第58話 閑話 王都の知らないこと
今回は、王都側の一日です。
主人公アークではなく、
王都医療局・実務責任者バルドの視点で綴ります。
書類は、減らない。
あれから何年経っても、
私の机の上の紙束は同じ高さに戻る。
違うのは、中身だ。
判断理由の欄は、定着した。
定着した、と言っていいと思う。
書く者と、書かない者がいる。
書かない者を、私は咎めない。
咎めないと決めたのは、私だ。
午前、地方からの集計が上がってきた。
各地の医療機関から、
月ごとの記録がまとめて届く。
紙は、厚い。
全部は読めない。
目を通すのは、数字の並びだけだ。
ある町の欄で、指が止まった。
十四/十一/六
迷いの記述を含む記録の数だという。
減っている。
——落ち着いてきたか。
そう思って、次の頁をめくった。
悪い数字ではない。
現場が慣れれば、記述は整う。
整えば、迷いも減る。
そういうものだと思っていた。
昼過ぎ、若い医師が来た。
あの日の医師とは、別の人間だ。
あれから何人も来た。
名は、覚えていない者もいる。
「判断理由の書き方ですが」
医師は、そう切り出した。
「これは、書かなくてもいいんですよね」
「ああ」
「任意、ですよね」
「任意だ」
私は答えた。
「書きたくない日は、書くな」
「……はい」
医師は、少し安心した顔をした。
その顔を見て、私は満足した。
書かせないことも、余白のうちだ。
義務にした瞬間、あれは死ぬ。
私は、そう考えていた。
だから、通達にはこう書いた。
署名はいらん。
咎めも、ない。
書くも、書かぬも、各自の判断とする。
各自の判断とする。
その一文を入れるとき、
少し迷ったのを覚えている。
迷って、入れた。
地方には、私の通達がそのまま届いている。
届いているはずだ。
医療局から出した文書は、
写しが各地へ回る。
回る、という仕組みになっている。
仕組みは、ある。
夕方、集計の紙をもう一度見た。
十四。
十一。
六。
この数を出したのは、誰だろう。
各地の監督官だ。
真面目な者たちだ。
真面目でなければ、
こんなに揃った紙は上がってこない。
——揃っている。
ふと、そう思った。
思って、すぐに打ち消した。
揃っているのは、いいことだ。
揃っていなければ、並べられない。
並べられなければ、誰も学べない。
私自身が、そう言ってきた。
窓の外、王都の灯りが点りはじめる。
整然と、秩序だって。
遠くの地方の町では、
今ごろ誰かが紙に向かっているだろう。
その紙が、
私の出した通達と同じ形をしているかどうかを、
私は知らない。
知る方法が、ないわけではない。
行けばいい。
だが、地方は多い。
私の足は、二本しかない。
紙束は、明日も同じ高さに戻る。
私は、灯りを落とす前に、
もう一度だけ机を見た。
余白は、残してある。
残したものが、
残したままの形で届いているかどうかは、
——確かめていない。
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