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【異世界×医療】回復魔法が効かない患者だけを治す追放治療師 〜現代の手技で、制度に切り捨てられた命を拾う〜  作者: 蒼瀬灯


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第83話 書けない理由

 紙は、机の上にあった。


 一枚。


 白いまま、三日ある。


 筆は、右に置いてある。


 墨は、乾いていない。


 毎日、擦り直しているからだ。


 擦って、置いて、書かない。


 書こうとは、している。


 一行目で、止まる。


 四年前の日付。


 そこまでは、書ける。


 その次に、何を書くか。


 扉を開けなかった、と書く。


 事実だ。


 だが、それだけでは、

 読んだ者に何も渡らない。


 なぜ開けなかったのかを書く。


 書けば、こうなる。


 あの言い方を許せば、

 次の誰かが同じ扱いを受ける。


 だから断った。


 読み返して、筆を置いた。


 正しい。


 正しいが、これは説明ではない。


 これは、正当化だ。


 紙の上で、自分が正しくなっている。


 自分が正しくなっている紙を、

 弟を亡くした人間に渡す。


 それは、渡すのではない。


 押し付けるのだ。


 では、こう書くか。


 あのとき、開けるべきだった。


 書いて、すぐに手が止まった。


 嘘だ。


 いまも、そうは思っていない。


 思っていないことを書けば、

 相手はそれを信じる。


 信じさせて、こちらが楽になる。


 それは、謝罪ではない。


 昼、監督官が来た。


 様式の件で、王都からの返事待ちだという。


 男は、机の上を見た。


 白い紙と、乾かない墨。


 何も、言わなかった。


 しばらくして、こう訊いた。


「書いておられるのですか」


「書いていない」


「書こうとして、いらっしゃる」


「そうだ」


 男は、頷いた。


「私も、四枚無駄にしました」


「無い、と書く紙をか」


「はい」


 男は、少し笑った。


 笑ってから、真顔に戻った。


「無い、と書くのは、難しいです」


「そうだな」


「あるものを書くほうが、

 よほど楽です」


 アークは、それには答えなかった。


 答えられなかったからだ。


 男は、立ち上がった。


「一つだけ、申し上げても」


「ああ」


「あなたが何をお書きになるかは、

 私には関わりのないことです」


「そうだな」


「ですが」


 男は、扉のところで言った。


「書かないという判断も、

 判断です」


「それも、書けます」


 出て行った。


 夕方。


 アークは、その言葉を考えていた。


 書けない、と書く。


 書けない理由を、書く。


 それは、逃げに見える。


 実際、半分は逃げだ。


 だが、正当化でも嘘でもない。


 いま自分の中にあるものを、

 いちばん近く写すなら、それになる。


 筆を、持った。


 持って、また置いた。


 置いたのは、迷ったからではない。


 順番が違うと思ったからだ。


 書く前に、確かめることがある。


 四年前の夜、

 自分が何を選んだのかは、覚えている。


 だが、選ばなかった方の結果を、

 自分は一度も見に行っていない。


 伝えられた一言で、済ませた。


 芳しくない、という言葉で済ませた。


 それを済ませたまま書くのは、

 書いたことにならない。


 夜。


 アークは、宿の方を見た。


 灯りが、点いている。


 明日、こちらから行く。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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