003. 醒めない夢の続き(3)
それから一ヶ月後、僕はリハビリのために病院の近くにあるリハビリテーションセンターへと通っていた。まだ満足に歩ける状態ではなかったが、なんとか松葉杖を使って歩くことができるようになった今日もリハビリへと向かう。
いつものように受付を済ませ、案内された部屋に入るとそこには既に先客がいた。そこには養成所の職員をしている女性が座っていた。
「体の調子はどうかしら?」
「だいぶ良くなってきました。もう少ししたら普通に動けるようになると思います」
僕がそう答えると女性はどこかホッとした表情を浮かべた。彼女は、僕の養成所の担当であり、事故の時には駆けつけてくれた人物でもあった。
そんな彼女も僕の状況を見るとどこか寂しそうな顔をしていた。
「やっぱり……、養成所に戻るのは難しいかしら?」
「すみません」
僕は俯くようにして謝った。本当は戻りたいと思っているのだが、今の状態ではそれも難しいことは自分でもよくわかっている。
ギブスが取れた左腕は一定の高さまで腕をあげると激痛が走る。これでは演技は難しいだろう。僕は既に現状を受け入れ諦めてしまっていた。
それでも、彼女の悲しげな顔を見る度に申し訳ない気持ちになる。
「そうよね……。あなたの事情を考えれば仕方がないことなんだけどね」
彼女はどこか諦めきれないような複雑な心境だった。僕は既に復帰は難しいという結論に達しているため、このまま日常生活に戻れるようにリハビリを続けていくだけだ。
「本当に残念だけど……、無理に引き止めるわけにもいかないわね」
「はい、お世話になりました」
僕は深々と頭を下げた。彼女は僕にとって恩人と言ってもいい存在だ。だからこそ、これ以上迷惑をかけるわけにもいかなった。
彼女は最後に優しく微笑んでくれた。その笑顔を見て僕は思わず泣きそうになる。僕はもう一度感謝の気持ちを込めて頭を下げると、彼女は部屋を出て行った。
「リハビリ頑張ってね!」
最後に彼女が言った一言は僕の背中を押してくれるようだった。それから数時間の間、僕は黙々とリハビリを続けた。
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「はぁ~、疲れた」
僕はベッドに横になると、大きな息を吐いた。体には疲労感が残っており、心地よい眠気が襲ってくる。面会時間はもう過ぎているはずの扉に佇む影を僕は黙認していた。病室のベッドに帰ってからずっと感じていた気配――、それは紛れもなく優里だった。
彼女は無言のまま僕の横に腰掛けると、何も言わずに僕の手を握ってきた。彼女の小さな手の温もりを感じながら僕は口を開いた。
「どうして、隠れてたんだ?」
「聞いちゃいけないことを聞いちゃったから……」
優里はどこかバツが悪そうに答えた。きっと、僕がリハビリしていた時の会話を聞いてしまったのだろう。
「俳優を目指すのが難しいって本当なの?」
優里は不安げな瞳でこちらを見つめてくる。僕は彼女の視線から逃れることなく真っ直ぐ見据えると、静かに首を縦に振った。
「あぁ……、俺はもう舞台には立てない」
優里は小さく吐息を漏らすと僕の手を離した。そして、何かを決意したかのように僕の瞳を見つめる。
「私が、龍之介の夢も一緒に叶える。だから、私のことを見てて欲しい」
優里は真剣な眼差しで訴えかけてきた。まるで、僕の心を射抜くように――、この瞳はどんな辛い時でも決して折れない強い意志を持っている。そして、その瞳は僕のことを一点に捉えている。
僕はこれから先の人生、役者として生きていくことはもうないだろう。
「だから、龍之介には私のマネージャーになって欲しい」
優里の言葉を聞いた瞬間、僕は自分の耳を疑った。
僕は驚きながら反射的に上半身を起こした。その反動によって痛みが全身を駆け巡るが今はそれどころではない。
「私、絶対に龍之介の分も夢を叶える。有名になって龍之介に私が踊って歌っているのを見て欲しい。私はそのためなら何でもする。だから、お願いします!」
優里はそう言うと再び深く頭を下げた。
僕はこの時、初めて彼女の想いを知った。彼女はただ純粋に僕と同じ景色を見たいと思ってくれていることに気付かされた。
今まで僕の中で渦巻いていた感情が嘘のように晴れていく。
(そうだよな……。ここで立ち止まっちゃダメだよな)
「わかったよ。約束しよう、二人で最高の舞台に立とう!」
僕は自分の頬が緩んでいることに気が付いた。
おそらく今の自分は相当嬉しそうな顔をしているに違いない。僕たちは互いの小指を合わせると、お互いに笑い合った。
こうして、僕たちの未来への物語が始まる。




