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【異世界×医療】回復魔法が効かない患者だけを治す追放治療師 〜現代の手技で、制度に切り捨てられた命を拾う〜  作者: 蒼瀬灯


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第60話 基準どおりの一日

 事故は、昼前に起きた。


 畑の外れで、

 荷車の下敷きになった男がいる。


 二十歳そこそこ。


 運び込まれたとき、

 右の肩から腕にかけてが潰れていた。


 骨は、折れていない。


 傷も、深くはない。


 だが、

 腫れ方が、おかしい。


「回復魔法を」


 誰かが言った。


 若い治療師は、手を当てた。


 当てて、止まった。


 ——反応が、薄い。


 回復魔法をかけたときに、

 体が応えるかどうか。


 初期反応、と基準は呼ぶ。


 薄い。


 薄いが、無いわけではない。


 基準は、こう書いてある。


・対象症例:回復魔法の初期反応が見られない場合

・観察時間:一刻以内


 一刻。


 治療師は、時計を見た。


 この町に時計は一つしかない。


 集会所から借りてきたものだ。


 最近は、いつも手元に置いている。


 一刻のあいだ、腫れを見る。


 引かない。


 だが、

 広がってもいない。


 指の下の感じは、

 やはり、うまく言えない。


 流れが、

 どこかで止まっている気がする。


 気がする、というだけだ。


 時計を見る。


 針は、見ていると動かない。


 目を離すと、進んでいる。


 男が、口を開いた。


「……治りますか」


「治します」


 答えてから、

 言い切ってしまったことに気づいた。


 外で、家族が待っている。


 誰も、入ってこない。


 入ってこないのが、

 いちばん重かった。


 手のひらが、汗ばんでいる。


 拭いた。


 時計を見る。


 残りは、わずかだった。


 基準は、こうも書いてある。


・判断後は、原則として介入を行わない


 つまり、

 一刻のうちに決めたら、

 あとは動かさない。


 動かさないことが、

 守ることになっている。


 治療師は、決めた。


「回復魔法を、先に使います」


 初期反応は、あった。


 薄くても、あった。


 なら、対象症例ではない。


 対象症例でないなら、

 通常の手順でいい。


 筋が、通っている。


 魔法が、走った。


 傷は、塞がった。


 腫れも、少しずつ引いていく。


 男は、痛みが引いたと言った。


 顔色も、戻ってきた。


 誰も、間違えていない。


 夕方までに、男は起き上がれるようになった。


 家族が来て、頭を下げた。


 治療師も、頭を下げた。


 その日の記録は、すぐに書けた。


日付

症状  右肩から上腕にかけての圧挫

処置  回復魔法(先行)

経過  軽快

判断理由:

初期反応が確認されたため、

基準における対象症例には該当しないと判断した


 欄は、埋まった。


 嘘は、一つもない。


 空いているところも、どこにもない。


 その夜、治療師はよく眠れた。


 異変が分かったのは、

 三日後だった。


 男の右腕が、

 肩より上に上がらない。


 痛みは、ない。


 傷も、きれいに塞がっている。


 ただ、

 上がらない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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