第57話 相談という形
相談は、夜に来た。
扉が、控えめに叩かれる。
叩き方で、誰かは分かった。
「……失礼します」
若い治療師だった。
顔が、少し白い。
「座れ」
「はい」
治療師は、座った。
座って、しばらく何も言わなかった。
アークは、待った。
この待ち方は、覚えている。
いつか、
同じことをした夜がある。
「相談が、あります」
「聞く」
「明日の、患者のことで」
治療師は、言葉を選んでいた。
「基準では、様子を見ることになっています」
どこかで聞いた出だしだった。
「でも」
治療師は、続ける。
「どうしても、
引っかかるんです」
アークは、質問しなかった。
答えも、しなかった。
ただ、顔を見た。
恐怖。
責任。
迷い。
前と、同じものがあるはずだった。
だが、
今日は、もう一つあった。
それが何かは、分からない。
「……どうすれば」
治療師が、問いかける。
アークは、しばらく沈黙した後、
静かに言った。
「判断は、君のものだ」
同じ言葉だった。
あの日と、一字も違わない。
治療師は、
深く息を吸うはずだった。
分かりました、と、
言うはずだった。
言わなかった。
「……それは」
治療師は、うつむいた。
「知っています」
アークは、動かなかった。
「私のものです。
分かっています」
声が、少し震えている。
「でも、
私のものだと、
紙に残るんです」
「……」
「私が迷ったことも、
残るんです」
「残って、数えられて、
貼り出されるんです」
治療師は、顔を上げた。
「あの方は、悪くないと言いました」
「言っていたな」
「本当に、そう思っていると思います」
「思っているだろう」
「なのに」
治療師は、そこで詰まった。
詰まって、こう言った。
「なのに、
どうして、こんなに怖いんでしょうか」
アークは、答えられなかった。
答えを、持っていなかったのではない。
答えてはいけない、と決めていた。
だが。
この問いは、
判断についての問いではなかった。
この治療師が求めているのは、
どちらを選ぶかではない。
選んだあとに、
自分が数えられない場所だ。
そんな場所は、
この町のどこにもない。
——判断は、君のものだ。
その言葉は、
判断が自分のものでいられる場所があって、
初めて意味を持つ。
場所がないところで同じことを言えば。
それは、
ただ突き放しているのと変わらない。
アークは、口を開いた。
開いて、閉じた。
何を言っても、
こちらの言葉になる。
「……すみません」
治療師が、先に立ち上がった。
「変なことを、言いました」
「いや」
「明日は、基準どおりにします」
そう言って、出て行った。
扉が閉まる。
アークは、椅子に座ったままだった。
あの日、この部屋で、
同じ言葉を渡した。
渡したものは、
同じだったはずだ。
届いた場所が、
変わっていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




