第80話 知りたいだけです
馬車は、一台だった。
この町に入れる大きさではない。
広場の手前で、止まっている。
降りてきたのは、女だった。
外套の男が、脇に付いている。
町の者は、遠くから見ていた。
近づかない。
そういう距離の取り方を、
この町の人間は知っている。
診療所に来たのは、昼過ぎだった。
扉は、控えめに叩かれた。
「突然に、失礼いたします」
女は、そう言った。
声は、落ち着いていた。
泣いた顔では、なかった。
四年、経っている。
「入るか」
「よろしければ」
椅子は、二つしかない。
女が一つに座った。
外套の男は、外に立った。
アークは、立っていた。
「亡くなりました者の、姉でございます」
女は、そう名乗った。
名前は、言わなかった。
アークも、訊かなかった。
「使いの者から、
おおよそ伺いました」
「記録が無いことも」
「聞いたか」
「はい」
女は、膝の上で手を組んだ。
「先に、申し上げます」
「はい」
「責任を取れとは、申しません」
女は、まっすぐ言った。
「弟は、魔力の暴走で亡くなりました」
「治せた病だとは、思っておりません」
「医療局からも、
当時、そう説明を受けております」
アークは、黙って聞いていた。
女は、続けた。
「訴えるつもりも、ございません」
「四年、経ちました」
「いまさら、どなたかが罰せられても、
弟は戻りません」
「では」
アークは、初めて口を開いた。
「何を訊きに来た」
女は、しばらく間を置いた。
「あの夜、何があったのかを」
「それだけです」
沈黙。
外で、風が鳴っていた。
「知りたいだけです」
女は、そう言った。
その言い方に、力みは無かった。
責める言葉より、
よほど動かしにくい言葉だった。
「なぜ、いま来た」
アークが訊いた。
「訊ける場所が、できたからです」
女は、答えた。
「照会という仕組みが、
できたと聞きました」
「これまでは、
どこに訊けばよいかも分かりませんでした」
「訊いてよいのかも、
分かりませんでした」
アークは、頷いた。
その通りだろう。
誰も、悪くない話だった。
「出しました」
女は、続けた。
「該当なし、と返ってまいりました」
「読んだ」
「はい」
女は、少しだけ目を伏せた。
「読んで、初めて」
「弟のことは、
どこにも書かれていないのだと知りました」
アークは、答えなかった。
答えられなかった。
「あなたに要請が行ったことも」
「あなたが断ったことも」
「紙の上には、無いのだそうです」
女は、顔を上げた。
「本当ですか」
「本当だ」
アークは、そう答えた。
嘘をつく理由が無かった。
女は、しばらく黙っていた。
それから、一度だけ頷いた。
「では」
「あなたに伺うしか、ありません」
立ち上がった。
「今日は、これで失礼します」
「訊かないのか」
「訊きます」
女は、そう言った。
「ですが、
今日いきなり伺って、
今日お答えいただくのは、違うと思いました」
「宿を、取っております」
出て行った。
扉は、静かに閉まった。
夜。
アークは、灯りを点けたまま座っていた。
訴えられるなら、まだよかった。
弁明せずに、事実です、と言えばよかった。
あのときは、そうした。
あのときは、裁く者がいた。
今日来たのは、裁きに来た人間ではない。
知りたいと言った人間だった。
訊かれて、答えられない。
それだけのことが、
これほど動かせないとは思わなかった。
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