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【異世界×医療】回復魔法が効かない患者だけを治す追放治療師 〜現代の手技で、制度に切り捨てられた命を拾う〜  作者: 蒼瀬灯


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第84話 空白の月

 月末は、紙をまとめる日だった。


 集会所の奥に、机が一つある。


 監督官は、そこで束を綴じる。


 順に並べる。

 日付を確かめる。

 紐を通す。


 それだけの作業だ。


 集計は、しない。


 貼り出しも、しない。


 やめたのは、自分だ。


 数えやすいものは、

 いずれ数えられる。


 そう言って、欄を消した。


 だから、数えない。


 数えないが、綴じるときに全部通る。


 通れば、分かってしまう。


 今月の束に、

 迷いの記述が、一つも無い。


 薬師の帳面は、薄い。


 薬の名と、量と、渡した相手。


 所見は、先月から付いていない。


 回復魔法の使い手の分も、揃っていた。


 処置。

 経過。

 日付。


 どれも、正確だ。


 文句のつけようがない。


 簡潔で、事実だけが書いてある。


 男は、一枚ずつめくった。


 めくって、途中で止まらなかった。


 止まる場所が、無かったからだ。


 最後に、自分の分を重ねた。


 今月、五件。


 そのうち一件に、一行ある。


判断に迷いがあった。

基準にはあたらないが、記しておく。


 署名は、ある。


 男は、紐を通した。


 通してから、束を持ち上げた。


 いつもより、軽い気がした。


 だが、

 実際には、枚数は変わらない。


 軽いのは、中身だった。


 昼過ぎ、薬師が寄った。


 用は、無い。


 この老人は、月末に必ず顔を出す。


「まとまったかね」


「まとまりました」


「早いね」


「早いです」


 男は、そう答えた。


「読むところが、少ないので」


 薬師は、それには答えなかった。


 椅子に座って、しばらく黙っていた。


「あんたのは、書いてあるのかい」


「書いてあります」


「一人だけかね」


「一人だけです」


 薬師は、頷いた。


「目立つね」


「はい」


「それでも書くのかい」


「書きます」


 男は、束を撫でた。


 癖のようなものだった。


「私がやめると」


「この束は、来月から、

 誰の判断も入っていない紙になります」


「処置は、書いてあるだろう」


「処置は、誰がやっても同じです」


 男は、そう言った。


「判断は、違います」


 薬師は、しばらく黙っていた。


 それから、立ち上がった。


「来月から、また書くよ」


 男は、顔を上げた。


「よろしいのですか」


「よかないさ」


 薬師は、そう言った。


「あんたが一人で目立つのを見てるのが、

 寝覚めが悪いだけだ」


 出て行った。


 男は、しばらく座っていた。


 紙を、王都行きの箱に入れる。


 入れて、蓋をした。


 この束が、いつか読まれる。


 読まれるときには、

 今月のことは、こう見えるだろう。


 平穏な月。


 迷いの少ない、落ち着いた現場。


 そう読まれても、

 間違いだとは言えない。


 誰も、間違ったことは書いていない。


 夕方、男は集会所を出た。


 広場を、人が横切っていく。


 診療所の方から来た男だった。


 宿の方へ、歩いている。


 声は、かけなかった。


 あの人が誰かに会いに行くのを、

 この一年で、初めて見た。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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