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【異世界×医療】回復魔法が効かない患者だけを治す追放治療師 〜現代の手技で、制度に切り捨てられた命を拾う〜  作者: 蒼瀬灯


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第79話 書けない空欄

 回答の様式は、一枚だった。


 枠がある。

 番号が振ってある。

 欄が、四つ。


 照会番号。

 症例の日付。

 記録の写し。

 所見。


 監督官は、それを机に広げた。


 外套の男が来てから、

 四日が経っていた。


 男は、まだ町にいる。


 宿は、集会所の隣だ。


 毎朝、同じ時刻に出てくる。


 急かしはしない。


 急かさないことが、

 いちばん急かしていた。


 監督官は、筆を持った。


 照会番号は、書ける。


 症例の日付も、書ける。


 男が置いていった控えに、

 どちらも書いてある。


 三つ目で、手が止まった。


 記録の写し。


 写すものが、無い。


 男は、しばらく考えた。


 考えて、線を引いた。


 空欄に、横線を一本。


 引いてから、それを見た。


 見て、線を消した。


 この様式に、

 線を引くという指示は無い。


 次に、こう書いた。


該当する記録は、存在しません。


 書いてから、また止まった。


 ここは、記録の写しを入れる欄だ。


 文を入れる欄ではない。


 監督官は、紙をもう一枚出した。


 同じところで、また止まった。


 昼過ぎ、詰所に薬師が来た。


「まだやってるのかい」


「はい」


「難しいのかね」


「難しくは、ありません」


 男は、そう答えた。


「無い、と書く場所が、

 どこにも無いだけです」


 薬師は、様式を覗いた。


 覗いて、鼻を鳴らした。


「そりゃそうだ」


「あるものを写す紙だもの」


「はい」


「無いなら、空けときゃいい」


 男は、首を振った。


「空けて出すと、未回答になります」


「未回答は、督促が来ます」


「督促が来たら、また空けて出します」


「何度でも、同じことになります」


 薬師は、それきり何も言わなかった。


 男は、また筆を持った。


 夕方、男は診療所に来た。


 様式を、二枚持っていた。


 どちらも、途中で止まっている。


「見てください」


「俺に見せるものじゃない」


「見せているのではありません」


 男は、机の端に置いた。


 置いて、手を離した。


「困っています」


 珍しく、そう言った。


 アークは、紙を見た。


 三つ目の欄が、白い。


「何が困る」


「無い、と伝える方法がありません」


「言葉では、伝えられます」


「あの方にも、

 もう口では申し上げました」


「ですが、それは記録になりません」


 男は、続けた。


「記録にならないものは、

 あの家に、何も残りません」


 沈黙。


 アークは、その意味を分かった。


 分かって、しばらく黙っていた。


「あんたは、何を残したい」


「事実です」


 男は、即座に答えた。


「調べたが、無かった。

 という事実です」


「無かった、では駄目なのか」


「駄目です」


 男は、はっきり言った。


「無かった、は、

 何もしていない、と同じ形で残ります」


「調べた者がいる、と残さなければ」


「四年が、また繰り返されます」


 アークは、頷いた。


 この男は、いつもまっすぐだ。


 だが、

 まっすぐな人間が、

 紙の形に負けている。


 男は、様式を回収した。


 回収して、頭を下げた。


「明日、王都へ照会します」


「照会に、照会をするのか」


「はい」


 男は、そう答えた。


「訊く場所は、そこしかありませんので」


 出て行った。


 夜。


 アークは、白い欄を思い出していた。


 欄は、あるものを入れるために作られる。


 無いものを入れる形は、

 誰も作らない。


 作る必要が、無かったからだ。


 これまでは、無かった。

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