030. 初恋と過去の因縁(1)
撮影した実写映画は大成功といいたいところだが……、実際にはコアなファンが高評価をつけただけで、世間的にはそこまで評判ではなかった。まあ、これが現実だろう。実際のキャスティングも人気アイドルグループの若い男子を主役に置き、その脇を固めるように有名女優を配置した。それが功を奏して、そのファン層は大いに満足していたようだ。
まあ、原作ファンからは物凄いバッシングの嵐だったが……。
それでも、僕は満足している。これでゆきが女優としての第一歩を踏み出したのだから……。
ちなみに、ネットでは密かに「笹川ゆき」という新人女優が話題になっている。ネットには、『この子誰?』とか、『見たことないけど可愛い』とか、『こんな子が同級生にいたら絶対に惚れてる』だとか……、そういったコメントが多く寄せられていた。その中には、「雑誌のモデルをやっている子だよ」という書き込みもあった。
(そういう情報ってどこから集めてくるんだろうな……)
元々のファンなのか……、それともそういう情報通なのか分からないが……、とりあえず、こういう変な情報を持つ変わり者が集まるのがネットの面白いところでもあり、怖いところでもある。
最近では、ネットで推しの球団が好きすぎて……、ありとあらゆる情報を集めて、補強する助っ人外国人を見事に的中させ、世間を驚愕させトレンド入りし、ニュース記事にとりあげられて話題になった人物がいるくらいだ。情報というのは
時として恐ろしい武器になるのだと僕も感心しながらニュース記事を読んでいた。
そんなある日のことだった。僕はいつも通り通学路である都立大学駅から校舎に向かう道を歩いていた。春先に咲いていた桜はすっかり散り、緑鮮やかな葉をつけ始めている。
五月の大型連休の前には、体育祭があり、その後すぐに中間テストがある。二年生に進級してからあっという間に一ヵ月が経った。仕事の量は増えていく一方であるが……、それは西宮プロが変革をしようとしている証拠だ。今はまだ、軌道に乗り始めたばかりで安定しないが……。いずれは業界トップの芸能事務所になると信じている。
というか……、自分がプロデュースしてみせると僕は意気込んでいる。
「おはよう、龍之介」
後ろを振り返るとゆきが笑顔で立っていた。最近のゆきは憑き物が落ちたかのように明るい表情をしている。僕はそんな彼女の姿を見るとなんだかほっとした気分になった。
僕は収録終わりに堀口高等学校の噂を神坂さんから聞いた。堀口高等学校は僕の想像以上に酷い有様で今も変わっていない。芸能科の生徒は授業の大半は芸能活動にあてられるというか学校側はそれを容認している。そのせいで一般教養の授業や、普通科の生徒との交流がほとんどない。芸能コースの生徒は普通科の生徒から差別されることも多いという。
堀口での三年間を神坂さんは思い返したくないと言っていた。
当時の彼女はもう既にアイドルとしてデビューしていて、そんなに学校には通っていなかったはずなのに……、そんなことを漏らすのだから余程辛かったのだろう。
だからこそ、ゆきは堀口高校を辞めて正解だった。
「今日は早いな」
「うん。ちょっと用事があって早く来ちゃった」
「そうか……」
それから僕たちは並んで歩き始める。ゆきは少し嬉しそうな顔をする。
「どうかしたか?」
「ううん。こうして一緒に登校するの初めてだなって思って」
「そういえばそうだな」
僕はそう言いながら横目でゆきを見る。確かに……、僕の生活リズムは高校生とはかけ離れている。仕事に追われる社会人とほとんど変わらないような生活をしているのだ。
朝も夜も関係なく仕事をして、家に帰るのは日付が変わる直前なんてこともざらにある。実際に、終電を逃して神坂さんに怒られ、自宅まで送ってもらって、シャワーを浴びてから仮眠を取って学校に行くこともあった。
出席日数だけは何とか稼がないといけないので……、僕は普段は早く学校に行っている。
最近は優里がかなりスケジュール的に忙しい日が続いているので、僕が一人で学校に行くという機会が増えた。彼女も順調に売れっ子になりつつあるので、嬉しい限りだ。
(懸念点は勉強の遅れだけど……、そこは僕がサポートするしかないよな……)
神坂さんはそこのところのフォローは全然してくれない。むしろ、聞いてくるなと言ってくる。
「ど、どうしたの? 私の顔見て……」
「ゆきは勉強できるんだよな?」
「えっ!? なに急に……、まあ、普通だと思うけど……」
「そうか……」
「なになに、何かあるの」
ゆきはどこか不思議そうな表情をすると、僕を見つめてくる。僕は小さく息を吐く。
「優里も休学をやめて登校している以上は他の生徒と同じように試験を受ける必要があるんだが……、長い付き合いだしハッキリ言うと成績は良くない。ていうか、多分このままだと赤点を取るだろう。だから、どこかのタイミングで勉強会でもしようと思ってな……。というわけで、問題児が西宮プロに他にもいないかを今調べた。まあ、優里だけで大丈夫そうだな」
そう言うと、ゆきが納得しながら手を叩いた。
「あー、そういうこと。そんな赤点を取るほど馬鹿じゃないよ」
「それ面と向かって優里に言ってみろ。泣かれるぞ」
「うぅ……、それはちょっと気まずいから何も言わなかったことにして……」
登校時間よりも早めの通学路は静まり返っていて、僕たちの足音だけが響いている。ゆきは頬を赤くしながら、少しだけ俯き加減で歩いている。
そして、彼女はちらっと上目遣いでこちらを見てくる。
「あのさ……、今週の土日のどっちかって予定空いてる?」
「土曜日は仕事の打ち合わせがあるが……、日曜日なら大丈夫だ」
「そっか……、それじゃあさ……、もし良かったら二人で映画見に行きたいんだけどいいかな?」
「ああ、別に構わないけど……、何の映画見るんだ?」
「恋愛ものなんだけど……、ダメ……かな?」
「いや、いいぞ。恋愛ものってことは演技の参考にでもするのか?」
「う、うん! そんな感じ!」
なんともぎこちない返事をするゆきだったが……、まあ気にしないでおこう。それから、僕たちは他愛もない話をしながら校舎に向かって歩いた。




