第54話 書かない選択
二度目の集計は、月末に出た。
前と同じ場所に、
同じ字で貼り出される。
当町 医療記録 集計(今月)
総症例数 五十八
記録様式による記載 五十八
うち「迷い」の記述を含むもの 十一
十四から、十一へ。
三つ、減っている。
誰も、その数について話さなかった。
紙の前に人が立ち、
しばらくして、離れていく。
それだけだ。
「減ったわね」
声がした。
リーナだった。
この町で回復魔法を使える者は、二人いる。
そのうちの一人が、彼女だ。
王都を出てから、
同じ町にいる。
同じ診療所には、いない。
それが、二人の決めた形だった。
「見てたのか」
「貼ってあるもの」
リーナは、紙を見上げたまま言う。
「三つ減って、何がよくなったの」
「さあ」
「答えなさいよ」
「分からない」
リーナは、鼻で笑った。
「最近、それしか言わないわね」
アークは、答えなかった。
その通りだったからだ。
その夜。
若い治療師の詰所。
机の上には、新しい様式の紙が三枚。
その日の患者は、三人だった。
二人分は、もう書き終えている。
残りは、一枚。
昼過ぎに来た男の分だ。
軽い打撲。
腫れは引いている。
熱も、ない。
基準どおりなら、様子を見る。
実際、そうした。
ただ。
触れたとき、
指の下の感じが、少しだけ違った。
うまくは言えない。
言えないから、
これまでなら、こう書いていた。
判断理由:
うまく言えないが、
気になるところがあった
筆を持って、
治療師は止まった。
書けば、
この一枚は「迷い」に数えられる。
十一が、十二になる。
誰も、咎めはしない。
あの方は、悪くないと言っていた。
むしろ、丁寧な証拠だと。
——丁寧な証拠。
その言葉を、思い出す。
思い出して、少しだけ、
息が詰まった。
丁寧だと言われるたびに、
数が増えていく。
増えた数が、貼り出される。
この町の医療者は、四人しかいない。
誰の数かは、
みんな分かっている。
治療師は、しばらく筆を持っていた。
それから、書いた。
判断理由:
基準どおりの症例であったため、
特になし
嘘では、ない。
基準どおりだったのは、本当だ。
特になし、と書いた部分だけが、
少し違う。
だが、
欄は埋まっている。
空いているところは、どこにもない。
筆を置いて、
三枚をそろえた。
紙の端が、きれいに揃う。
揃うと、気持ちがいい。
治療師は、灯りを落とした。
その夜は、
いつもより早く眠れた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




