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【異世界×医療】回復魔法が効かない患者だけを治す追放治療師 〜現代の手技で、制度に切り捨てられた命を拾う〜  作者: 蒼瀬灯


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第82話 書いていないこと

 女は、朝に来た。


 昨日と、同じ外套だった。


 昨日と、同じ座り方をした。


 膝の上で、手を組む。


「では、伺います」


 アークは、頷いた。


「あの夜、要請はありました」


「あった」


「あなたは、行かなかった」


「行かなかった」


 女は、そこで一度、間を置いた。


「理由を、伺っても」


 アークは、答えた。


「言えば、言い訳になる」


「構いません」


「構う」


 アークは、そう言った。


「言い訳を聞かされて、

 納得した気になるのは、

 あんたにとって損だ」


 女は、しばらく黙っていた。


「損得の話を、

 なさるとは思いませんでした」


「する」


「そうですか」


 女は、少しだけ姿勢を変えた。


「では、事実だけ伺います」


「ああ」


「行けば、助かりましたか」


 沈黙。


 窓の外で、荷車が通った。


「分からない」


 アークは、そう答えた。


「分からない、というのは」


「本当に分からない」


「間に合ったかもしれない」


「間に合わなかったかもしれない」


「確かめていない」


「確かめて、いない」


 女は、それを繰り返した。


 責める調子では、なかった。


 確認する調子だった。


 それが、いちばんこたえた。


「もう一つ、伺います」


「ああ」


「そのことは、

 どこかに書かれていますか」


 アークは、答えた。


「書かれていない」


「あなたの手元にも」


「無い」


「王都にも」


「無い」


 女は、頷いた。


 頷いてから、こう言った。


「では、私は」


「あなたを、責めることもできません」


 沈黙。


 アークは、動かなかった。


「証拠が無い、という意味ではありません」


 女は、続けた。


「責めるためには、

 何があったのかを知らなければなりません」


「知るには、書かれたものが要ります」


「書かれていなければ」


「何も、無かったことになります」


 女は、そこで言葉を切った。


 切ってから、静かに言った。


「無かったことは、責められません」


 アークは、目を伏せなかった。


 伏せる資格が、無かった。


「四年、探しました」


 女は、言った。


「弟が、どう扱われたのかを」


「どこにも、無いのです」


「病の記録は、あります」


「熱の高さも、脈も、書いてあります」


「ですが、

 誰が、何を選んで、

 何を選ばなかったのかは」


「一行も、ありません」


 女は、手を組み直した。


「先ほど、損だとおっしゃいました」


「言った」


「私は」


 女は、こちらを見た。


「責める相手がいないことが、

 これほど苦しいものだとは、

 思っておりませんでした」


 アークは、答えなかった。


 答えるべき言葉が、

 この世界のどこにも無かった。


 女は、立ち上がった。


「今日は、これで」


 扉のところで、一度止まった。


「一つだけ、申し上げます」


「ああ」


「あなたが書いていないことは」


「あなたを、守っております」


 出て行った。


 扉は、静かに閉まった。


 アークは、しばらく座っていた。


 昔、王都で言われた言葉を思い出していた。


 見えないものは、評価できない。


 あのとき、それは自分を切る言葉だった。


 いま、同じ言葉が、

 自分を守る側に立っている。


 書かれていないものは、

 裁かれもしない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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