第71話 答えられた記録
照会は、次の便りで来た。
封に、王都の紋がある。
監督官が、集会所で開いた。
中身は、一枚だった。
三年前の症例について、
当時の記録を求める、とある。
患者は、もういない。
求めているのは、その息子だった。
「三年前ですか」
薬師が、首を振った。
「様式なんて、無かったころだよ」
「ありません」
男は、認めた。
「ですが、記録はあります」
男は、詰所へ行った。
棚の下段。
古い綴りが、まとめて置いてある。
紐で、括ってある。
罫線だけの紙だ。
枠もない。
番号もない。
字が、下手だった。
男は、一枚ずつめくった。
めくって、途中で手を止めた。
「ありました」
三年前の記録だ。
高い熱。
息の浅さ。
夜のうちに二度、様子を見に行ったこと。
処置の順番まで、書いてある。
薬師が、覗き込んだ。
「よく書いてあるね」
「はい」
男は、紙を見ていた。
「この町で、いちばん丁寧でした」
書いたのは、辞めた治療師だった。
もう、治療師ではない。
男は、写しを取った。
二日かけた。
書き写す字が、ひどく丁寧だった。
返事は、ひと月後に来た。
息子からの、短い礼だった。
母は、放っておかれたのだと思っていました。
そうではなかったと、分かりました。
ありがとうございました。
男は、それを二度読んだ。
読んでから、診療所へ持ってきた。
「見てください」
「俺にか」
「はい」
アークは、読んだ。
短い文だった。
「よかったな」
「はい」
男は、頷いた。
嬉しいときにも、この男は姿勢を崩さない。
「書いてあったから、答えられました」
「そうだな」
「書いていなければ、
あの人は、
放っておかれたままでした」
その通りだった。
アークは、否定しなかった。
男は、少し迷ってから続けた。
「一つ、伺っても」
「ああ」
「この礼状を、
あの人に届けてもよいものでしょうか」
「畑のか」
「はい」
アークは、考えた。
考えて、こう答えた。
「あんたが決めることだ」
男は、頷いた。
納得はしていない顔だった。
「そう言われると思っていました」
「なら聞くな」
「聞きたくなりました」
珍しく、言い返してきた。
アークは、そこは笑わない。
夕方、男は帰っていった。
礼状は、置いていった。
置き方は、いつもと同じだ。
夜、アークはその紙を読み直した。
文句のつけようがない。
書いた者がいて、
残った紙があって、
訊いた者に、返った。
仕組みは、正しく動いていた。
だが、
正しく動いているものを見ると、
いつも同じことを考える。
これは、どこで詰まるのか。
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