第52話 数えられる迷い
集計は、月末に出た。
町の集会所に、
一枚の紙が貼り出される。
監督官が、自分で貼っていた。
几帳面な字だった。
当町 医療記録 集計(今月)
総症例数 六十一
記録様式による記載 六十一
うち「迷い」の記述を含むもの 十四
「隠すつもりはありませんので」
男は、集まった者たちに言った。
「見ていただけるように、
出しておきます」
誰も、何も言わない。
数字は、正確だった。
アークは、
その紙の前に立っていた。
十四。
この町の医療者は、四人だ。
そのうちの誰かが、
十四回、迷いを書いた。
誰が書いたかは、
この紙には出ていない。
だが、
書いた者には分かる。
「これは、何のための数ですか」
聞いたのは、薬師だった。
「実態を知るためです」
男は、答える。
「迷いが多いのは、
悪いことではありません」
「むしろ、
現場が丁寧だという証拠です」
薬師は、頷いた。
納得したのだろう。
アークは、
紙から目を離さなかった。
数えることは、
悪ではない。
数えられたものは、
比べられる。
比べられたものは、
並べられる。
並んだものには、
上と下ができる。
誰かがそう決めたわけではない。
勝手に、そうなる。
夕方、
若い治療師が来た。
用件は、なかった。
しばらく座って、
それから言った。
「十四のうち、
九つは、私です」
「そうか」
「多いでしょうか」
アークは、答えなかった。
答えるべきではない、と思った。
「多いと、悪いんでしょうか」
治療師は、続けた。
「あの方は、
悪くないと言っていました」
「言っていたな」
「……はい」
治療師は、それきり黙った。
黙ったまま、しばらくいた。
帰り際、
扉のところで振り返った。
「来月も、貼るんでしょうか」
「たぶん」
「そうですよね」
治療師は、頷いて出て行った。
夜。
アークは、灯りの下で、
自分の帳簿を開いた。
この診療所の帳簿には、
様式は来ていない。
看板がないからだ。
どこにも、登録されていない。
だから、数えられない。
数えられないものは、
この町の紙に載らない。
——見えないものは、評価できない。
久しぶりに、
その言葉を思い出した。
あのときは、
評価されないことが、
こちらの不利だった。
今は、違う。
数えられないことが、
この診療所を守っている。
それは、
良いことなのだろうか。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




