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第3話

「また、ここにいるのね」

その日、僕に話かけてきたのは、おトキさんではなく、別の女性だった。胸には、スタッフと書かれたバッジをつけている。この図書館の職員なのだろうが、今までに見たことのない人だった。

夕暮れ時の図書館には、僕とおトキさんの二人だけが残っていた。


「ねえ。君たち。もし、よかったらちょっと手伝ってもらえないかしら」

「今ですか」

時刻は六時を過ぎていた。そろそろ閉館の時間である。冬も近い最近では、この時間すでに外は真っ暗だった。

「一時間くらい」

「いいですよ」

そう答えたのは、おトキさんだった。僕は同意も、反論もしなかった。ただし、図書館の仕事の手伝いというのには少し興味があった。

 その人は、自分のことを、シラサキと名乗ったが、やはり聞き覚えがなかった。この図書館には、入れ代わり立ち代わりで、全部で十名程度のスタッフがいる。全員と知り合っているわけではないが顔も見たことがないスタッフというのはめずらしい存在だった。新人だろうか。その割には、年長で、四十代か五十代にみえた。やせ型ですらりと背が高い。

 シラサキさんの後についていくと、部屋の隅の目立たない壁に、スタッフオンリーと書かれた扉があるのが見えた。いつも図書館では同じ席に座っているから、この近くに来るのは初めてで、こんな扉があることも知らなかった。シラサキさんが、扉を開けるとそこにはいきなり登りの階段が現れた。

一瞬戸惑う。

まるで忍者屋敷を思わせるような、不思議な構造だ。シラサキさんは、なんの説明もせずに、その階段を登っていった。おトキさん、そして僕の順でその後に続いた。


「え、三階?」

階段を登り切ったところで、あまりにも想定外の光景に言葉を失った。そこに広がっていたのは、二階と同じような構造のフロアだったのだ。ただし、この図書館に三階があるというのは、今まで聞いたことがなかった。外から見れば、二階建ての建物の屋上に天文台のドームが乗っている、それだけのはずだった。

「おトキさん、知ってた? 三階のフロアがあるなんて」

「知ってたような、知らなかったような」

あいまいな答えが返ってきた。まあいい。どうやら僕と同じようにかなり動揺しているようだ。

「三階に来るのは、初めてじゃないんだけど」

おトキさんは、きょろきょろと周囲を見回しながら、そう言った。シラサキさんからは、何の説明もない。僕らは黙々と、彼女の後を追った。


窓際には、大きな作業机があり、その上には、たくさんの本が無造作に置かれていた。よく見ると、表紙はどれも同じだった。

『魔法の書』

そう書かれている。ありがちなファンタジー系の本なのだろう。いわゆる単行本と呼ばれるサイズで、タイトルの文字は金色だ。かなり豪華な装丁である。

「これを作るのを手伝ってほしいの」

シラサキさんが言っているこれというのは、目の前にある、『魔法の書』のことらしい。一冊手に取って、ぱらぱらとページを捲ってみると、全部白紙だった。何も書かれていないのだ。これを作る? どうやって?

「まず、一冊作ってみるわ。見ていてね」

シラサキさんはそう言うと、作業を開始した。まず、白紙の紙を、きっちり百枚、丁寧にそろえる。そこに、表紙と背表紙と裏表紙を仮止めして、また丁寧にそろえる。

「これをこの機械に入れるの」

それは、事務用のコピー機に似ていたが、コピー機と違って、分厚い本でも入れられるような、深い箱のような構造になっていた。そこに、さっきそろえた本を入れて、蓋を閉じる。

「このスロットをおろして完成よ」

その機械の右側には、コピー機と違って古いスロットマシーンのようなレバーがついていた。シラサキさんがそれを下ろすと、ボッ、という音とともに、機械から白い煙があがった。蓋を開けてみると、『魔法の書』からもほかほかと白い水蒸気が上がっていた。手に取ると、ちゃんと製本されている。ぱらぱらとめくってみると、できたての肉まんのようなにおいがした。しかし、中身は全部白紙のままだ。

「どう?簡単でしょ。一人十冊。全部で三十冊。さあ、始めましょ」

本当に簡単な作業だった。プレスする機械は一つしかないから、自分以外の誰かが使っているときは、待たなくてはならない。でも、慣れてくると、その間に、もう一冊目の準備をしたりと、効率はどんどんとよくなっていった。

ちょうど、一時間後、三十冊の魔法の書ができあがった。


「どうもありがとう。助かったわ」

シラサキさんがそう言った。心から感謝している、そんな気持ちが伝わってくる。

「それじゃ、これ、一冊ずつあげる」

シラサキさんが手にしているのは、出来立ての、『魔法の書』だった。

「ありがとうございます」

そう言って、手に取ったものの、ちょっとした戸惑いは隠せなかった。これって、何に使うのだろうか。おトキさんを見ると、いつもは表情に感情をださない彼女だったが、このときは嬉しそうに見えた。


ただ、この日を最後に、おトキさんは、いなくなってしまった。


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