論法だった。満面の笑みで。だが、この男はいつだって本気だった。
「……今回も私が一人で何とかしてみせよう。お前は傍で見ているだけでいい」
「……かしこまりました」
エルネはその言葉を聞いて、ふ、と小さく息をついた。……ここまで想定内。暴動など、エルネにとっては可愛いものだった。金をかけているだけあって、自国の軍事力には自信があった。市民だろうが貴族だろうがいくらでも封じ込める。
──市民の暴動を一旦流す。パリの貴族も、しばらくすれば何かしら暴動を起こすだろう。貴族も暴動を始めた時、市民と貴族を一気に抑え込む。身分関係なく国全体の抵抗を一息で跳ね返すことで、自分の「立場」を知らしめる算段だった。その中心的な舞台をパリにする。
そして、中央集権を確実なものとした上で王政を行う。自分の権力に有無を言わせない状態を作り上げる。今必要なのは、「認めさせること」だ。自分が”絶対”となればいい。──そうすれば、全部守れる。──手に入れる。
エルネはミエルの方にちらり、と視線をやった。偶然かどうか、ミエルは窓の方に顔を向けていた。エルネはその姿を愛おしむように見つめた。あたたかい。──あたたかいのに、心のどこかで、何かが少しだけ抉られているような気がした。
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