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【異世界×医療】回復魔法が効かない患者だけを治す追放治療師 〜現代の手技で、制度に切り捨てられた命を拾う〜  作者: 蒼瀬灯


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第49話 届かない通達

第一部をお読みくださった皆さま、ありがとうございました。


あの物語は、

主人公が何も残さずに去る、という形で終わりました。


残らなかったものが、残った。


彼はそう言いましたが、

本当にそうだったのかどうかは、

書いた私にも分かっていません。


第二部は、その続きです。


英雄は、やはり出てきません。

悪人も、たぶん出てきません。


正しいことを言う人たちが、

正しいことをした結果、

誰かの手が止まる。


そういう話です。

 便りは、月に一度だった。


 王都からの荷馬車が、

 町の広場に停まる。


 薬草。

 包帯。

 紙の束。


 荷を下ろすのは、いつも同じ男だ。


 名前は、知らない。


「今月は、これだけです」


 男が言う。


「ああ」


 アークは、受け取りの帳面に印をつける。


 それだけの仕事だ。


 診療所には、看板がない。


 町の人間は、ここを「あの家」と呼ぶ。


 それで、困ったことはなかった。


 朝は、静かだった。


 地方の町に、特別な出来事は起きない。


 鐘が鳴り、

 人が動き、

 同じ一日が始まる。


 朝のうちに、患者がひとり来た。


 町の女だ。


 名は、知っている。


 だが、呼んだことはない。


「肩が」


 それだけ言って、座る。


 アークは、手を当てた。


 ——固い。


 寒くもないのに、

 首の付け根が縮んでいる。


 水を汲む姿勢だ、と思った。


 毎日、同じ向きで、

 同じ高さのものを持ち上げている。


「息を吐け」


「……はい」


 吐ききったところで、圧を抜く。


 女が、小さく声を上げた。


 痛みの声では、ない。


 もう一度、同じことをする。


 三度目で、

 肩が下りた。


「……あ」


 女は、腕を回した。


 回してから、もう一度回した。


「軽い」


「そうか」


「先生、これ」


「毎日やるな」


 アークは、言った。


「痛くなる前に来い」


「はい」


 女は、頭を下げて出て行った。


 それだけだ。


 礼も、金も、

 記録も、残らない。


 それでいい。


 昼前、扉が控えめに叩かれた。


「……失礼します」


 入ってきたのは、

 町の若い治療師だった。


 週に二度か三度、

 こうしてやって来る。


 用件があるときも、

 ないときもある。


 今日は、帳簿を抱えていた。


「見ていただきたい、というわけでは、ないんですが」


「置いていけ」


 アークは、机を指した。


 治療師は、頷いて、帳簿を開いた。


 開いたまま、置いた。


 その頁に、一行だけある。


判断理由:

熱の戻りが遅く、

もう一日待つことにした


 署名は、ない。


 アークは、それを読む。


 感想は、言わない。


 治療師も、求めない。


 しばらく、二人とも黙っていた。


「……最近、」


 治療師が、口を開く。


「書くのが、少し楽になりました」


「そうか」


「最初は、何を書けばいいのか分からなくて」


「今は」


「迷ったことを、そのまま書いています」


 アークは、頷いた。


 それだけだった。


 治療師は、帳簿を閉じて、帰っていった。


 午後、

 荷の中の紙束を開いた。


 王都からの定期の通知だ。


 医療局の掲示をそのまま写したものが、

 地方の診療所にも回ってくる。


 ほとんどは、読まずに積んでおく。


 だが、今月の一枚には、

 見慣れた語があった。


医療記録様式の改訂について


各地方医療機関は、

判断医療に関する運用指針(改訂)に基づき、

記録様式の統一を進めること。


なお、施行に先立ち、

監督のための職員を各地へ派遣する。


 ——改訂。


 その言葉を、久しぶりに見た。


 紙は、薄い。


 文字は、整っている。


 誰かを責める言葉は、

 一つも入っていない。


 アークは、しばらくそれを見ていた。


 それから、机の端に置いた。


 自分には、関係がない。


 医療判断権は、停止されたままだ。


 基準策定への関与は、禁じられている。


 処分は、まだ生きている。


 解かれたという知らせは、

 一度も来ていない。


 それでいい。


 夕方、

 窓の外が赤くなる。


 町の音は、変わらない。


 鍛冶の音も、

 子どもの声も、

 昨日と同じだ。


 アークは、灯りを落とす前に、

 もう一度だけ机を見た。


 紙の束。


 その一番上に、

 薄い一枚が乗っている。


 読み終えた紙は、

 ただの紙だ。


 そう思っていた。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


第二部は、本日3話を公開し、以降は一日に1話の投稿予定です。


ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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