第72話 揺れていた証拠
二通目は、早かった。
ひと月も、空かなかった。
同じ封。
同じ紋。
同じ書式。
監督官が、集会所で開いた。
二年前の症例だった。
患者は、生きている。
右足が、雨の前に痛むという。
「あります」
男は、すぐに答えた。
同じ綴りだ。
同じ、下手な字だった。
その日の記録は、長かった。
処置の前に、
三行ぶん、余計に書いてある。
迷った。
回復魔法を先にするか、
流れを整えるか。
怖かったので、先に人を呼びに行った。
呼びに行っている間に、
熱が下がりはじめた。
薬師が、それを読んだ。
「正直だねえ」
「はい」
男は、写しを取った。
いつものように、丁寧に写した。
迷った、の三文字も写した。
怖かった、も写した。
省く理由が、無かったからだ。
返事は、ひと月後に来た。
今度は、患者からではない。
王都からの、控えの写しだった。
当該症例について、
担当者の判断に揺れがあったことを確認した。
現行の指針に照らして、問題は認められない。
以上を回答とする。
男は、それを読んだ。
二度、読んだ。
「問題は、認められない、と」
「そう書いてある」
「はい」
男は、紙を置かなかった。
持ったままだった。
「では、なぜ書くのでしょう」
「何をだ」
「揺れがあったことを、確認した、と」
沈黙。
誰も、咎めていない。
処分も、注意も、無い。
ただ、そう書いてあるだけだ。
薬師が、口を開いた。
「書かなきゃ、そうは読まれなかったろうね」
それだけ言って、出て行った。
悪気は、無かった。
悪気が無いから、残った。
夕方、アークは畑の道を見た。
一度だけ、この道を通った男がいる。
鍬を担いでいた。
あれから、来ていない。
あの男の字が、いま王都で読まれている。
迷った、と書いた三文字が、
揺れ、と書き換えられて返ってきた。
どちらも、間違ってはいない。
だが、
書いた者は、それを知らない。
夜。
アークは、筆を持った。
今日の患者は、二人。
迷いは、あった。
少しだけ、あった。
書こうとして、手が止まった。
止まったことに、自分で気づいた。
書いた。
書いたが、一拍、遅れた。
その一拍が、どこから来たのかは、
分かっていた。
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