第50話 正しい着任
男は、朝に着いた。
荷は、少ない。
外套も、靴も、
旅慣れた者のものだった。
町の集会所に、
人が集められる。
医療に関わる者は、
数えるほどしかいない。
薬師がひとり。
回復魔法の使い手がふたり。
若い治療師がひとり。
アークは、
いちばん後ろの壁際に立っていた。
「王都医療局から参りました」
男は、名乗った。
名は、すぐに忘れた。
覚える必要が、なかったからだ。
「監督のために来ましたが」
男は、続ける。
「監督というのは、
取り締まるという意味ではありません」
誰も、返事をしない。
「記録を、拝見しました」
男は、帳簿の束を手に取った。
「よく書かれています」
それは、世辞ではなかった。
男は、頁をめくりながら、
いくつかの症例を挙げた。
日付。
処置。
経過。
どれも、正確に読んでいる。
昨日今日、目を通した者の読み方ではない。
「ただ」
男は、顔を上げた。
「これは、活きていません」
若い治療師が、
わずかに身を硬くする。
「書いてあることは、確かです」
「ですが、
書き方が、揃っていない」
「揃っていないと、
並べられない」
「並べられないと、
誰も学べません」
男の声には、
咎める色がなかった。
ただ、
困っている者の声だった。
「せっかく、
これだけ書いてくださっているのに」
誰も、反論しない。
できないのではない。
その必要を、感じないからだ。
だが、
黙っているのと、
納得しているのは、違う。
男の言っていることは、
正しかった。
集まりは、短く終わった。
帰り際、
薬師が小さく言った。
「悪い人じゃ、なさそうだな」
「ああ」
アークは、答えた。
その通りだった。
夕方、
若い治療師が診療所に来た。
帳簿は、持っていない。
「あの方、
私の帳簿も読んでました」
「そうか」
「褒められました」
治療師は、少し笑った。
嬉しそうだった。
アークは、何も言わなかった。
言うことが、なかった。
夜。
机の端の紙束は、
昨日と同じ高さにある。
その一番上の一枚を、
もう一度だけ見た。
監督のための職員を各地へ派遣する。
届いていた通りのことが、
届いていた通りに起きた。
それだけだ。
この町には、
悪意を持った人間は、来ていない。
来たのは、
困っている人間だった。
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